↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気にしいメイドと天然パティシエ ~辺境惑星のパンカフェ日誌~  作者: 餅酒むぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/60

第2話 ちはる、びみょるへ

※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。

 夏クリの準備の数か月前、このアルバイトを始める少し前のこと……



 ちはるは朝になると勤めに出る夫を見送り、時間差で二人の娘が学校に行くのを見届けた後、一人となった家で自分だけの時間が訪れた。


 洗濯や掃除、買い物は機械が自動で行ってくれる。

 そんな時間、ふと自分自身へ目が向いてしまうことが多くなった。


 子供たちも大きくなり、家に自分がいなくても回る時間が増えた。


 今朝も、洗濯機が「洗濯が完了しました」と人間っぽい声色で告げたけど、誰も何も言わなかった。


 当たり前のことだ。

 洗濯をしたのは私じゃなくて、機械なんだから。


 夫は優しい。

 家庭に不満があるわけじゃない。


 でも……


 「お母さん」以外の自分が、どこかに置き去りになっている気がした。



 我が家のある街、ネオマクラザキ

 ここでは身の回りのことはたいてい機械が勝手にやってくれる。


 「子育てに最適な街」


 数年前、そんな宣伝文句に惹かれて、ここへ引っ越してきた。

 明るい未来が待っている、と思ってた。


 でも……



「気分転換に、ちょっと外に出よう……」


 人通りの多いところに来た。

 雑踏に紛れると心が安らいだ。

 他人が自分を認識していないことが、何より心地よかった。


 しかし、すぐに物足りなさが心に充満した。

 このままだと自分が、どんどん薄くなっていく気がした。


 誰かに必要とされたいのか。

 それとも家の外に出たいだけなのか。

 自分でもよくわからなかった。


 言語化できない心の澱み。

 そこに浮かぶ言葉を見つけた。


「探そう」


◇


 ある日、買い物途中にあった掲示板が目に付いた。

 そこに貼られた、質素なデザインのチラシ。


「パンカフェ『びみょる』 フロアスタッフ募集、簡単な接客、アットホームな……」


 普段なら気にも留めず、やり過ごす類だった。

 しかし、なぜか妙に心に引っかかった。


「カフェ店員ってことか」

「接客はまるでやったことがないけれども……」


 接客業なら、嫌でも人と関わることになる。

 その中で、今の自分に足りないものが見つかるかもしれない。


 根拠なんてなかった。

 でも少しだけ、気になった。


「やってみようかな……場所はちょっと遠いけど、知り合いもいないだろうし、ちょうど良いかも」


 すぐにチラシに書かれた番号に電話した。

 おどおどしてしまったが……

 なんとか面接の日取りを取り付けた。


 その夜、夫にアルバイトのことを打ち明けた。

 突然の申し出に、夫は自分に至らないことがあるのではないか、稼ぎが少ないならもっと頑張るから、と動揺していた。

 そういうことではない、と説得するのに少し時間がかかったが、最終的には納得してくれた。


◇


 面接の日、いつもより少しだけメイクを重ね『びみょる』へと向かった。


 しかし足取りは重かった。


 当日になって、やはり自分には向いていないのではないか、やめようか、いや、きっと素晴らしいものが見つかるはずだ……

 そんな振り子のような不安と期待。


 あのテンションはどこにいってしまったの!?

 自分への恨み節を、なんとか噛み締めた。


 情報補助デバイスのコンタクトやイヤーカフ

 自動温度調整ウェア

 これらは家に置いてきた。


 便利を脱ぎ捨てた素の自分が晒されている。

 ちょっと怖かった。


 断崖絶壁を縫うように張り巡らされた自走式ロープウェイ。

 パンカフェ『びみょる』のある街、ニューイブスキ特有の交通機関『スカイトロッコ』を乗り継ぐ。


 ゆっくりと目的地に近づいていく。

 不安で心が押しつぶされそうになる。

 でもそれを口に出してしまったら、何もかも溶けてしまいそうな予感がした。


 ニューイブスキ最南端の終着駅に到着した。


「うう、風がちょっと冷たい……」


 駅にはスカイトロッコがUターンするスペースと整備するスペースがあった。

 複雑な構造の車輪がうなりを上げていた。


「けっこう、うるさいのね……」


 駅を降りると視界を遮るものがなかった。

 少し歩くと見えてきた。

 水平線を臨む眺望に小さく感嘆の声をあげた。


「すごく気持ちがいい景色ーー!」


 視線を横に向けるとすぐお店が見つかった。

 お昼ご飯の時間を終えてから少し経った頃合い、駅近くなのに人の往来がほとんどない。

 一度深呼吸をして、お店の扉を開けた。

 カランコロンとアンティークなカウベルの音が店内に響き渡った。


「すみません、面接に来たものですが……」


 少しだけ張った声を出してみた。


 客は誰もいないようだけど、まさか店の人もいないの!?


 しかたないので、もう一度声を上げようとした瞬間……


「ああ、お客さんですか、どうぞ好きな席にお掛けください」


 厨房の人だろうか、コックさんのような白い服装の男性が奥から出てきた。


「あ、いえ、アルバイトの面接に来たのですが……」


「ああ、アルバイト、ではオーナーを呼んできますね」


 と、その男性は再び奥へ消えていった。

 しかし午後の時間、お客が一人もいないカフェというのは……

 大丈夫なのだろうかと心配になってきた。


「電話をくれた方ですね、私がオーナーです」


 先ほどのコックさんが連れてきた男性が話しかけてきた。

 コックさんは軽く微笑んで場を離れた。

 オーナーと名乗る男性は白いシャツに黒いベストとパンツ。

 バーテンダー?

 いや、ギャルソンというやつだろうか?


「それでは奥の事務室で面接をしましょう、私がオーナーです」


 なぜ2回も言ったのだろう?

 この人の癖なのだろうか……何か意味があるのだろうか……

 案内する彼の背中を訝しげに見上げながら付いていった。

 関係者以外立入禁止と書かれた事務室のドアを開け、物が雑然と置かれている部屋へ通された。


「どうぞこちらに掛けてください」


 武骨なオフィス机と小さなパイプ椅子に促され、キョロキョロしながら腰を下ろした。


「あ、これ、履歴書です」


 対面に座ったオーナーに履歴書を渡すと、一瞥するや否やこう言い放った。


「採用です」


「早っ!」


 拍子抜けしてしまった。

 そしてどこかで安堵している自分がいた。


 あんなに緊張して身構えていたのが、なんだか馬鹿みたい!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。