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気にしいメイドと天然パティシエ ~辺境惑星のパンカフェ日誌~  作者: 餅酒むぎ


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第25話 ミワのサンドイッチ戦争

【夏祭り編 その2】

※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。


「形状の完璧さこそが、人類の闘争の歴史だったのね……」


 胸ポケットに最新号の『週刊サルベージ新聞』をねじ込んだミワは、溢れんばかりの熱気と提灯の赤に染まった『平地神社』の境内を、大層シリアスな顔で歩いていた。


 テレビ番組『週刊サルベージ』が、たまに気まぐれに発行している姉妹誌である。

 端末の持ち込みが規制されているこの街では、こういう古風な紙媒体のほうが案外重宝されているのだ。


 『ニューイブスキ最南端町内会』が主催する夏祭りの夜。

 どこかノスタルジックなお囃子の音が響く中、彼女の脳内は、先ほど読み終えた特集記事ーー古代の失われた配給兵糧システム『きのこ・たけのこ大戦』の戦史によって完全に乗っ取られていた。


 『かつて、旧時代の人類は二つの陣営に分かれ、血で血を洗う大戦を繰り広げた。

 鋭利な円錐型を有する突撃戦闘食〈タケノコ〉か、それとも重厚な傘型構造で強固な防御力を誇る要塞食〈キノコ〉か。これらは単なる配給糧食の枠を超え、どちらの形状がより軍事的な機能美、すなわち完璧な利便性を満たしているかを競う思想闘争であったというーー』


「なるほど。形状の無駄を省き、いかに効率を極めるか。それこそが失われたテクノロジーの神髄……。深い、深すぎるわ」


 一人でふむふむと深く納得しながら歩いていると、何やら懐かしくも香ばしい、そして暴力的に食欲をそそる匂いが漂ってきた。

 匂いの源へ目を向けると、そこには最南端町内会の賑やかな出店テントの一角に、見慣れた素朴な看板が掲げられていた。

 パンカフェ『びみょる』の臨時屋台である。


「あ、ミワさん! いらっしゃい!」


 浴衣の上からエプロンを締めたちはるが、作業の手を止めて声をかけてくれた。


 屋台の奥では、パティシエールのユラが「いらっしゃいませー! 美味しいお祭り限定パンですよー!」と満面の笑みで売り子をしており、その後ろではまことが、手際よく鉄板で自家製ローストポークを温め直している。


 相変わらずオーナーの姿はどこにも見当たらないが、どうやら町内会の別の用事で出かけているらしい。


「あらちはるさん、大盛況ね。コンテナの中、それ何かしら?」


「そうなんです! まことさんが焼いてくれた特製コッペパンの『あんコッペ』と、こっちがイギリスパンを使った『お祭り限定・自家製ローストポークのサンドイッチ』です! ミワさんもいかがですか?」


「もちろんいただくわ。その、ローストポークのサンドイッチを一つーー」


 ミワが財布を取り出そうとした、その瞬間だった。


「……フッ。味は良いのだろうが、相変わらずびみょるさんのパンは形状が非効率、いや不便極まりないな」


 隣の出店テントーー冷徹なほどシステマチックに並べられた工業用グリルの前で、最先端の効率化を謳う青年店主が、びみょるのサンドイッチを見て鼻で笑った。


 彼の手には、モリインダストリー製のスマート端末ーーではなく、ニューイブスキの持ち込み規制をギリギリですり抜けた、古の地球の骨董情報端末『タウルス』が握られていた。


 青年は、バックライトがうっすら緑色に光る小さな液晶画面を、プラスチック製のタッチペンでペシペシと不機嫌そうに叩きながら言った。


「私のこのタウルスに入っている効率化データによると……」


 ミワのレーダーがピクリと反応した。


「……今、何て言ったかしら?」


 青年は不敵に笑い、タウルスの画面を提示しながら言った。


「聞こえませんでしたか? そちらのサンドイッチのことですよ。なぜパンをわざわざ【三角形】にカットしているんです? 四角い食パンを斜めに切るなんて容積の無駄だし、何よりパックに詰める際、デッドスペースが生まれて量産に不向きだ。モリインダストリーの最新データでも、直角と【四角形】こそが、最も物流を効率化し、無駄を省いた完璧な機能美だと証明されている。お祭りの出店なら、四角く機械的に等分した方がコスパが良いに決まっているでしょう」


