第3話 それってメイド服ですか!?
※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。
「さ、採用ですか? ま、まだ面接もしてませんが」
なんだかとても不安なんですけど……
会って間もない人間
どこの誰かもわからない人間
カフェ店員にふさわしいかどうかもわからない人間
そんな人間をすぐに自分の店に採用するお店、本当に大丈夫なの!?
「いや、あなた、悪い人に見えないので」
整えられたひげに隠れた口が微笑む。
「では簡単にお願いしたいことを説明しますね」
「いや、ちょっと待っ……」
「仕事の内容は見ての通りカフェ部分で給仕をお願いします。お客さんをテーブルに案内し、注文を取り紙に書いてキッチンに渡してください」
「あ、あの……」
「できた商品をそのテーブルまで届ける、お会計をする、特にマニュアルはないですから、ちはるさんの考えるようにやってみてください」
どんどん話が進んでいくんですけど……
何がなんだか理解が及ばず思考停止。
何とか言葉をひねり出した。
「あ、あの!……接客は初めて、なのですが……」
オーナーは背もたれに体を預けながら、わかっていますよ、という顔で続けた。
「うん、大丈夫大丈夫、えーと、ちはるさん、とお呼びしてよろしいですか?」
「あ、はい……」
「ちはるさん、これまでレストランとか利用したことあるでしょ? あんな感じでお願いしますね」
あんな感じとは!?
いい加減なのか、何か考えがあってのことなのか、さっぱりわからない。
マニュアルがない。
つまりそれは私の自由ということになる。
どうしたらいいのだろう。
膝の上に置いた手が、意味もなく硬くぎゅっと握られる。
あらゆる接客パターンが頭の中に高速で駆け巡っては、何も答えが出せないまま消えていく。
自由ということがこんなにも苦痛だなんて……
「注文されたものは厨房でまことさんが用意します」
さっきのコックさんのことだろう、まことさんと言うのね。
「朝の時間帯は店頭でパンやサンドイッチ、飲み物などを販売します」
「何時ぐらいですか?」
「7時から販売開始です。ここら辺は学校とかオフィスとかスカイトロッコの整備工場があって、学生さんや働く人たちがよく買っていきます」
「わかりました」
「ランチも少しやっています。そのほかは観光のお客さんがちらほらやってきます。混むときは私もフロアに立ちますが、そんなに混むこともないので、一人でこなせると思います。少しずつ覚えて、慣れていきましょう」
怪しいという感覚は完全には拭えていない。
けど最後の言葉には少し救われた。
まずはやることを覚えよう、そして慣れていこう。
そう思えば思うほどに肩に力が入ってしまうけども……
「ちはるさん、自分を変えてみたいんですよね」
不意の言葉に一瞬息を飲んだ。
なぜわかったの?
と思ったが、よくよく考えてみたら履歴書の動機欄に、そのようなことを素直に書いていた。
「そうですね……いろいろ、変えてみたいです……」
私は変わりたいんだ……
うつむきながら言葉にできない正体を捉えようとしていた。
「まぁ、肩の力抜いて、気楽にやってもらって大丈夫ですから」
オーナーはおもむろに立ち上がり奥のロッカーを開け、ガサゴソと何やら取り出した。
「?」
取り出されたのは、フリルだらけの服。
「じゃーん」
オーナーは得意げな顔で、そのコスチュームを自分の体の前に合わせた。
「はぇ?」
「どうですか?」
「……それって……メイド服ですか!?」
「そう、メイド服、かわいいでしょ?」
フリルがたくさん付いてる!
確かにかわいいけど、自分が着るとどうなるか……
どんなにイメージしても、まったく不釣り合いな自分しか出てこないんですけど……
若作りにもほどがある!
「き、着られないですよ! 募集チラシにも書いてなかったですし……それに三十路の私なんかに似合わないですよ!」
はじめての接客業に、恥ずかしいメイド服。
ハードルがどんどん高くなっていく……
「そうかなぁ、ちはるさん、年齢より若く見えるし、似合うと思うけどなぁ」
「な、なにを言って……」
耳が赤くなってしまい、うつむいた瞬間、オーナーはメイド服を強引にちはるに預けた。
「それに古の地球では、メイド服というのは最高の給仕をする人が着るものなんですよ」
鼻高々なオーナーがさらに胡散臭いんですけどーー!
