第17話 『週刊サルベージ』の悲劇と、褒められないメイド
※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。
「おやおや、おやおやおや! ちはるさん、まことさん! 奇跡です!」
朝の『びみょる』の厨房に、オーナーの異様な早口が響き渡っていた。
「いやこれは入植記念日に匹敵する歴史的パラダイムシフトですよ!」
手にした分厚いポータブル端末には、この惑星キリシマで(ごく一部に)絶大な人気を誇る情報番組『週刊サルベージ』の録画映像が映し出されている。
「落ち着いてくださいオーナー。髭にカスタードクリームが跳ねてます」
「落ち着いていられますか! 見てください!」
まことが呆れたように宥めるが、白シャツに黒ベストをバシッと決めたオーナーの興奮は収まらない。
「今週の特集は『アシュラから紐解く21世紀初頭の地球喫茶店文化』! 番組では『古代のメイドとは、主人の言葉をすべて肯定し、全幅の信頼と癒やしを与える究極の奉仕種族であった』と解説されています! そして画面に映し出されたのは、我が『びみょる』の内装、およびーー」
「および……?」
朝の販売の片づけを終えて厨房に入ってきたちはるは、オーナーが突きつけてきた画面を覗き込み、一瞬で固まった。
そこには……
アンティークなカウベル
木漏れ日の差し込む窓辺
そしてーー慣れないフリル付きのメイド服
メイド服!?
こ、これは!
緊張で顔を限界まで引きつらせた自分の姿が、ご丁寧に高解像度でドアップになって映し出されていた。
「はぇ!? 私の写真、ですかこれ!? ミワさんのブログの……! 嘘、なんで? 地上波!? 映り大丈夫でした!? 肩幅広く見えませんか、あと、二の腕とか太って見えませんでした!?」
一瞬にして脳内パニック。
「最高にチャーミングですよ、ちはるさん!」
「週刊サルベージとミワさんのブログが見事にシンクロした結果です!」
「さあ、ニューイブスキの歴史に我が店の名が刻まれるーー」
カランコロン、と入り口のアンティークなカウベルが、小気味よい音を立てた。
いつもなら、朝のこの時間はほとんど来客はないはずだった。
しかし。
「あ、ここだ! 本当にテレビのままだよ!」
「すごい、本当に本物のメイドさんがいる!」
オープンと同時に、普段の『びみょる』からは想像もつかないほどドッと若い観光客や家族連れが押し寄せてきた。
一瞬で店内は満席。
ちはるは背中に冷や汗が流れるのを感じながら、心の中で絶叫した。
待って待って!
心の準備が!
情報社会の拡散力だけはネオマクラザキ並みのスピードで押し寄せてきてるじゃないのーー!
◇
「い、いらっしゃいませ……っ! お冷になります!」
ちはるは肩にガチガチに力を入れながらもテキパキと席を回っていた。
しかし脳内モノローグは大忙しだ。
そこのお兄さん、メニューを逆さに持ってます!
紙のメニューは慣れないのね!
緊張しないで! 緊張してるのは私の方だから!
ちはるの心配を余所に、店内はテレビの影響で華やかな熱気に包まれている。
そして、その「事件」はレジ横のテーブル席で起きた。
「うわぁ、近くで見ると本当にすっごく素敵! メイド服、信じられないくらい似合ってて可愛いですね!」
注文を取ろうとしたちはるに、若い女性客が満面の笑みで声をかけてきた。
可愛い!?
私が!?
まさか!
からかわれてる!?
いや、そんな悪意のある目じゃない、純粋な善意だ!
でもどうしよう……
三十路の主婦がメイド服着て可愛いなんて言われて『ウフフありがとう』なんて返したら、痛いおばさんだと思われて裏でネットに『自意識過剰な痛メイド発見』とか書き込まれたら末代までの恥ーー!!
