第22話 スカイトロッコ停止の日
※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。
ゴオオオオーーー
断崖絶壁を震わせるような地鳴りが『びみょる』のガラス窓をガタガタと激しく揺らしていた。
ここは地球から数十光年離れた辺境惑星キリシマ。
その大気の気まぐれが生み出す激しい突風は、時としてニューイブスキでの生活を容易く遮断する。
「うわぁ、外、本格的にヤバいことになってますね……」
カウンター席でミワが、窓の外の荒れ具合を見定めるように顔をしかめた。
「すごい風、ああ、雨も降って来たみたいですよ」
現在の『びみょる』の留守番は三人。
ホール担当のちはると、常連客のミワ。
そして厨房には、あの衝撃的な土下座登場から2週間が経った、新米パティシエールのユラだ。
オーナーはいつも通り
「ちょっとサルベージの風に吹かれてきます」
と意味不明な言葉を残して行方不明。
まことは技術交流のため別の街へ出張中という、最悪のタイミングだった。
ちはるも窓の外を眺めた。
「さすがにこんな天気じゃ今日はもうお客さんは来ないですよね……」
「そうですね、私も帰れなくなる前に、そろそろお暇しようかしらね」
ミワが帰り支度をしようとしていた時、突風に押し開けられるようにして、アンティークなカウベルが悲鳴を上げた。
カランコロン!
「ひ、ひええ! すみません、雨風を凌がせてください!」
「うわ、服がびしょ濡れだ……!」
飛び込んできたのは、ずぶ濡れになった5、6人の観光客グループ。
彼らの怯えた様子に、ちはるの「気にしいアンテナ」が不穏な気配を受信する。
「い、いらっしゃいませ! すぐにタオルをお持ちします!……あの、外はそんなに酷いんですか?」
「ええ、駅に行ったら、ものすごい人だかりで……!」
人だかり?
何か異常事態が起きている?
胸騒ぎを覚えたちはるは、カウンターの隅にある、普段は滅多につけない古い型のテレビのスイッチを入れた。
「ニュース、ニュースっと」
チャンネルをカチカチとひねり、ニュースを探したがすぐに状況がわかった。
ブラウン管に映し出されたのは、緊急の運行情報テロップだった。
『ーー低気圧の急速な発達により風雨が強まり、自走式ロープウェイ「スカイトロッコ」は全線運転見合わせ。
本日の復旧のめどは立っておりません。
沿線住民の皆様は、最寄りの安全な施設へ一時避難をーー』
「え……?」
ちはるの手から、乾いたタオルが床にぽろりと落ちそうになった。
『スカイトロッコ』は、この断崖都市ニューイブスキの唯一の交通機関にして移動手段だ。
それが全線ストップ。
「全線ストップって……。つまり、誰もこの街から出られないし、家に帰れないってこと……!?」
ニューイブスキ最南端にある『びみょる』は、スカイトロッコの終着駅に最も近い。
テレビのニュースを見た人々や、駅前ではじき出された行き場のない観光客たちが、雨風を逃れるようにして次々と店に飛び込んできた。
カランコロン! カランコロン!
「すみません、中に入れてください!」
「子供が寒がっていて……!」
「スカイトロッコの駅や整備スペースを避難用に開放してくれてるんだけど、全員入れなくてね、ちょっとここに入らせてもらうよ!」
「あ、はい! どうぞ中へ! お席、詰めて座ってください!」
あっという間に店内は満席になり、入り口付近には立ち見が出るほどの超満員状態になった。
ずぶ濡れの人々の不安と寒気が充満していく。
タオルと飲み物を配りつつ焦りだした。
どうしよう、どうしよう!
オーナーもまことさんもいない!
私しかスタッフがいないのに、こんなにたくさんの人が……!
脳内パニックメーターは限界値を突破した。
不安そうに身を寄せ合う子供たちや観光客。
その姿を見た瞬間、彼女の悪い癖【助けを求められないモード】が最悪の形で発動してしまった。
ユラちゃんは入ったばかりの新人さん。
自分の夢のために頑張ってここに来たばかりだもの……
先輩の私がしっかり守らなきゃ。
ユラちゃんにまでこんなパニックで怖い思いをさせちゃダメ。
私一人で、なんとかしなきゃ!
「ちはる先輩! 外、大変なことになってますよね!? 私にできることはありませんか!?」
異様な熱気を察したユラが厨房から顔を出したが、ちはるは引きつった笑顔でそれを遮った。
「大丈夫、大丈夫だから! ユラちゃんはまだ慣れてないし、ホールの混雑に巻き込まれたら危ないわ! 厨房の奥で待機してて!」
「えっ、でもーー」
「いいから! 先輩の言うことを聞いて!」
気を遣っているつもりが、完全に拒絶の壁を作ってしまっていた。
ちはるは汗だくになりながら、一人で店内を走り回った。
お湯を沸かし、持てる限りのタオルを配り、全員の注文をメモしようとする。
しかし、物理的な限界はすぐに訪れた。
注文のメモはごちゃごちゃになり、誰に何を出したか分からなくなる。
厨房からはカタカタとお湯の吹きこぼれる音が響く。
「あわわ、次はそちらの方のお砂糖、あ、こちらの赤ちゃんの着替え……っ、あわわわ!」
キャパシティを超え、今にも涙がこぼれそうになったその時だった。
「ーーちょっと、ちはるさん!!」
ガシッ、と強い力で手首を掴まれた。
見上げると、眉を釣り上げたミワの真剣な顔があった。
ミワはそのまま、抵抗する暇もないちはるをバックヤードの厨房へと強引に引っ張り込んだ。
厨房に放り込まれると、そこには、自分の居場所を失ったような、今にも泣き出しそうな顔でお湯の火を止めて、立ち尽くしているユラがいた。
「ちはるさん、顔が真っ白ですよ! なんで私やユラちゃんに頼ってくれないんですか!」
ミワが詰め寄る。
ちはるは肩を小さくすぼめながら、消え入りそうな声で弁明した。
「だって……ミワさんはお客様ですし。それにユラちゃんはまだ入ったばかりで……前のお店で辛い思いをしたばかりだから、私が守らなきゃって、プレッシャーをかけたくなくて……っ」
その言葉を聞いた瞬間、ユラが瞳に大粒の涙を溜めて、一歩前に踏み出した。
「ちはる先輩……っ!!」
「ユ、ユラちゃん?」
「私は、効率のためにロボットみたいに働かされるのは嫌でした!」
「でも、目の前でこんなにたくさんの人が困っているのに、自分の腕を使わせてもらえず、ただ守られるだけなんて……そんなの、もっと嫌です!」
「私は、プレッシャーなんかで壊れません! 私を『びみょる』のパティシエとして……仲間のひとりとして、頼ってください!!」
ユラの真っ直ぐな、魂からの叫びが、厨房の狭い空間に響き渡った。
※このお話は前後編の【前編】です。続きは次回更新でお届けします。 ブックマークしておくと、更新時にすぐ続きが読めます。




