第18話 黄昏の時間を迎えるイゾウ
※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。
雨が降りそうな雲行き。
ちはるはテラス部分の可動式屋根を広げるか否か悩んでいた頃、カウベルは控えめに来客を告げた。
客は初老の男性のようなシルエット。
あ、あれは……
すぐわかった。
側頭から後頭部にかけて機械がはめこまれている人型のアンドロイド。
これは人間と区別するために義務付けられている。
初老の姿をしているということは、おそらく執事用のアンドロイドだ。
しかしこんなところにアンドロイドが、しかも一人で訪れるということがあり得なかった。
基本的には主人に仕え、主人のそばにいるか、邸宅を守るかしているはずだし……
それに、ここ遺構都市ニューイブスキは景観や文化保護のため『失われた200年』当時以外の新しい技術は外部から持ち込みができなかった。
だからアンドロイドは入れないはず……
そんな来客に戸惑いを隠せずにいると、突然どこからか現れたオーナーがちはるに話しかけた。
「あれは退役アンドロイドですよ。耐用年数を過ぎてスクラップになる前に自由な時間が与えられたやつでしょう」
「俗にいう、黄昏の時間、ってやつです」
「あ、それ、聞いたことがあります。アンドロイドの権利だとかなんだとかで」
道具というのは壊れたら直し、それでもだめなら処分する。
しかしその道具が人型になってしまうと人は処分できなくなるものだった。
情が移ると言われるものだ。
その道具が永遠に機能し続けることはできないと人は気づいた時、せめて最後に何かしらの償いをしたくなるのだった。
「そう。ですから黄昏の時間のアンドロイドは人として扱わなければなりません。さぁ接客です」
オーナーは何か面白いことを期待しているのか楽しそうだった。
よし、特別扱いはしない、特別扱いはしない、特別扱いはしない……
と、意識すればするほど、余計に動作をギクシャクさせた。
「い、いらっしゃいませ、あ、空いてる席にどうぞ」
ひきつった笑顔で話しかけた。
頭部の機械以外は本当に人間と変わらないように見えた。
皮膚の質感や顔の表情も精巧に作られている。
が、やはり人ではなく機械なので飲食はしない。
ゆっくりとちはるを見たアンドロイドは店内を見回し、海が見えるテラスへと向かった。
「雨が降りそうなので、店内のテーブルでどうでしょう」
ちはるは提案したが聞き入れられなかった。
しかたなく水とメニューを運び、急いで可動式屋根を広げた。
アンドロイドはじっと海を見つめ静止している。
黄昏の時間とはいえ普通なら主人のそばを離れないと聞いているけど……
でも、こうして一人だけで行動するのは何か理由があるのでは?
いつものように客がいない時間。
意を決して、そのアンドロイドに話しかけてみた。
「何かご注文はございますか?」
「私はアンドロイドですから飲食はできません。ここにいるのはご迷惑でしょうか」
店員の一言から、店に迷惑がられているのではないかと判断する、そんな機械が少し可愛く思えた。
「いえ、ほかにお客さんもいないですし、大丈夫ですよ、今日はお一人ですか」
「はい。先日ご主人様が亡くなり、相続する方もいらっしゃらなかったのでメーカーに引き取られました。我々アンドロイドは法律で決められている耐用年数までしか稼働できませんが、私はそれを大幅に過ぎているらしく処分されることになりました。そしてこうして黄昏の時間を過ごさせていただいております」
その瞳はどんよりした曇り空を映しているに過ぎなかったが、寂しい表情に見えた。
アンドロイドは語り続けた。
本来耐用年数を超えたら自動的に機能停止するはず。
しかし停止していないのはなぜだろう……
「ご主人様は生前、ここ『びみょる』のパンをたいへんお気に召しておられました。このパンには景色が見えるとお喜びになっておいででした。私はニューイブスキに入れないので、他の使用人が時々こちらに買いに来ておりました」
ちはるは静かに聞いていた。
まことの作るパンに不思議な魅力があることはわかっていたが、景色が見えるという表現が少し引っかかった。
「ご主人様はどんな景色を見たのか確かめたくてここに来ました。ここに来たいとメーカーの人に話したら特別な許可を取って入れるようにしてくれました」
アンドロイドは海岸を見つめ淡々と話した。
耐用年数を超えても動くとは、よほど大事に扱われていたのだろう。
そこまでして大事にされていたということならば、名がないはずがない……
ちはるは尋ねてみた。
