第23話 避難所パンカフェ、開店
※このお話は前後編の【後編】です。前の話からお読みいただくのがおすすめです。
※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。
ちはるは、ハッと息を呑んだ。
一人で抱え込むことは、二人を気遣っているようでいて、実は二人の「力になりたい」という温かい善意を、自分の臆病さで拒絶していただけだったのだと、ようやく気づいた。
そっか……
完璧な先輩じゃなくていいんだ。
弱音を吐いたっていい。
だって私には、こんなに頼もしい仲間がいるんだもの!
ちはるの胸の奥で、カチリ、と音がした。
空回っていた自尊心が消え去り、代わりに長年培ってきた「お母さんスイッチ」が完全にONになった。
「ーーごめんね。二人とも、私を助けてください!」
ちはるの目が、確かな光を宿した。
その瞬間、彼女の「先回り心配性」は、一瞬で「最高のおもてなしの準備」へと昇華した。
「ミワさん! ホールのお水配りと、皆さんの『お腹の空き具合』を把握してきてください。あと、全員が少しでも横になれるように、簡易的なお泊まりルールを作っちゃいましょう!」
「任せてください! そういうの、ブログのオフ会仕切りで慣れてます!」
「ユラちゃん! まことさんが残していってくれた食パンのストックと、スープの材料がこれだけあるわ」
「高度な自動調理器があるネオマクラザキの生活でも、食事作りだけは毎日やってきたから私に任せて。今日はおしゃれなカフェメニューは諦めて、冷え切った体が一番温まる『お家のご飯』を三人で作ろう!」
「はいっ!!」
ユラが涙を拭い、満面の笑みで力強く頷いた。
『びみょる』の一晩限りの避難所パンカフェが、本格的に始動した。
ちはるの的確な生活の知恵と、ユラの無駄のないプロの技術が、恐ろしいほどの化学反応を起こしていく。
ちはるがあり合わせの野菜を手早く刻み、ユラが絶妙な火加減でホワイトソースを練り上げる。
そこへ、まことが焼き置いていってくれた食パンを豪快にちぎって投入した。
完成したのは、大きなお鍋にたっぷりと作られた「具だくさんの即席パングラタンスープ」だ。
高度なテクノロジーが持ち込めないニューイブスキの夜。
だからこそ、ガスの青い火の暖かさと、大鍋から立ち上るスープの優しい湯気が、冷え切っていた客たちの心をじんわりと溶かしていった。
「美味しい……! 本当に温まるなぁ……」
「不便な街の小さなカフェだと思ったけど、こんなに素敵な場所だったんだね」
店内からは先ほどの不安な静寂が消え去り、あちこちからハフハフとスープをすする音と、穏やかな笑顔が溢れ出していた。
厨房の隙間からその光景を見たユラは、胸を熱くして、今度は嬉し涙を浮かべ、素直な気持ちを吐露していた。
「数字じゃない……。私の作ったものを食べた人が、いま、目の前で笑ってくれている……!」
夜更け。
客たちも自発的に手伝ってくれて片付けが終わり、それぞれが毛布を分け合って静かに眠りについた頃。
ちはる、ユラ、ミワの3人は、カウンターの奥の床に並んで座り、温かいココアをすすり合っていた。
ちはるはマグカップを両手で包み、湯気を見つめながら語り始めた。
「私ね、誰かに『助けて』って言うのが、本当に苦手だったの」
なぜかはわからない。
それがわかれば、変われるのかな……
「全部自分で抱え込まないと、迷惑をかけちゃうって思ってて。でも……二人がいてくれて、本当によかった」
本音をちゃんと言語化して感謝を伝えるちはるに、ミワは優しく微笑んだ。
「頼られるの、すっごく嬉しかったですよ。私、このお店のファンで本当に良かったです」
「私こそ、ちはる先輩が頼ってくれたから……パティシエになって初めて、自分が『生きてる』って思えました」
そういえば、ウララさんも言ってたな……
ユラがココアのマグカップを愛おしそうに握りしめる。
外の冷たい突風の音はまだ続いていたけれど、お店の中は、どこよりも温かい空気に包まれていた。
翌朝。
ニューイブスキの空は、昨夜の嵐が嘘だったかのような、突き抜けるような青空が広がっていた。
太陽の光が断崖の街をキラキラと照らしている。
動き出した『スカイトロッコ』が駅に到着したのとほぼ同時に『びみょる』の扉がバシャーン!!と勢いよく開け放たれた。
「ちはるさん!! ユラさん!! 無事ですかぁぁぁ!?」
「店が暴風で荒らされたりしていませんか!?」
息をゼェゼェと切らせ、血相を変えたまこととオーナーが店内に飛び込んできた。
しかし、二人が目にしたのは、荒れ果てた店内などでは断じてなかった。
そこには、荷物をまとめた客たち。
「気をつけて帰ってくださいね!」
「ありがとうございました!」
と笑顔でハイタッチを交わしながら見送りをする、すっかり絆の深まったちはる、ユラ、ミワの姿があった。
「最高の夜だったよ、メイドさん! ありがとう!」
「お姉ちゃんシェフのスープ、一生忘れないよ!」
「え……? あ、あれ……?」
ポカンと口を開けて固まるまことと、さすがに呆然としているオーナー。
ちはるは二人を振り返ると、メイド服のスカートを少しつまんで、悪戯っぽく微笑んで見せた。
「あ、オーナー、まことさん、お帰りなさい。……あの、大変申し訳ありません。お店の食材、まことさんの秘蔵の高級小麦粉も含めて、ぜんぶ使い切っちゃいました」
「まこと先輩の食パン、世界一のスープになりました!」
ユラが横から胸を張る。
「えええええっ!? ぼ、僕が大切に隠しておいた特産の小麦粉が……!」
まことが漫画のようにショックで頭を抱えたが、すぐに二人が無事だった安堵から、ふにゃりとへたり込んで笑った。
それを見たオーナーが、すぐにいつもの胡散臭いにやり顔を取り戻し、髭を誇らしげにパチンと弾いた。
「素晴らしい! 素晴らしいですよ!」
「これぞ地球の古き良き『一蓮托生』、そして我が店の白い新風がもたらした、奇跡のディナーです!」
また古の地球話が始まった……
「お客様のハートを完全にサルベージしましたね!」
お、オーナーにしてはうまいこと言うじゃないか
「さあ皆さん、このビッグウェーブに乗って、今日も今日とて大繁盛です! すぐにお片付けと買い出しに行きますよ!」
「「「ええええええーーー!?」」」
厨房に三人の大ブーイングが響き渡る。
もうへとへとですよ……
今日くらいはお休みにしてほしいーーー!
ちはるの幸せな心の叫びを乗せて、新しく生まれ変わった『びみょる』の、騒がしくて温かい一日がまた始まるのだった。