「いやいやいや滅相もないです!!」
両手を激しく振り回し、引きつった笑顔のまま、弾丸のような速さで繰り出した。
「行き遅れの三十路(※主婦だが脳内パニックで語彙がバグっている)が無理して着てるだけですから!」
全否定カードを思い切り出していく。
「ほら見てください、オーナーの手作りなんですけど最近ちょっと太っちゃって、ウエストのサイズが合ってなくて、今にもボタンがはち切れそうなんです! 実はこれ、命がけで呼吸を止めて接客してるんです! 生死の境目なんです!」
「え……あ、はあ……すいません……」
ちはるの尋常ならざる気迫に圧倒されている若い女性客。
彼女は引きつった苦笑いを浮かべてすっと視線を逸らしてしまった。
よし、謙遜成功!
自分の立場を弁えたぞ!
と胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は奥の席の老夫婦が優しく微笑みかけてきた。
「気が利く素晴らしいメイドさんだねぇ。お水がなくなる前に気づいてくれて、美味しいお茶をありがとう」
素晴らしいメイド!?
滅相もない、今日だって朝の立ち売りでミスを引きずりかけたばかりなのに!
期待値を上げちゃダメ、後でがっかりされるのが一番怖い!
「そんな! 騙されないでください!!」
食い気味に老夫婦の手を握らんばかりの勢いで身を乗り出した。
「私なんて接客未経験のただのパッとしない日陰の主婦なんです!」
「気が利くなんてとんでもない、家では夫に毎日怒られてるレベルのダメ人間なんです! 本当に、本当の私はただの抜け殻なんです! 信じないでください!」
老夫婦は完全に困惑。
「だ、騙したつもりは……」
「す、すまんね、お嬢さん。なんだかすごい熱意だ……」
2人とも呆気にとられたように顔を見合わせた。
その後も、ちはるは褒められるたびに「そんなわけありません!」「私なんて地球の塵です!」と全力で心のシャッターをガシャガシャと下ろし、自らの黒歴史や欠点を大開帳して回り続けた。
結果、ピークが過ぎ去る頃には、店内にはなんとも言えない、お通夜のような微妙に冷え込んだ空気が漂っていた。
◇
カランコロン。
「ふぅ……あ、やっぱりここだけ異空間。……って、なんかお店の空気重くないですか?」
やってきたのは、ちょうど満席のピークが引いたタイミングで滑り込んできた常連のミワだった。
お客たちがなぜかちはるの顔色を窺うように、静かにオムレツを口に運んでいる光景に首を傾げている。
「……はぁ。私、やっぱりダメです……」
ちはるはカウンターに突っ伏していた。
魂が口から抜け出しかけている。
「ちはるさん、大活躍でしたね」
厨房の奥から、オーナーが淹れたてのハーブティーを持ってやってきた。
湯気と共に、気持ちを落ち着かせるセージの香りが広がる。
オーナーはいつものにやけ顔を少しだけ引っ込め、真面目な眼差しでちはるを見つめた。
「でも……少し『全否定』が過ぎましたね」
「だって、オーナー……私みたいな人間が、お客さんに褒められるなんておこがましくて。調子に乗っちゃいけないって思うと、つい全力で否定しちゃって……。それが古の地球の美徳っていうやつですよね?」
ちはるの言葉に、オーナーは小さく首を振った。
「謙虚なのは確かに古の地球の美徳ですが、ちはるさん。お客様はあなたをどうにかしたくて、あるいは嘘を吐きたいわけではありませんよ。『この店に来て良かった、嬉しい』という、ご自身の幸せな気持ちを、ちはるさんにお裾分けしているのです」
「お裾分け……」
ちはるはハーブティーのカップを握る手に力を込めた。
「それを『私なんて』と突っ返すのは、お客様が差し出した温かいプレゼントを、笑顔のまま床に叩きつけるようなものです。お客様の『嬉しい』という気持ちまで、あなたは否定してしまっているのですよ」
ーープレゼントを、床に叩きつける。
オーナーの言葉が、ちはるの胸に鋭く突き刺さった。
よかれと思って、相手を不快にさせないために必死で行っていた「謙遜」。
それが、勇気を出して言葉をかけてくれたお客たちの善意を傷つけ、拒絶していたのだと、初めて気づいた。
私……なんてことを。
自分の『傷つきたくない』っていう保身のために、お客さんの優しい気持ちを台無しにしていたんだ……
ちはるは激しい後悔と申し訳なさで、目の前が暗くなるのを感じた。
その時、ガタリと椅子を引く音がした。
見ると、先ほどちはるに「可愛い」と言って全否定され、気まずそうにしていた女性客が、お会計のためにレジへと歩いてくるところだった。
あぁ、どうしよう。
帰っちゃう。
まだ、気の利いた上手い言葉なんて見つからない……
心臓がバクバクと鳴り響く。
気にしいな性格が「今さら話しかけたら余計に変に思われる」とブレーキをかける。
けれど、ニューイブスキの、この『びみょる』の不便な温かさの中で、ちはるは変わりたいと願ったはずだった。
私の『気にしい』のせいで、あの人の楽しいお茶の時間を、台無しにしたままで終わらせたくない……!
