↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気にしいメイドと天然パティシエ ~辺境惑星のパンカフェ日誌~  作者: 餅酒むぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/60

第26話 ウララと感動のバイキング

【夏祭り編 その3】

※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。


 遠くから響いていた太鼓の音が、いつの間にか夜霧の彼方に消えていた。


 祭りという名の短い幻が幕を閉じる。

 つい先ほどまで色鮮やかに揺らめいていた露店の灯りが、一つ、また一つと落とされていき、平地神社の境内は急速に闇と静寂に包まれていった。


 境内の隅にある古びた灯籠の影から、ずびずびと鼻をすする妙に大きな音が聞こえてくる。


「ううっ……ひぐっ……なんて、なんて美しいのかしら……っ!」


 片手にぬるくなった缶ビールを握りしめ、ボロ布のようにハンカチを濡らしているのはウララだ。


 彼女は自称『プロの感動屋』。


「感情の揺らぎこそが生きてる実感」を信条とする彼女にとって、他人の人間ドラマを眺めて涙することは、もはや生きるための呼吸に等しかった。


「神社の裏手でねえ、男の子と女の子が……ただ手を繋いでラムネを分け合って歩いてるだけなのよ!? なのに、その距離感、その沈黙! ああ、人類の至宝だわ! 祭りはこれだからやめられない! まさに人生に必要な栄養素を全種類盛り合わせた『感動のバイキング』ね……!」


