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気にしいメイドと天然パティシエ ~辺境惑星のパンカフェ日誌~  作者: 餅酒むぎ


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第4話 朝の立ち売りミス

※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。

 アルバイト初日。


 予定時間より早く家を出た。

 小学生の下の子を夫に任せ、見送られて仕事に行く。

 これまでと違う日常に、なんかちょっとテンションが上がってきた。


 仕事がうまく務まるか、自分を変えられるか、不安も大いにあるけど、まぁやってみないとわからない。


「お母さんアルバイト始めたんだって? カフェ? いいな、今度行っていい?」


 下の子が見送る直前にそんなことを言ってきたけど……


「だーめ! 遊びじゃないの、お仕事なんだから」


 ただメイド服姿を見られたくないだけだけど。


「ちぇーつまんないなー」


 下の子はすぐに諦め自分の支度に戻った。

 いい年をした母親がですね……

 どんな理由があろうとメイド服を着てアルバイトをしている……

 娘にとってショックに違いないよね……


 目的地であるスカイトロッコ最南端の駅に着き、改札を降りて少し歩いたところ。

 そこには穏やかな海面が断崖から見下ろす先に広がっていた。


 海鳥たちが岩場で羽を休めている。

 そして今日から働くパンカフェ『びみょる』

 ちょうど厨房のまことが店頭販売用のテーブルを持ち出しているところだった。


「まことさん、おはようございます。今日からよろしくお願いします」


 足早に近づき、深々とお辞儀をした。


「はい、おはようございます。よろしくお願いしますね」


 まことも笑顔で応えた。

 いい人そうで良かった。

 事務室に向かうとオーナーが出てきたところだった。


「おはようございます。よろしくお願いします」


 同じように深々とお辞儀をした。

 オーナーはニヤッと笑いながら挨拶し、まだ更衣室ができていないことを詫びながら、店頭のまことの手伝いに向かった。


「さて、着替えよう」


 事務室に入ると例のメイド服がロッカーの前にかけてあった。

 複雑な服になんとか袖を通し、面接時にはなかった姿見が設置されていたので、失敗のないよう細部まで確認した。


 意外に似合ってる……かも……


 女子として、やはりかわいい服を着るのは憧れだよね。

 ちょっと恥ずかしいけど。

 そんな自分が姿見に映し出されたのも束の間、表情が曇った。


「あれ?」


 少し、いや、かなり余裕がある胸元。

 ウエストもきついまま、何も直ってない……

 面接の日、あとでアジャストしておきますね、って言ってたのに……

 ちゃんと採寸してないからかな……


「あとでオーナーに言って直してもらおう」


 とりあえずこのまま店頭販売の準備をするため事務室を後にした。


 朝の通勤通学時間。

 びみょるは店頭に臨時の販売スペースを設ける。


 早くからまことが仕込み、美味しそうな焼きたてのパンや出来立てのサンドイッチが出された。

 買い求めるために少し列が出来ていた。


 その列を見て、急に緊張してきた。


 この人たちはメイド姿の三十路の私をどう見ているのだろうか?