「あなたは、、あ、お名前はなんて言うんですか?」
「名ですか、ご主人様はイゾウと名付けてくれました」
「よろしくイゾウさん、私はちはると申します」
いつになく恭しく挨拶をする。
「はい、ちはるさん、よろしくお願いいたします」
感情を抑えたイントネーションで淡々と話すイゾウの口調。
しかし機械とは思えない。
瞳の奥に秘めたものを感じずにはいられない。
ちはるはもっと話を聞いてみたくなった。
「ここから見える景色が、ご主人様がおっしゃっていた景色なのでしょうか」
ニューイブスキの最南端付近に位置し、断崖の最上部に建てられたここパンカフェ『びみょる』
このオープンテラスからは眼下の海岸から水平線まで遮るものは何もない。
素晴らしい景色であることは間違いないが、今にも雨が降りそうな天気なのが残念であった。
「パンを食べたらわかるかな、、」
ちはるも一緒に考えていた。
ご主人様の言う景色の具体的な情報がない以上、手がかりはパンしかないように思え、独り言のように呟いた。
「私はアンドロイドですから、食べることはできません」
不意に返事をされ、気恥ずかしくなって苦笑いをした。
「あはは、そうでした」
イゾウはちはるの方に顔を向けた。
「ちはるさん、代わりに食べていただいてよろしいでしょうか」
突然の申し出にちはるは困惑した。
「うーん、仕事中ですし、、」
イゾウは顔を再び海へ戻した仕草が、気を落としたように見え、胸が苦しくなった。
「食べてみたらどうですか?」
またもや突然オーナーが現れ、いくつかのパンが入ったバスケットをテーブルに置いてちはるに提案した。
「案ずるより産むが易しですよ、ちはるさん」
オーナーは軽くウインクをしてテーブルを離れ厨房へと消えていった。
「そう、ですか、、ならば遠慮なく、、」
一つのパンを取り、一口食む。
芳醇な香りとちょうど良い塩気。
柔らかい中に力強さのある食感。
どれを取っても完璧としか言えないパンに、ちはるは改めてまことに尊敬の念を送った。
ただ景色というものがわからなかった。
「何かわかりますでしょうか?」
イゾウは静かに問い、答えを待っていた。
「うーん、、」
目を瞑り無理やり景色を思い浮かべようとしたが、そこには外の光が少し透けた赤みを帯びたまぶたの裏しか見えなかった。
諦めきれずもう一つのパンを口に運んだ。
「ーー懐かしい、香り」
小さい頃母親に買ってもらったパンを思い出した。
長い沈黙の後、イゾウはさらに問う。
「ーー懐かしい、というのは人の感情でしょうか」
「私にはわかりません」
広げた可動式屋根がポツリ、ポツリと雨の降り始めを告げていた。
「懐かしいとはどういうものかわかりません。もちろん辞書的な意味は回答することができます」
「しかし人間がなぜ懐かしいと感じるのか、懐かしいとはどういうことなのかアンドロイドである私にはわからないのです」
イゾウは用意されたセリフを読むように答えた。
ちはるは思い出とは何であるのか考えていた。
「小さい頃の思い出、、イゾウさんで言うと、ご主人のところにやってきた頃の思い出とか、、」
何かそこに手がかりがありそうな気がした。
ちはるはパンを二口食べ、母の買ってくれたパンのこと、母の笑顔、パンが置かれたテーブルの模様まではっきりと思い出していた。
「私の行動やご主人様の反応、環境などの情報はデータ化され、記憶装置に保存されています」
「膨大なデータは整理され、あらゆる場面ごとにご主人様にとって最適な行動が取れるように日々計算処理をしています」
データとはどういうことなのか。
「例えば、ご主人様と一番最初に会った時のデータは残っているの?」
「ーーはい、残っています」
イゾウは答えた。
ほんの一瞬だけ返答が遅れたことに、ちはるは気づいた。
「そう! それよ、その記憶されたデータが思い出なのよ、そのデータを見たとき、懐かしいって感じしませんか?」
人もアンドロイドも思い出は保存された過去の記憶に過ぎないと考えた。
「過去のデータの参照は可能ですが、それが懐かしいということなのでしょうか」
過去のデータの参照により呼び出される懐かしいという感情。
これは確かに一体なんなのだろう……
これがコンピュータと人間の差であるのか。
うーん。
何か見つけ出せそうなんだけど……
もどかしい。
やはり手掛かりはパンしかないと考えていたら、後ろから不意に声がした。
「実はこのパンは……」
店の奥から現れたまことが語り始めた。
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