レジの前に立つ女性客の前に、ちはるは進み出た。
呼吸を止め、ぎゅっと拳を握りしめる。
そして、オーナーに何度も叩き込まれた、メイド服のスカートの端を少しだけ指先でつまむ美しいお辞儀の所作ーーカーテシーを、不器用ながらもしなやかに行う。
耳まで真っ赤に染め上げながら、ちはるは顔を上げ、女性客の目をまっすぐに見つめた。
「あの……っ! 先ほどは、私の心の余裕がなくて、本当に変な返し方をしてしまって申し訳ありませんでした……!」
「えっ?」
「お洋服、褒めていただけて……その、本当は……っ。私、すごく、すごく嬉しかったんです。……ありがとうございました!」
頭を深く下げる。
そのまま心臓が口から躍り出てきそうだった。
一瞬の静寂。
恐る恐る顔を上げると、女性客はきょとんとした顔をしていた。
しかし、次の瞬間、彼女の表情がパッと、太陽のように華やかに綻んだ。
「ふふっ、やっぱり可愛い。……うん、すっごく可愛いメイドさん! ごちそうさまでした、また来ますね!」
女性は嬉しそうに微笑み、手を軽く振ってお店を出て行った。
カランコロンと、カウベルの音が優しく彼女を見送る。
「……あ。受け取って、もらえた……」
ちはるはその場にへなへなと崩れ落ちそうになりながら、じんわりと胸に広がる温かい光のようなものを感じていた。
自分を否定しなくていい。ありがとうと言えば、世界はこんなにも優しい。
「ちょっと今のやり取り最高じゃないですか!!」
静寂を破ったのは、ガサゴソと鞄から手帳を引っ張り出し、猛烈にペンを走らせ始めたミワだった。
「『びみょるのメイドさんは、気にしいだけど世界一プロフェッショナルな純情メイド』……っと。帰ったら速攻でブログに追記しますからね! これ、また絶対にバズりますよ!」
「おやおや、それは素晴らしい!」
オーナーが厨房に向かって、いつものにやにや顔で大声を張り上げた。
「まことさん! 聞きましたか! 明日は仕込みを3倍、いや5倍に増やしてください! 泣いている暇はありませんよ!」
「えええっ!? 無理ですよオーナー、腕が死んじゃいます!」
厨房から聞こえるまことの悲鳴。
ちはるは、手帳のページを楽しそうに埋めていくミワへと、すがるような視線を向けた。
待って、ミワさん!
そんなにハードルを上げないで!
これ以上バズってお店が戦場になったら、プロフェッショナルになる前に私のライフがゼロになるわ!
「純情メイドっていうか、ただの『パニックメイド』ですからーーー!!」
ちはるの必死の脳内悲鳴は、満席の『びみょる』の賑やかな笑い声の中に、幸せに溶けていくのだった。




