第9話 学生三人組トンチンカン
※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。
夕方の少し前、街が忙しなくなる頃。
いつもの3人組が今日も来店した。
男子中学生特有の汗と高いテンションでやってくるのが決まりだった。
また来たか、ここ2週間ばかり、週に3日はやってくるよね……
その3人を「トン、チン、カン」と呼び、区別できるまでになっていた。
トンはコーラ、チンはオレンジジュース、カンはアイスコーヒーを注文する。
笑い声の途絶えぬ3人組。
この年頃のテンションに気圧されそうになる。
そして1時間ほどで帰っていくはずだった。
今日は笑い声がいつの間にかひそひそ声になり、少しそわそわしているようだった。
気にせず洗い物のコップを拭き、棚に並べる作業をしていた。
そのうち3人組のトンが
「すみませーん」
と声をあげた。
追加のオーダーかな?
「はーい」
返事とともにコップとふきんを置いて、3人組の席へ急いだ。
「追加のご注文ですか?」
定型通りに切り出したとほぼ同時に、チンが肩でカンをこずいた。
なんだ?
トンは腕を組んでうんうんと頷き、チンはニヤニヤしながらカンの背中を押している。
当のカンはうつむき気味で視線が泳いでいる。
「あの、ご注文は?」
繰り返し促してみるが反応は、にやけ2人、うつむき1人。
営業スマイルが消えようとしたその時、うつむいていたカンが顔をあげた。
「あ、えーと、あの、、」
カンのこめかみに汗が滑る。
「ち、ちはるさんは、、彼氏とか、いるんですか?」
「はぇ?」
なんとも言えぬ声が口から出てしまった。
脳内の細胞をかけ巡った情報は次の通りだった。
ちょっとこのガキ、なに口走ってるのよ!
その前になんで私の名前知っているのよ!
ああ、それは腰についてるセンスのないハート型の名札のせいね。
本名書くんじゃなかったわ。
それにしても、あーなんなの、大人をからかってるのかな。
もしかして私に気があるの?
もう三十路よ!
たしかにメイド服着て、年齢より若く見られる自信はちょっとはあるかなーって最近まで思ってたりしたけど。
オーナーにも言われたし。
でも、この中学生の倍以上の年齢よ。
それに私が手を出したら明らかに条例違反よ。
って手を出したりするわけないじゃないの!
私は結婚してるの、子供も二人いるの。
なんならこのたまに痒くなる妊娠線を見せてあげようかしら。
あーもうめんどくさい、この結婚指輪も見てわからないの。
恋は盲目ってやつかしら?
って、恋なのこれ!?
中学生なんてまだ恋なんて呼べるものじゃないでしょ!
単なるあこがれなのよ、いい?
これからあなた達はたくさんの出会いがあるの。
いつか結婚して、子供ができて、運動会ではりきって走って転んで、パパかっこわるいとか言われる日だって来るんだから。
こんなことで道を踏み外さないで欲しいわ。
唇に力が入るカンの耳は湯気が出そうだった。
しかし、こんな若い男子に……
私も捨てたもんじゃないわね……
実は自分で思っているよりけっこう若く見られてるのかしら?
だからオーナーもこんな三十路の私にメイド服着せるのかしら。
あら、やだ、こんなことなら、若い女の子のお化粧を研究しておくんだったわ。
髪型もカラーも変えてみようかしら。
そうしたらまた男がよってきたら……
とかなんとか思ってる自分なに?
普通のおばさんですよ。
子育てに悩み、時として夢を見、その都度諦めてきた、典型的なおばさんですよ。
そんなことあるわけない。
人生の澱を見て見ぬ振りするのがうまくなった、ただのおばさんですよ。
いや、でもこうして実際、中学生の澄んだハートが私を……
そうだ、この男子のピュアな気持ちを傷つけてはいけないわ。
変なトラウマになって、恋愛ができないようになってはいけないわ。
傷つかないように断らなければならない。
これは大人の女性の使命、義務だわ……
しかし、どうしたらいいものか……
トンは、やれやれという表情をしてカンを見ている。
面白い展開を期待していたのに何も進展しない状況に焦れて、チンが口を開いた。
「こいつ、熟女好きなんですよ」
……。
じゅ、く、じょ。
嘘でしょ。
私の『日常の幸せを見つけるアンテナ』が、一瞬でへし折れる音がした。
メイド服効果でワンチャン「綺麗なお姉さん」に見えてるかもなんて、一瞬でも自惚れた私がバカだったわ!
ちはるは、心の間欠泉からこみあげてくる血の涙(あるいはオーナーへの殺意)と必死に格闘していた。




