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気にしいメイドと天然パティシエ ~辺境惑星のパンカフェ日誌~  作者: 餅酒むぎ


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第6話 プロの感動屋ウララ

※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。

 夕焼けが明日のパンの出来を占う頃。

 パンカフェ『びみょる』にはもう一つの顔があった。


 それは、お酒が飲める場所。


 カフェの片隅。

 6席ほどのバーカウンター。


 オーナーがどこからか買い付けてきた、こだわりの酒類とグラスが所狭しと綺麗に陳列されている。


 厨房の冷蔵庫にもビールや日本酒などが冷えているし、小さなワインセラーもある。

 が、何が入っているのか、どんな価値があるのか、さっぱりわからない。


 アルバイトとして働き始めてからひと月ほどではあるが、オーナーが何かを思いに耽るように、ワインセラーの前でしゃがみ、じっと眺めているのを見かけたことがあった。


 ニューイブスキ最南端の終着駅。

 人通りが帰宅への急ぎ足へと変わる頃、静かなカウベルの音とともに一人の女性が入ってきた。


 すぐにバーカウンターを見つけ、丸い椅子に浅く腰をかけた。


 カフェに来る客とは違い

 「こちらがメニューになります」

 とだけ告げ、お酒のメニューと水を置いた。


 これまでひと月の間に一人か二人ぐらいしかお酒のオーダーを受けていなかった。

 店の外には一応「BAR」の文字が控えめに書いてある。

 カフェを前面に押し出している外観だから、ここでお酒が飲めるとは一見ではわからないかもしれない。


 バーに来る女性は初めてかも。

 とてもスレンダーだわ。

 仕事がばりばりできるって感じのキャリアウーマンみたい。


 ちはるは性懲りもなく人間観察癖を働かせている。


「日本酒、そうね、、『銀河嵐』を1合、冷やでいただけるかしら」


 メニューを一瞥しながらその女性はオーダーを続けた。


「アテは何かあるのかしら?」


 アテってなんだっけ……


 あ、うちパン屋だよ!? 日本酒にメロンパンは絶対に合わないよね……!?


「えーと、塩ぐらいなら……」


 塩で日本酒を飲む、というのを、この前の『週刊サルベージ』でやっていたような……

 ちはるは控えめに勧めてみた。


「無いならいいわ」


 ちょっとしくじったかも……

 鼻の奥に痛みを感じながら、冷蔵庫から銀河嵐の一升瓶を取り出し、切子の盃に注いだ。


「綺麗な盃ね」


 どこか寂しげに語るその女性の表情が切子の模様に浮かび上がる。


 その女性は盃越しにちはるを見つめてこう質問した。


「あなた、恋はしたことある?」


「へっ?」


 突拍子も無い問いに突拍子も無い声が出てしまった。

 変な人が来た……


 なんとか自分を取り繕い、答えをひねり出した。


「そりゃあります、結婚してますし……」


 その女性は目線をそらし、盃の縁を細く長い指でなぞりながら続けた。


「ーーなら『本当の恋』は、どうかしら?」


「ほ、本当の恋、ですか?」


 何のことを言ってるのか見当がつかない。

 本当の恋ってどういうこと?


 もしかしたら本当の恋など一度もしたことがなく、結婚を含めこれまでの恋は偽物だった!?

