03 遠縁の男の子
03 遠縁の男の子
ロズマリーと一緒にシーツを干していると、若い男が庭に入ってきた。
アレクは洗濯物の端を持ったまま、男を見た。
騎士らしい服装だった。こちらを見た途端、眉間に皺が寄った。
「ロズマリー。その子は?」
「遠縁の子なの。ご両親が亡くなって、私が引き取ることになったのよ」
ロズマリーは、ためらわずに答えた。
アレクは顔を上げそうになったが、黙ってシーツを広げた。
「いつからだ?」
「つい最近よ」
「どこの親戚なんだ? 名前は?」
質問が続く前に、ロズマリーがアレクの肩に手を置いた。
「急にご両親と離れて、まだ落ち着いていないの。詳しい話は、もう少し待ってあげて」
声は穏やかだったが、男はそれ以上尋ねなかった。
「そうか」
男はアレクを一瞥してから、ロズマリーに向き直った。
「隣国へ仕事に行っていてな。手伝ってやれなくて、大変だっただろう。困ったことがあったら、すぐ相談してくれ」
「ありがとう、ウィル。いつも助かっているわ」
ロズマリーに向ける声は優しい。
その一方で、アレクを見る目は険しかった。
(器用なやつだな)
アレクはシーツを留めながら、男の顔を覚えた。
「それで、街に住む話は考えてくれたか?」
ウィルが尋ねた。
ロズマリーは困ったように微笑んだ。
「ありがたいけれど、やっぱりここが好きなの」
「一人より、街のほうが何かと便利だぞ」
「今はアレクもいるしね。そうだ、ポーションを持っていってもらえる? トマスさんの腰用と、傷用のものができているの」
ウィルは小さく息をついた。
「ああ。皆、待っているからな」
「近いうちに、買い物で私たちも街へ行くわ」
家の中から持ってきた籠を受け取ると、ウィルは帰り際にアレクの頭へ手を伸ばした。
「坊主。ロズマリーを困らせるなよ」
力を込めて髪をくしゃくしゃにされ、アレクは歯を食いしばった。
「……はい」
ウィルが庭を出ていくまで、アレクはその背中を見送った。
姿が見えなくなると、ロズマリーが声をかけた。
「アレク。少し、お話ししてもいい?」
先ほどまでとは違う、真剣な顔だった。
「あなたの怪我を見れば、大変な目に遭ったことはわかるわ。きっと、簡単には話せない事情があるのよね」
アレクは黙っていた。
「何も言わなくていいの。ここには、好きなだけいてちょうだい」
「……いつまででも?」
「ええ。ただ、いつか帰りたいと思ったら、そのときは帰っていいのよ。私に遠慮しなくていいから」
ロズマリーは少し考えて、続けた。
「それまでは、遠縁の男の子ということにしておきましょう。いろいろ聞かれずに済むもの」
アレクは彼女を見つめた。
「僕の話を、聞かなくていいんですか?」
「話したくなったら、聞かせて」
ロズマリーは微笑んだ。
「アレクの好きにすればいいんだからね」
その言葉を聞いて、アレクは彼女の治癒魔法のことも尋ねないと決めた。
あの傷を痕も残さず治す力だ。国が知れば、放っておくはずがない。
けれど、ロズマリーはここで静かに暮らしたいのだろう。
(それなら、それでいい)
アレクは、彼女と一緒に干したシーツを見上げた。
(僕も、ここでひっそり暮らそう)
風を受けた白い布が、二人の間で膨らんだ。
(だが、サミエルはいつか殺す)
先ほど頭を乱暴に撫でた手を思い出す。
(ウィルもだ)
◆◇◆◇◆
街への買い物は、久しぶりだった。
ロズマリーは食料品を買い、アレクの服を選んだ。借りものの服では、どうしても動きにくそうだったからだ。
「このくらいなら、少し大きくなっても着られるわね」
服を体に当てられ、アレクはおとなしく立っていた。
「そんなに買わなくても大丈夫です」
「替えが必要でしょう。汚しても困らないようにしないと」
買い物を終えて帰ろうとしたところで、ウィルに会った。
「ちょうどよかった。少し休んでいかないか?」
誘われて店に入り、三人で席に着いた。
しばらくすると、店の入口がにわかに賑やかになった。
入ってきた男を見て、ウィルが立ち上がる。
「領主様」
男は軽く手を上げ、ロズマリーに目を向けた。
「こちらが?」
「はい。ロズマリーです」
ウィルの紹介を受け、男はにこやかに名乗った。
「初めまして。スタンリー・ウェルフォードです」
ロズマリーも立ち上がって挨拶した。
スタンリーは同じ卓に席を取り、彼女を眺めた。
「噂どおり、お美しい方ですね。あなたの癒しの力についても、聞いています」
「私は、ポーションを作っているだけですので」
「それでも、助かっている者は多い。街に住んでいただけるなら、住まいなどは領主として配慮させていただきますよ」
ロズマリーの指が、膝の上で重なった。
「ありがとうございます。でも、お手紙でもお返事しておりますように、今の場所が好きなのです」
「もう少し、よく考えてみては?」
「……お気遣い、ありがとうございます」
それ以上、話を続ける気にはなれなかった。
ロズマリーはカップを置き、アレクへ目を向けた。
「そろそろ失礼いたします。戻りませんと」
帰り道、ロズマリーは口数が少なかった。
アレクは荷物を持ちながら、彼女の横顔を見た。
「疲れましたか?」
「少しね。でも、服が買えてよかったわ」
そう言って笑ったが、その笑みはすぐに消えた。
◆◇◆◇◆
その夜、家が寝静まってから、アレクはベッドを抜け出した。
戻ってきたのは、空が白み始めた頃だった。
ロズマリーはまだ眠っていた。
アレクは彼女の寝顔を確かめると、祖父の部屋のベッドへ戻り、そっと目を閉じた。
次に起きたときには、朝食ができていた。
庭では、ロズマリーがハーブの手入れをしている。
「おはよう。よく寝ていたわね」
アレクに気付くと、彼女は手を止めた。
「ご飯にしましょう」
「はい」
アレクは微笑んで、彼女のあとについて家に入った。
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