「ちょっと待ちなさい!」


 ババァン!と効果音が聞こえそうな勢いで、ミワが青年の前に立ちはだかった。

 その目は、世紀の発見をした考古学者のようにギラギラと輝いている。


「直角が完璧? 無駄を省くのが便利? ふふ、笑わせないで。あなた、かつて人類がなぜあの『きのこ・たけのこ大戦』で、三角(タケノコ)や丸(キノコ)の形状の兵糧を用いて血で血を洗う戦いをしたのか、その歴史の深さをこれっぽっちも分かっていないわ!」


「は? キノコ? タケノコ? 何の話をしてーー」


「形状の不便さの中にこそ、人類の温かさが詰まっているのよ!」


 ミワは腰に手をあて、もう片方の手を青年に向けて突き出した。


「ここに、『びみょるサンドイッチ戦争』の開戦を宣言するわ!」


 お祭りの一角で、パンの切り方を巡る、あまりにも不毛で熱すぎる大論争の火蓋が切って落とされた。

 ちはるとユラは「えええええ!?」と目を丸くし、まことはトングを持ったまま呆然と立ち尽くしている。


「いい、よく聞きなさい!」


 ミワは胸から週刊サルベージ新聞を抜き出し、突きつけた。


「あなたの言う四角いサンドイッチなんて、ただの血の通わない工業製品よ! でも、この『びみょる』の三角サンドイッチを見てみなさい! このパンはね、まことさんが手で丁寧に捏ねて、あの不便で気まぐれな石窯の温度を、それこそ『気にしながら』じっくり焼き上げたからこそ、このふっくらとした素晴らしい形になるの! それをちはるさんたちが、食べる人間の口のサイズや持ちやすさを『気にして』、あえて手間という名の不便をかけて、この美しい三角形にカットしているのよ!」


「な、何が手間だ! そんなものはただの非効率なバグだろ! 四角いほうが絶対に大量生産に向いているし、利便性が高い!」


 青年も負けじとデータを盾に反論するが、ミワの暴走はもう誰にも止められなかった。


「そのバグこそが、人間のクオリア、すなわち温かさなのよ! 四角い角を持ったサンドイッチは、口の端に当たって痛いでしょう!? でも、この三角形の鋭角は、人間の口にすんなりと迎え入れられるために計算された、不便な中にある究極の優しさなの! 角をあえて削ぎ落とし、食べる人の幸せを気にする……これぞ、大戦を生き抜いた旧時代の人類が、最後の最後まで手放さなかった兵糧の包容力よ! データだけでお祭りグルメが語れると思ったら大間違いだわ!」