 そんな懐疑を掘り当ててしまい、夫への罪悪感が頭をよぎった。


 長い沈黙の後、女性は盃を持ち替え、そして唇に優しく当てた。


「私は、今、してるわ」


 夕焼けがじりじりという音を立てているようだった。

 ちはるが固唾を飲み込もうとした瞬間。


「パパとね、、旦那のことよ」


 女性はいたずらをした猫のような柔らかい微笑をちはるに向けた。


「なっ」


 なんかやましいことを考えてしまった……

 そんな風に思われたくない、と咄嗟に出た言葉は強い口調となってしまった。


「そ、それなら、私だって!」


 と、言い訳しようとしてる自分がバカバカしい。

 短い深呼吸の吐息と共に吐き出した。


「……してますよ……」


 と目線を下げた。


「ふふ、ごめんなさい」


 女性は悪気は無かった、という身振りで続けた。


「わかるわ、あなたが結婚していて、旦那さんとうまくいってるの。一目瞭然よ!」

「だって妻にメイドの格好をさせて働きに出すなんて、愛が無ければできないわ!」


「こ、これは私が……」


 なぜ弁明しようとしてるのかわからないけど……

 つい口から出てしまった。

 女性は盃に再度口をつけた。


「あなたにどんな事情があろうと、他人からはそういう風に見られるということよ」


 すこし頬を赤らめた女性は続けた。


「私の名前はウララ」

「前からこのカフェが気になっていたのよ」

「パンは何回かパパが買ってきたのを食べたことがあるわ、とてもおいしいわよね」

「最近はあやしいメイドもいるって聞いて、それにお酒も飲めるって不思議なところね、どんな経営者なのかしら」


 人のことをあれこれ詮索する割に、この人自身も相当な変わり者に見えるけど……

 他に客もいないので、ウララに質問をした。


「ウララさんは何かお仕事されてるんですか?」


 さぞや堅苦しい横文字が出てくるだろう。


「プロの感動屋よ」


「か、かんどうや? プロの!?」


 またしてもわからないことを言い出したわ。

 ちょっと後悔。


「そう、感動屋。この辺りでは有名よ」


「それお仕事なんですか?」


「そうよ、ちゃんと報酬もいただくわ」


「はぁ……」


 ほんとに何を言ってるのかさっぱりわからない。

 ウララは盃を口に少し当ててるだけなのに、もう半分以上空けている。


「どんなことでも感動してみせるわ」


 ふっと、笑みをちはるに向けた。


「あなた最近感動したこと聴かせてちょうだい」


 ウララの目が嬉々としてきた。

 酔いもあるだろう。


 プロってことはお金取るのよね?


「い、いや、お金あまり持ってないので……」


「報酬はお金ではないわ、別のものなの……」


 意外な回答だった。

 別のものって何だろう。

 お金が絡まないということは、悪い人ではなさそうかも?


「そうですか、うーん、なんだろう、娘が自分からお手伝いしてくれるようになった、とか……」


 日常の光景から見つけだした。


「それよ! それだわ! それは感動よね!」

「私も四人の娘がいるけど、子供達の成長は毎日毎時間感動の連続だわ!」

「しかしいきなり出ちゃったわね! 感動オブザイヤー!」


 もの寂しげな表情だったとは思えないほどの笑顔と大げさな仕草。

 それに目に少し涙を蓄えていた。

 人差し指で目元を拭いながらウララは続けた。


「他にはないかしら?」


「そういえばこの前、ここに来たお客さんが、覆面調査員だと思って、何とかよく見せようとしたら空回りしちゃって、でも、その人喜んでくれたんですよ」


 ちょっと前の出来事を、少し照れながら答えた。


「あなたのその観察眼、感度がすばらしいわ!」


 ウララは両手を胸の前で結び、大げさに喜んでみせた。


「なんで覆面調査員だと思ったの? 見た目? 仕草? 実際は違ったけど、結果的に良かった、あなたの性格が呼び起こした奇跡よ!」


 ウララは目を見開き、今度は両手をあげて驚きを表現しながらちはるを称賛した。


「世の中、お金が回って経済が動いてるのと同じように、感動も人々の間を回っているの」


「感動は感情の動きよ、喜怒哀楽すべて含むわ」


 壮大な話になってきたわね……

 でも、なに、この説得力。


「生きることは感動の連続だし、感動するということは生きてるということなの、感動はこの私に生きてる実感を与えてくれるの」


「……あの大都市ネオマクラザキの連中みたいに、機械に囲まれて感情が死んじゃったらおしまいよ」


 私もそんな風に見えるのかな……

 力強い眼差しに吸い込まれそうになっていた。


「生きている実感、それが報酬よ。ありがとうね」


 生き生きしているウララが少し羨ましかった。


 ウララは残りを飲み干し「また来るわ」と言い残して、颯爽とびみょるを後にした。


 感動……かぁ……


 普段何気ない日常に当たり前のように感動できるものがあるのだろうか。

 覆面調査員だと感じたのは、気にしいな性格のせいだったけど、確かに良い結果になったな……


 どんなことにでも感動できる資質が備わっていて、それを見つけられるかどうか、なのかな。


 他人の目を気にしてばかりの私の「困ったアンテナ」も、角度を変えれば「日常の幸せを見つけるアンテナ」になるのかもしれない。


 空いた盃を片付け、一息ついた。


 そして閉店までの少しの時間、街の喧騒にアンテナを傾けた。

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