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交渉も突然に

 会談の事前協議で藤原二佐は紀一郎と共にヴェルター城に訪れていた。


「これが一連の騒動で掛かった費用の見積もりと賠償金の総額です」


 紀一郎通訳の下で話を詰める事になった藤原二佐が、請求内容を翻訳して書いたコピー紙をトレント主席行政官に差し出す。


 紀一郎自身も驚いた事なのだが話せるだけでなく文字の読み書きもできたため、文章作成なども彼が担当する事になっていた。


「拝見させて頂きます」


 シェリオス大陸で一般的に使われている羊皮紙と違う、少しの染みも無い真っ白で触り心地の良い紙に関心する。


 書かれている内容に目を落とすが無表情を変えない。


「金塊二百四十ロニア(百二十kg)ですか。金貨ではなく?」


「もちろん同量の金を含んだ金貨なら引き換えを応じますが、我々はあなた方の通貨を必要としませんので」


 事前協議に先だってこの国の通貨についていくつか調査したのだが、国家が代表して貨幣を発行している訳ではなく国王や有力貴族達がそれぞれ自分の領地で勝手に鋳造して流通させていた事が分かった。


 理由は貨幣製造税という慣例があり貨幣を製造する際に税として上がりを得る事が出来る為、互いにせっせと貨幣を流通させていてリオーラ金貨・リンス銀貨・スンペニ銅貨と一応名前が統一されている事以外、大きさ重さ含有率とてんでバラバラで、日本人にはとても相手に出来るものではなかったからだ。


「一応申し上げておきますが、この支払いはあくまで前提条件です。条約交渉とは別になります」


「具体的にどの様な協約を考えられておられるのですか?」


「自由貿易権・治外法権・不可侵条約の三つになります」


「自由と言う言葉の意味が分からないのですが」


「具体的には関税を始めあらゆる税や手数料などを我々の貿易品に課す事を免除していただきますし、禁輸などの妨害行為も禁じられます」


「互いに交易特権を、という訳ですね」


 正直この交渉の内容に本意ではなかった藤原は申し訳無さそうに切り出した。


「いえ、この条件が課せられるのはナルトラウシュ領だけです」


 ポーカーフェイスを貫徹していたトレントだが一瞬固まる。


「なるほど……、という事は他の二つも同じと考えてよろしいのですか?」


「そうです」


 トレントは要求の内容を見て、藤原は相手の苦境を慮って沈んだ雰囲気になった。


 その後も細かい話を伝えて協議は進んだ。


「お伺いしました。その旨我が主に伝え検討しますので、今日の所はこれで……」


「お分かりと思いますが会談は明日です。それまでに考えを固めておいて下さい」


 念を押すとそれぞれテーブルを立ち散会となった。



 夕刻


「どうでしたか? 藤原二佐」


 鈴谷八重が控えていた本営の仮設テントで報告を行っていた。


「どうと言われましても、厳しいでしょうね。感情を顔に出さない人でしたけど、窮状が空気として出てましたよ。弱い者いじめしているみたいで気分の良いもんじゃないですね」


「条件を飲んでくれると思いますか?」


「分かりません。しかしどちらにせよ、恨まれる事うけあいです」


「納得できるように妥協できればいいのだけど」


 憂いた表情で頬杖をつく。


「元々一方的な条件ですからどうしたって不満が残るでしょう。それにあまり妥協的だと町の代表委員達から突っ込まれる事になります」


 隣に控えて聞いていた森野一佐が差し込む。


「そうねぇ」


 鈴谷八重はクーデターで前町長・前議会・その他上級公務員を公職追放したのだが、彼女達に中立的だった町の名士や一部公務員を町全体の運営を行う『代表委員会』の委員に任命している。


 河原崎駐屯の自衛隊から後ろ盾を受けて権力を手にした鈴谷だが、女子高生の彼女が権力の座に着く事に不満を抱く者も多くその力も磐石とはいい難いのだ。


 その後報告を終えると藤原は退室した。


「ご足労ありがとうございました。森野さんも下がって良いですよ」


「はっ」


 鈴谷に促され藤原に続いて森野一佐も退室する。すると外に待機していた遠野恵三が入ってきた。


「大変ですね、鈴谷代表」


「ホンっとにそぅ。どうしてこう男って馬鹿なのかしら」


 気が抜けた声で机に突っ伏した。


「代表委員を出汁に使っていますが、元々防衛上必要だとして一方的な条約案をねじ込んだのは森野一佐ですからね。会談が失敗するのを期待しているんでしょう」


「クーデターの時は協力的だったのに」


「頭の固い旧町議会と町長を排除出来ればそれで良いと考えていたんでしょうが、まさかあなたがここまで上手く町を回せるとは思わなかったんですよ」


「だからってわざわざ足を引っ張らなくていいじゃない」


「この件で失敗すれば他の代表委員に追求を受けて代表の権限が飲み込まれてしまうでしょう。悪い方ではないのですが、森野一佐としては鈴谷代表の独裁を好ましく思っていないんじゃないですか?」