「……地球のこと、お詳しいんですね」
「週刊サルベージの大ファンでして!」
すこし明るいトーンになったオーナー。
「しゅうかんサルベージ? って何ですか?」
聞いたことがなかった単語に素直に疑問符を置いた。
「ふふーん、よくぞ聞いてくださいました!」
「人類がこの辺境惑星キリシマへ到着し、いざ入植しようとした時、移民船団が事故を起こすも、なんとか不時着」
な、なに、急に早口になったんですけど……
「その際に、人類の叡智を収めたシステムが壊れてしまい、入植に必要な知識が全て失われたかに思われた矢先、なんと! 資材艦カイモンダケで三世代前のシステムを見つけまして」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください、早いですって」
「なんとかそのシステムから人類の叡智のデータを取り出し、分析し、つまりサルベージしてですね……」
と、止まらない……それにこの人息継ぎしてるの?
「このニューイブスキを築き上げ、人類の営みができるようになるまで苦節200年!」
呆気に取られながらも隙を見て相槌を入れた。
「『失われた200年』ですよね、小さい頃、習いました……カイモンダケも遠足で行きました。沖の不時着したところに整備されている入植記念館ですよね」
「そうですそうです、そして今もサルベージは続いておりまして、新しく得られた人類の叡智を毎週紹介するテレビ番組が、週刊サルベージ、ってご存知ない??」
ちはるは申し訳なさそうに小さく頷いた。
「まぁ、最近の若い人はあまり関心がないのかな」
若い人……三十路でも若い人なのか、まぁ、悪い気はしないけど。
オーナーも若そうに見えるけど、何歳なのだろうか。
「とにかく素晴らしい栄誉あるコスチュームですから」
「はぁ……」
「それでは着替えてください、店を案内します。更衣室は別途設けます。今日はここで着替えてください。私は出ていますから、着替えたらフロアに来て下さいね。それでは」
オーナーはそう言い残すとすぐに事務室から出て行った。
押しの弱い自分がほんと嫌……
まあでも、これも自分を変えるため、だよね。
初めて着る服にすこし手間取りながら、なんとか着替え、フロアに出た。
オーナーとまことが立ち話をしていた。
「お、これはこれは、とてもお似合いですよ、ちはるさん」
オーナーはまるで舞踏会に初めて呼ばれたお姫様を迎えるように、両手を広げ賛辞を送った。
まことも軽く微笑みながらオーナーに続いた。
「とても似合ってますよ」
ちょっと恥ずかしいかな……
でも実は結構似合ってるかも知れない?
窓ガラスに映るメイド姿の自分をちらっと横目で見た。
「サイズはどうでしょうか」
オーナーが問うので、恥ずかしいけど素直に答えた。
「少し……あ、いえ、かなり、胸周りに余裕があります……」
「なるほど、身幅にかなり遊びがありますね。ダーツをもう少し深く取ってみましょうか」
「あとウエストが少し……ほんの少し、きついかも……です」
「わかりました、コルセットラインの絞りを少し緩めましょう。あとで私がアジャストしておきますね」
服の仕立てをできる人なのかな?
「オーナーが作ってるんですよ、服、僕のもそう」
まことが自慢げに自分の襟元を持った。
「すごいですよね」
「さて、改めて、こちらがまことさん、びみょるの厨房担当、一応パティシエとなっていますが、パンも料理も作ります」
「あらためまして、まことです。肩の力を抜いて、気楽にいきましょう」
ちはるは深々とお辞儀をした。
無意識に入る肩の力を見抜かれたことが、恥ずかしくも嬉しかった。
まことはオーナーと二言三言話したあと厨房に消えて行った。
「あ、ちはるさん……ちょっと、お願いがあるのですが……」
オーナーが顔を近づけ、ひそひそ声になった。
「まことさんはああ見えて、自分に自信がないところがあるんです」
「はぁ……」
「ですので、なるべく自信をつけさせてあげたいので、自信をなくしてしまうような言動は、彼にはなるべくしないように心がけてください」
「……はい……」
なぜだろうか?
咄嗟にその意味するところは理解できなかったが、記憶に留めるようにした。
それからオーナーに案内され店の隅々まで見て回った。
「最初のうちは、私もフロアに顔を出しますから」
「すみません、ありがとうございます」
「明日からよろしくお願いしますね。今日はこの辺で、お疲れ様でした!」
「こちらこそよろしくお願いします。お疲れ様でした」
アルバイト面接は終わり、家路についた。
そんなに時間は経っていないが、ほとほと疲れた。
スカイトロッコの車内の椅子に深々と腰を掛けた。
海辺の断崖を這うように、ゆっくり上っていく。
移りゆく景色の中、遠い水平線をぼんやりと眺めていた。
「あ、あれは……」
沖のカイモンダケが夕日に輝いていた。
これから何が起こるのか、何も起こらないのか。
水平線の向こうに何があるのか、それは行ってみないとわからない。
そんなことをぼんやりと考えていた。
帰りのスカイトロッコの窓に映る自分は、少し誇らしげだった。