 気になり始め、動作がぎこちなくなる。


 体と感情がちぐはぐな動きをしている。

 まるで自分の身体ではないみたい。


 さらに慣れないお金のやり取り。

 ネオマクラザキではいつも身に着けている情報補助デバイスが支払いを代わりにやってくれる。

 コインや紙幣なんて、普段使ったことがなかった。


 客が渡した数枚のコインを受け損ねた。

 乾いた音を立てて、地面に散らばる。

 頭が真っ白になった。


 隣にいるまことがフォローしているのが見えたが、身体が固まっていた。

 客の舌打ちが聞こえたような気がした。


 失敗した……


「……ちはるさん……ちはるさん」


 まことの声が聞こえて我に返った。


「さあ、これを袋に入れてください」


 列は次から次へと進んで行く。

 まことは手慣れた様子でどんどんさばいてる。


 私もやらなきゃ……


 でも身体が動かない。

 ここにいる全ての人の視線が自分を責めている……


「ちはるさん、ほら……これをお願いします」


 やっとまことのほうに顔を向ける。

 優しい笑みを見せている。

 列は次から次へ流れて行くのに、時間が永遠に止まっているかのよう。


「す、すみません……」


 もう泣きそう……


 すぐに袋詰めの作業に入った。

 目の前のこと、それは仕事。

 パンの販売、袋に詰め、お金を受け取り、お釣りを渡す。


「ちはるさんお疲れさま、ちょうど売り切れ、これで朝の販売は終わりです。さあ片付けましょう」


 優しく声をかけるまこと。


「あの、さっきはすみません、失敗してしまって……」

「え? 失敗、ですか?」

「あ、いや、お金を落としたこと……」

「別に、失敗でもなんでもないですよ……全然大丈夫です……」

「いや、でもお客さんに不快な思いをさせて」


 唇を少し噛み締めた。


「え? 不快? そんなことないですよ、あってもすぐに忘れてしまいますし」

「で、でも……」

「ほんと大丈夫ですよ、気にしすぎですよ、ちはるさん」


 さらに唇に力が入る。


「さて片付けて少し休憩しましょう、アイスコーヒー淹れますから」


 まことはテーブルを抱えて店内に入っていった。

 ちはるも残りの道具を持ち、後を追った。


 朝の店頭販売が終わり、周辺は閑散としている。

 相変わらず客は一人もいない。


 ぐったりと肩を落とし、一息ついていた。


「はぁ……」


 まことはアイスコーヒーを持ってやってきた。


「お疲れ様です、ちはるさん」

「……お疲れ様でした……」

「どうしました、元気ないですね、失敗でもなんでもないですよ」


 再び笑顔で優しく話しかけてくれた。

 気持ちは嬉しいがまだ自分の中で納得ができない。


「はいはいお疲れさん、ではちょいと野暮用で外出しますね。今日は戻らないかな」

「オーナー! ちはるさん初日ですよ、一緒にフロアに立つのではなかったのですか?」


 まことは語気を強めて訴えた。


「大丈夫ですよ、朝の働きを見たら、大丈夫だと確信しました! はははは!」

「いえ、まだ……あの……」


 先ほどの出来事が頭の中で一瞬のうちに蘇った。

 言葉に詰まりながら不安の視線を送る。


 このオーナー、まことさんには過保護なくせに……

 私にはこの調子か……


 オーナーは二人に片手を上げて颯爽と出て行った。

 カランコロンとカウベルが、小さく揺れる。


 気持ちを切り替えよう。


 その音が消える頃には、心の中で何かが少しずつ動き始めていた。


「しょうがないなぁ、オーナーは……」


 やれやれと諦め顔のまことはちはるに向き直って苦笑した。


「お昼まではとりあえず客は少ないですから、それまで少し予習をしましょうか」

「はい、お願いします」


 まことと一緒に仕事の内容を再確認した。


 不安とはアイスコーヒーのコップにできた水滴のよう。

 やがて拭われるのだ。

 それでもまた新たな水滴は出てくる。

 だがそれもまた拭われるもの。


「あ、そう言えばオーナーに服の直しをお願いしなければ……」


 しかしオーナーは外出してしまっていつ帰るかわからない。

 この空いた胸元、気になってしょうがないな……


 ふとパンの売り場に大きめの半球型のパンを見つけた。

 そのパンを二つ取り、胸元の余分なスペースに収めた。


 うん、ぴったり。


 意外にしっくりときたので嬉しくなった。

 そしてパン二つ分のお金をレジに支払った。



 パンカフェ『びみょる』は、暖かい日差しと、ゆっくりとした時間の中にあった。

 胸に空いた隙間も埋まり、にわかに自信が蘇りつつあった。


 そして新たな気持ちで、カウベルが鳴るのを待った。

ここまでが『気にしいメイドと天然パティシエ』の導入です。

続きが気になった方は、ブックマークしていただけると嬉しいです。

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