 一人で熱弁を振るうウララの背後に、綿菓子や水風船を抱えた四人の少女たちが、死んだ魚のような目で音もなく忍び寄る。

 彼女の実の娘たちだ。


「……お母さん、またやってる」

「恥ずかしいから声のボリューム落としてって言ったよね?」

「ほら行くよ。それよりお母さんのせいで『びみょる』の屋台のパン、買い逃したんだけど」

「えっ」


 ウララは涙で濡れた顔を跳ね上げた。


「う、嘘でしょう!? あの優しさの塊みたいなサンドイッチを!?」

「本当。さっき見たら、もう跡形もなく撤収してた」


 絶望に崩れ落ちかけるウララに、娘の一人が夜霧の向こうを指差して言った。


「でも、店舗のほうに行けば、まだやっているかも。お疲れ様会とかやってるんじゃない?」

「それよっ! まだワンチャンスあるわ!」


 ウララは缶ビールをポケットに突っ込み、ドレスの裾を翻して夜の石畳を猛然と駆け出した。


◇


 カランコロン、と夜の店内にアンティークのカウベルが涼やかな音を響かせたのは、それから間もなくのことだった。


「お疲れ様でしたー!」


 閉店後のパンカフェ『びみょる』の店内は、熱気と達成感に満ちていた。


 浴衣姿のままのちはると、厨房のまこととユラ。


 そして、昼間の少女姿のまま、神社の境内からずっと一緒にいるユッキと、常連のミワ。


 テーブルの上には、まことがスタッフの慰労のために腕を振るった、真っ赤な苺のドームケーキが誇らしげに鎮座している。


「いやあ、本当に完売するなんて! 私、朝からずっと鳥肌が立ちっぱなしです!」


 ユラが頬を紅潮させて拳を握りしめる。

 まことが「みんなのおかげだよ」と控えめに微笑みながら、慣れた手つきでケーキをナイフで切り分けていく。


 その傍らで、ユッキは少し傾いた木彫りのクロワッサンの髪飾りを揺らしながら、すでに配られたケーキを小さなフォークで器用に口へ運んでいた。


 ずっと着けていたせいでピンが緩んでいるようだが、本人は全く直そうとしない。

 レンくんとの思い出の品だもんね、と心の内でニヤニヤしてしまうのを必死に堪える。


 ミワに至っては、今日の「サンドイッチ戦争」の一部始終を自身のブログに刻み込むべく、凄まじい勢いで手帳にペンを走らせていた。


 そこへ、文字通り扉を蹴破らんばかりの勢いで乱入してきた一行がいた。


「ウララさん!?」


「こんばんはーっ! パンは買い逃したけれど、せめてこの美しい完売の空気に混ぜてちょうだい! はいこれ、差し入れの日本酒『断崖息吹 大吟醸』!」


 一升瓶をドンとテーブルに掲げるウララの勢いに圧倒されつつ……


「まあまあ、ウララさん、そして、えーと、娘さんたちですよね、皆さんもどうぞ」


 母のテンションにどん引きの彼女たちも店内に招き入れた。

 ちょうどケーキも人数分ある。


「あら、あなたが新しいパティシエールのユラちゃんね? 私はウララ、プロの感動屋よ」

「はじめまして! ユラです!」


 真っ直ぐなユラが元気に頭を下げる。

 と、その時、ウララの視線が、手帳を握りしめたミワの姿に留まった。

 ピキィン、と店内の空気が凍りつく。


「……あなた、只者ではないわね? そのペン先から漂う、尋常ではない『ドラマの観測者』としてのオーラ……」

「ふふ、お互い様よ。あなたこそ、その涙で爛れた眼光……ただの客じゃないわね?」


 互いに一瞬で同類の匂いを察知したのか、ウララとミワの間でバチバチと見えない火花が散り始める。


 ウララは出されたケーキを一口食べるや否や、がばりと天を仰いで号泣したのだ。


「ううう、美味しいわぁ! 機械が計算した最適解なんかじゃない、作っている人の手のぬくもり、迷い、そして優しさがダイレクトに伝わってくる味よ!」


 毎度のことながら、ウララの娘たちは「また始まった」と冷めた顔でケーキを突いている。


「そうなんです、ウララさん!」


 ユラが身を乗り出して、ウララに熱く水を向ける。


「実は、今日の屋台の裏側で、本当に物凄いドラマがあったんですよ!」

「なんですって!?」


 待ってましたとばかりに、ミワがペンをバチコンと置き、芝居がかった仕草で咳払いをした。

 ここからは完全に彼女の独壇場、ブロガー講談の始まりである。


「ーー時は本日昼下がり。効率主義を掲げる、どこぞの青年店主が我が『びみょる』の屋台に勝負を仕掛けてきたの。彼は言ったわ。『四角いサンドイッチこそが完璧であり、わざわざ耳を落として三角にするなど非効率の極みだ』とね!」


「まあ! なんて血も涙もない効率の奴隷!」


 ウララが早くもハンカチを握りしめる。


「そこで私は、古の地球における『きのこ・たけのこ大戦』の故事を引いてやったのよ。かつて人類は、効率や規格化の裏で、どれほど多くの『食べる人への思いやり』をサルベージしてきたか! 三角の手間にこそ、口当たりの良さを願う人間の心が宿るのだとね!」

「観客たちも私の演説に大同調! 青年店主は『覚えていろよ!』と、テンプレ通りの捨て台詞を残して、尻尾を巻いて退散していったわ!」

「そうなんです! 私、横で見ていてずっと鳥肌が立ちっぱなしだったんですから!」


 ユラの熱い合いの手が店内に響く。

 ウララは、ついに決壊したダムのようにボタボタと涙を流した。


「素晴らしいわ……! 効率対優しさの、なんて美しく、そして切ない闘争かしら……!」


 そしてウララはミワの両手をガシッと掴んだ。


「あなた、素晴らしいわ! その感情の揺らぎ、私の観測史上最大よ! お願い、今度じっくり取材させて!」

「光栄ね。あなたのその圧倒的な感受性、とても興味が湧いてきたわ。今度私のブログに特別ゲストで出てちょうだい!」


 ガッチリと固い握手を交わす二人。

 ちはるはその様子を遠巻きに眺めながら、「あの……本当に初対面ですよね……?」と、別の意味で戦慄を禁じ得なかった。


 ひとしきりミワとの熱い交信を終えたウララが、ふと、隣でまだ興奮冷めやらぬ様子で胸を押さえているユラに向き直った。

 その表情から、先ほどまでの大袈裟なコメディ色がふっと消える。


「ねえ、ユラちゃん」

「はい?」

「さっき、鳥肌が立ったって言った瞬間のあなた。本当に、最高に『生きている』って顔をしていたわよ」


 ウララの静かな、けれど射抜くような言葉に、ユラは一瞬、きょとんとした。


「……前の店では、毎日数字と効率ばかりを求められて、本当に苦しかったんです」


 ユラは、自分の宝物ノートを愛おしそうに撫でながら、ぽつりぽつりと語り始めた。


「でも、この街に来て、びみょるで働くようになって……お客さんが目の前で私の作ったものを食べて、笑顔になってくれる。それを見た時、私、パティシエになって初めて、自分は今『生きている』って思えたんです」

「ええ、そうでしょうね」


 ウララは深く頷き、ユラの目を見つめた。


「いい? 感動っていうのはね、感情が動くこと。つまり、自分が今そこに存在して、命を燃やしているっていう証拠なの。……あなたは私みたいに、他人のドラマを見て消費するだけの人間じゃないわ」