「ならそういえば良いじゃん」


 森野一佐が単純な協力者ではなくなりつつある事にため息をつく。


「結局今はあなた以外に町をまとめられる人はいませんから。それに軍人は政治に口出ししてはいけないって建前がありますしね」


「それで裏工作してるんじゃ、結局一緒じゃん」


「そうですね。じゃあその件は置いといて、こちらの書類に目を通して決済をお願いします」


 ファイルをどさっと置いた。


 それを見た鈴谷はさっき以上にうんざりした表情をする。



「私の仕事って一体何なのか時々疑問に思うわ」


「責任者は書類にハンコを押すのが主な仕事です。終わった頃にまた来ます」


「どこ行くの?」


「昼食です」


 遠野は二枚目の顔をにこっとさせてその場を去った。



 救援活動本部内には食堂用のテントがあり、隊員達が二十四時間入れ替わり立ち代り食事を取っている。


 カーキ色の迷彩服を着た隊員の中で一点、黒のジーパンに黒の短いジージャンという出で立ちで加賀紀一郎が遅めの昼食を取っていた。


 エメラインから突然別れの言葉を切り出され放心状態になったものの、目の前の役割に追われ没頭する事で一旦その事を考えないようにしていた。


「ここいいか?」


 テーブルの向かいから声がする。


 見上げると学校の先輩にあたる遠野がトレーを持って立っていた。


「どうぞ」


 遠野は席に座る。


「調子はどう?」


「変な事聞くんですね……、あまり良くないです」


 生徒会時代でもあまり話をする訳ではなかった遠野の態度は珍しいものだった。


「大変だったらしいな」


「ええまあ」


「まあ俺達の方も加賀ほどじゃないが、色々あったけどな」


「みたいですね。南部さんや自衛隊の人から聞いてます」


「通訳の仕事は大変か?」


「あの、遠野さん。今色々抱えていて余裕が無いんです。すみませんが……」


 エメラインに振られて以来すっかりやさぐれてしまった紀一郎はうんざりして遠野を遠ざけようとするが、我関セズと本題を切り出す。


「お前の事情も知っているし、大変なのも分かる。しかしお前には悪いが、すぐに働いてもらうぞ」


 紀一郎は箸を止め、無言で相手を見つめた。


「ここの領主と結ぶ条約について知っているな?」


「あたりまえです。その場にいたんですから」


「どう思う?」


「どうって言われても。正直難しいんじゃないですか? 見た感じ相手が呑むとは思えませんでしたから」


「やっぱりか……。実は今回の会談が上手くいかなかったら、鈴谷代表は不味い立場に立たされる事になる」


 鈴谷の名前を聞きピクリと反応する。


「どういう事です?」


「あの人の地位は磐石じゃないって事さ。元々代表はもう少し緩い条約を考えていたんだが内部で押し切られてしまってね」


 察しのいい紀一郎は渋い顔をして聞き込んでいた。


「どの程度不味いんです?」


「多分地位を追われる、かもしれない」


 二人の間に重苦しい空気が流れる。


「僕に何をしろと?」


「お前の力でこの条約を成立させて欲しい」


 突飛な発言に顔をゆがめた。


「正気ですか?」


「もちろん。こちらの要求をほぼ変える事無く彼らに飲ませるんだ」


「条約締結は明日ですよ?」


「今日中に動けばいい。出来るか?」


 紀一郎はさらに顔をゆがめて考え込む。


「鈴谷代表はお前を助ける為に父親を裏切ってまでして此処までの事をやったんだ。お前もそれに見合った働きはしてもらうぞ」


 紀一郎は返事をしなかった。


 しかし返答を聞く事無く遠野は席を立つ。


「それじゃあな」


「あれ? 食べないんですか?」


「もう食った」


「えっ! もう?」


 見ると彼のトレーに乗った皿は綺麗に空になっていた。


「お前ほどじゃないが忙しい身でね。早飯も特技のうちだよ」

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