第45話 はじめての夏クリ
※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。
ゴホッ、ゴホッ!
口からこみ上げる謎の清涼感と爆発的な酸味に咳き込みながら、ちはるは心の中で悲鳴を上げていた。
それは夏クリ本番当日の飾りつけ作業の休憩中に起きた。
いつものようにまことの試作スイーツを飲み込み、引きつった笑顔で乗り切る……はずだった。
けれど、ゲホゲホと喉を鳴らしながら、ちはるの口からは思わぬ言葉が跳び出していた。
「……で、でもっ、ここ、直したらいいと思います!」
(……えっ、私、いま何言った!?)
自分で言っておきながらびっくりして目を丸くする。
かつての私なら、相手を気遣うあまり「すごく美味しいです!」と嘘をつくか、苦笑いで誤魔化していただろう。
けれど、この店でみんなとぶつかり、助け合い、伝える優しさを学んできた体が、反射的に言葉を紡いでいたのだ。
まことは目を見開いたあと、静かに、でも力強く頷いた。
「……お願いします。今日の夜の本番までに、絶対に立て直します」
こうして、昼下がりの撃沈劇から始まる、ちはるたちの長い夏クリの一日が幕を開けた。
◇
「古の地球の資料によると、このヒイラギの飾り方には伝統的な配置がありまして……! 尖った葉と、丸い実。両方あるから飾りになるんです!」
「はいはいユラちゃん、そこは一旦落ち着こうね」
買い出しから戻って来たユラが、宝物ノート『絶対のマニュアル』を抱え、鼻息荒く店内の装飾を手伝ってくれる。
ミワは「今日のブログ記事は、準備編に決定ね!」と密着取材ばりにカメラを向け、そしてメモ取りとてんやわんやだ。
ガラス越しにはサワムラがニヤニヤしながらシャッターを切っているのが見えた。
現像があがるまで早くて1週間かかるそうで、この時間がなんと待ち遠しいのだと、あとで嬉しそうに話していた。
今日は次々と常連さんたちが顔を出す。
「ふむふむ、装飾の左右非対称性、アシュラのデータと照合しても興味深いわね……」
と装飾の前に座り込み何やらブツブツ言って、オタク全開で分析するバイナリ。
「今日はどんな感動に出会えるかしら!? ……あら、でもね。驚くだけじゃ、感動じゃありませんのよ。驚いたあとに、ほっとさせてくれるものがないと」
と口にするウララ。
プロの感動屋はいつでも感動を探しているのだ。
「今日は色鮮やかですなぁ」
と通りすがりに会釈していくトキワ。
「ーー」
準備に忙しいびみょるの様子にテラス席に行こうか行くまいか、演算結果が出てこないアンドロイドのイゾウが立ち尽くしている。
「こんにちは、平地神社のレンと申しますが……ユッキさんは、いらっしゃいます?」
「ごめんなさい、今日は来てないのよ」
「そうですか、これ、来たら渡しておいてください!」
神社のレンは、ユッキに氷菓の差し入れを置いていってくれた。
そんな中、ひょっこり現れたのは学生三人組だった。
トンが、店内を見回しながら素朴な疑問を口にする。
「そういえばこの星って、なんで夏にもクリスマスやるんすか?」
その質問に、ちはるは思わずくすりと笑ってしまった。
さっき自分もまったく同じことを言っていたからだ。
「この惑星キリシマの1年は、地球の2年分でしょう? だから四季も2倍長くて、クリスマスが夏と冬に交互に来るの。先祖たちの故郷を忘れないための、大切な行事なんだよ」
借り物の知識じゃない。
この街で暮らし、この店で過ごしてきた自分の言葉として説明できたことが、なんだか少し誇らしかった。
厨房からは、試作と格闘するまことの真剣な音が聞こえる。
ちはるは麦茶のグラスをひとつ持って、そっと厨房を覗いた。
「まことさん、少し休憩されませんか」
「……あ、はい。ありがとうございます」
返事はしたものの、まことの手も目も、ボウルの中から動かない。
置いたグラスに気づいているのかどうかも怪しかった。
「外、賑やかですよ。ユラさんなんて、ヒイラギの葉っぱ一枚で三十分は喋ってました。尖った葉と丸い実、両方あるから飾りになるんだって」
「……はあ」
「ウララさんもいらして。驚くだけじゃ感動じゃありませんのよ、って怒られちゃいました」
「……ふむ」
完全に上の空だった。
ちはるは小さく笑って、邪魔にならないように厨房を出た。
(……聞いてないなあ、あれは)
オーナーはといえば、相変わらず手伝いもせず鼻歌を歌いながらカウベルを磨いている。
以前なら「もうっ、手伝ってくださいよ!」と一人でふてくされていたかもしれない。
でも今は違う。
「ふふ、オーナーは相変わらずですね」
笑って受け流せる余裕が、今のちはるにはあった。
そして力の入った飾りつけ作業がなんとか終わった。
◇
夕方、開店準備が整った静かな店内で、まことが緊張した面持ちで小さな皿を差し出してきた。
「あの……直してみたんですが」
昼下がりとまったく同じシチュエーション。
けれど、まことは試食の前に、自分からまっすぐちはるを見て言った。
「もし、まだ合わなかったら……遠慮なく、正直に言ってください」
ちはるは頷き、フォークを口に運んだ。
ーー爆発しない。
口の中に広がったのは、夏らしい爽やかな酸味と、それを優しく包み込む濃厚な甘み。
昼と同じ材料、同じ発想のはずなのに、全く別の極上スイーツに生まれ変わっていた。
「……すごい、まことさん! すっごく美味しいです!」
声が弾んだ。
まことは照れたように目を伏せて、それから言った。
「……ちはるさんが、いろいろ教えてくれたので」
「え?」
心当たりがなくて、ちはるは目を丸くした。
「尖ったものと、丸いもの。両方あるから成り立つ、って」
「驚かせるだけじゃ、だめなんだ、って」
あ、と声が漏れた。
上の空だと思っていた。
聞いていないと思っていた。
……全部、拾われていた。
今日一日、この店を通り過ぎていった人たちの言葉が、ちはるの口を通って、知らないうちに厨房へ運ばれていたのだ。
欠けたところを、みんなで埋める。
たった一日の中でも、その魔法は確かに起きていた。
◇
夜、店内は満席の笑顔で溢れていた。
生まれ変わった夏クリスイーツは大好評で、あちこちで歓声が上がっている。
「母なる地球を忘れないためにだねぇ〜」
オーナーが全く同じフレーズを嬉しそうに繰り返し、みんなが笑う。
変わっていくちはると、変わらないこの場所の温かさ。
爆発から始まったサイテーな一日が、こんなにも賑やかで、愛おしい夜に繋がっていた。
あの日、始まったばかりだったこの長い一日は、こんなにも遠くまで来た。
そしてこの星の長い夏も、まだまだ終わらない。