 ウララは、ユラの肩にそっと手を置いた。


「あなたは、自分の手で誰かの心を動かす、感動を『作る』側の人間よ。だから、自分の仕事に、もっと誇りを持ちなさい」


 真っ直ぐに、一点の曇りもなく自分の存在を肯定されたユラは、みるみるうちに顔を真っ赤に染めた。


 何か言葉を返そうとしたようだが、喉の奥に熱いものが込み上げたらしく、ただ何度も、何度も、小さく頷くことしかできなかった。


 静かな余韻が、店内の空気を優しく満たしていく。


 ーーと、そんな感動的な空気を、あえて台無しにするのがこのお姉さんである。


「ふふふ。でもねウララさん。今日一番の『歴史的瞬間』は、実は神社の裏手で起きていたのよ?」


 ミワがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて切り出した。

 ちはるは心臓が跳ね上がるのを感じた。ま、まずい、それはいけない!


「ちょっと、ミワさん、それはーー」

「なになに!? 聞きたいわ!」


 ちはるの制止などウララの耳には届かない。

 ミワは嬉々として暴露を続けた。


「うちの可愛いユッキちゃんがね? 境内の裏手で、神社のレンくんと手を繋いで、一本のラムネを分け合いながら、めーーっちゃくちゃゆっくり歩いていたのよ!」

「ギャーーーッ!! それ、さっき私が裏手で見た人類の至宝じゃないのーーーッ!? 当事者がここにいたなんて!」


 ウララが絶叫級の叫び声を上げて食いつく。

 暴露されたユッキは、一瞬で顔を茹でダコのように真っ赤にして立ち上がった。


「ち、ちがうもん、、! あれはレンが暗くて危ないからって、手を引いてあげただけだもん、、! ラムネだって、レ、レンがどうしてもって言うから、一口あげただけだもん、、!」


 必死に語尾を濁らせながら言い訳をするユッキだったが、その時、ちはるの耳にだけ、地を這うような低い小声が届いた。


「……余計な報告をぶち込みおって、あの瓦版女めが。後で石窯の火力を最大にしてやるのじゃ……」


 ひえっ、とちはるは短い悲鳴を飲み込み、今聞いた素の老人語の悪態を、全力で脳内から消去して聞こえなかったことにした。


 妖精バレ、ダメ、絶対。


 ウララは、真っ赤になってそっぽを向くユッキの姿を、今夜最高のデザートでも味わうかのような、慈愛に満ちた母性的な笑顔で見つめていた。


 からかい過ぎず、けれど温かい視線が、ユッキの頑なな態度を少しだけ和らげる。


 夜もいよいよ更け、ひとしきり泣いて笑って感情を使い果たしたウララが、上機嫌で腰を上げた。


「ああ、本当に楽しかったわ! ……ねえ、みんな」


 ウララは店内の私たちをぐるりと見渡した。


「感動を作る人がいて、それをお給仕する人がいて、こうして書き残して広める人がいる。だからこそ、私みたいな『味わう専門』の人間が、安心して生きていけるのよね。この店はね、感動のフルコースが最初から最後まで揃った、最高のバイキング会場よ。だから私、この店が、みんなのことが大好きなの!」


 そう言って、ウララはテーブルに数枚の硬貨をちゃりんと置き、四人の娘たちに「もう、お母さん泣きすぎでフラフラじゃん」と左右から支えられ、賑やかに夜霧の中へと退場していった。


 嵐が去ったように静かになった店内で、ちはるはゆっくりと周囲を見回した。


 厨房では、まこととユラが、互いに今日の反省と明日への希望を語り合いながら楽しそうに片付けをしている。


 テーブルの端では、ミワがまだ愛おしそうに手帳を抱きしめて今日の言葉を反芻していた。


 そしてユッキは、窓の外を眺めながら、頭の上の木彫りのクロワッサンにそっと指先で触れ、ふにゃりと締まりのない笑みを浮かべている。


 誰もが、それぞれの祭りの余韻を、胸の中で静かに点描していた。


「……祭りの夜って、なんだか不思議ですね、ちはるさん」


 カウンターの向こうから、まことが穏やかな声をかけてきた。


「そうですね、まことさん。なんだか、いつもより少しだけ、みんなの距離が近い気がします」


 便利さや効率だけを追い求める世界では、きっとこんな回りくどくて不便で、けれど愛おしいドラマは生まれないのだろう。


 誰かのためにわざわざ手間をかけ、誰かの不器用なぬくもりに救われる。


 そんな、少しだけ贅沢で愛おしいニューイブスキの夜が、静かに更けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。