 ミワの凄まじい迫力と、その熱弁の背景から漂ってくる、まことの焼いたパンとジューシーなローストポークの圧倒的に美味しそうな匂い。

 集まってきた周囲の町内会の客たちが、一人、また一人とコクコクと頷き始めた。


「確かに……お祭りで食べるなら、機械が切ったような四角い冷たいやつより、この三角の手作りサンドイッチの方が温かみがあって美味そうだな……」


「そうだよな。縁日の買い食いなんて、不便を楽しむもんだろ!」


「くっ……! データより、人間の感情や食欲を優先するのか……! これだからニューイブスキの人間は……!」


 青年店主はぐうの音も出なくなり、「お、覚えていろよ!」とテンプレ通りの捨て台詞を残して、タウルスを握りしめたまま自陣のテントへと退散していった。

 サンドイッチ形状大戦は、ミワ(と『びみょる』)の完全勝利に終わったのである。


「ふぅ、熱弁したらお腹が空いちゃったわ。ちはるさん、ローストポークのサンドイッチ、ちょうだい」


「は、はい! ミワさん、よく分からないですけど、ものすごい援護射撃ありがとうございました! これ、お礼に大盛りにしておきますね!」


 ちはるが苦笑しながら差し出してくれた、出来立ての三角形のサンドイッチ。

 ミワはそれをガブリと頬張った。

 カリッとしたパンの歯ごたえと、溢れる肉汁。

 口の中に広がる優しい手作りの風味に、ミワはうっとりと目を細める。


「やっぱり、これよね。この不便な温かさが最高だわ……あら?」


 満足げに咀嚼していたミワの視界の端ーー出店エリアから少し離れた、薄暗い古い石段のふもとを、浴衣姿の小さな人影が通り過ぎるのが見えた。


 それは、おばあちゃんから貰ったようなレトロな藍色の浴衣を着たユッキだった。

 彼女の隣には、首に町内会の手ぬぐいを巻いた、少し大人びた男の子が並んでいる。


 ユッキは少し照れくさそうに顔を赤らめながらも、男の子としっかりと手を繋ぎ、もう片方の手で冷たいラムネ瓶を持って、嬉しそうに夜景の見える裏道へと歩いていくところだった。


「あらあら、ふふふ……」


 ミワはサンドイッチをモグモグと食べながら、その微笑ましい光景をじっと見つめ、脳内で独自のシャッターを切った。


◇


 お祭りの屋台がすっかり片付き、夜の静寂が戻りつつある境内。

 『びみょる』のテントの撤収作業中、楽しそうな顔で戻ってきたユッキを抱きしめていたちはるのもとへ、ミワがニヤニヤとした笑みを浮かべながら歩み寄った。


「ちはるさん、ちょっといいかしら?」


「あ、ミワさん。片付け、もうすぐ終わりますよ」


「そんなことよりね、さっき、素晴らしい歴史的瞬間をサルベージしちゃったのよ。あなたの可愛い『姪っこ』のユッキちゃん、境内の裏手で、男の子とすっごく良い雰囲気で手を繋いで歩いていたわよ? 気になって町内会の人に聞き込んじゃったんだけど、宮司さんのところのレンくんっていう子ですって」


「えええっ!? 手を繋いで!?」


 ちはるは驚きのあまり声を裏返した。

 戻ってきたユッキの、少し大人びた誇らしげな横顔を見て「何かあったのかな」と察してはいたものの、まさかそんな甘酸っぱいドラマが裏で展開されていたとは夢にも思わなかったのだ。


「レンくんが優しくリードして、二人でラムネを分け合って、夜景の見える裏道を静かに歩いていったわ。お祭りの夜だけの特別なバグ、いえ、奇跡のランデブーね。私、邪魔をしないように遠くから温かく見守っておいてあげたわ!」


「そ、そうだったんだ……! ユッキちゃん、やるなぁ……」


 ちはるは、まことの隣で楽しそうに「まことお兄ちゃんのケーキ!」とはしゃいでいるユッキを見つめ、胸の奥がじんわりと熱くなるのを覚えた。

 ただ髪飾りが傾いているのを見て「楽しかったんだな」と察するしかなかったことが、ミワの目撃談によって一本の美しい線として繋がったのだ。


 人間の身体の不便さに戸惑いながらも、しっかりと誰かの温もりを受け取ってきた小さな妖精(姪っこ)。


「ミワさん、教えてくれてありがとう。……ふふ、本当に、お祭りの夜って不思議ですね」


「でしょ? さあ、戦争にも勝ったことだし、お店に戻ってまことさんのケーキをいただくわよ!」


 便利さや完璧さよりも、この不便で、お節介で、だけどどこまでも温かいニューイブスキの夜が、ミワにとっても、ちはるにとっても、何より愛おしい宝物になったのだった。

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