第13話 サルベージエンジニアのバイナリ
※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。
パンカフェ『びみょる』がある海辺から20km西方の海上。
波間に巨大な構造物を覗かせている。
資材艦『カイモンダケ』ーーはるか昔、この星に人類を運んできた移民船の一つ。
まことはその海上に建てられた入植記念館の裏手にいた。
ここに初めてきたのは3年ぐらい前だっただろうか。
それから事あるごとに訪れるようになった。
まことは関係者専用の入口の前に立ち、ちらほらといる観光客を横目にある人を待っていた。
「ごめんなさい、お待たせして、新人だったみたいで手続きが遅れちゃって」
小走りに現れたのは細身の体にラフな格好をしたベリーショートの女性だった。
「いえ、大丈夫ですよ」
まことは遠慮がちに返した。
「これがまことさんの入館カードね」
カードを受け取り、関係者用ゲートをくぐる。
生体認証、ボディチェック、荷物検査と、慣れない手続きが淡々と進んでいく。
「貴重品と微弱でも電磁波の出る機器はここに預けてください」
と、いかにも事務的な口調で係員に促された。
「ごめんなさいね、機器による録音や撮影の類は禁止されているのよ。もう大したものは残ってないし、こんなルール意味あるのかしらね」
女性は少し苦笑いをした。
そして無機質な建物の中のエレベーターに乗ると、女性は一番下のボタンを押した。
扉が閉まると静かに降下し始めた。
「いろいろと見つかったわよ、まことさんの好みに合うかしら?」
いたずらっぽい笑顔を見せる女性に、朴訥なまことは照れ隠しに頭をかいてみせた。
そして、荷物検査を無事に通った小さな箱を、少しだけ落ち着かない気持ちで抱え直した。
目的地への到着を告げる音声が鳴り、扉が開いた。
薄暗い通路が目の前に遠くまで伸びている。
エレベーターを出たすぐのところに案内図が示されていた。
最奥部は「カイモンダケ『アシュラ』」と書かれた部屋となっているようだ。
「しかしこんな薄暗いところで、しかもひとりで作業するのって辛くないですか?」
まことは率直な疑問を女性に投げかけた。
「ううん、ぜんぜん! 一人は気楽だし、それにとても楽しいわよ、宝物発掘するみたいで!」
彼女は入植記念館の地下深く、不時着した資材艦カイモンダケの最奥部でサルベージの仕事をしていた。
すでにほとんどのものがサルベージされ、不要と判断されたものはそのままになっている。
しかし彼女は研究も兼ねて『失われた200年』の入植当時から行われている人類の叡智データベース『アシュラ』のデータ・サルベージ作業を今も続けているのだった。
「データベースの骨董品よ、人工知能による取捨選択も行われていない、レアなデータがたくさんあってとても面白いわよ、いろんな発見があるわ」
少年のような目の輝きに圧倒されそうになった。
アシュラには、人類が培ってきたあらゆる知識が保存されている。
そのアシュラを操作し、必要な情報を瞬時に引き出すための人工知能アプリケーションが、別途存在していた。
入植当時、移民船団にはアシュラよりも三世代新しい最先端の人類の叡智データベースが備えられており、それをもとに入植作業が行われる予定だった。
しかし、例の事故によって完全に機能を停止してしまう。
生き延びた人たちは絶望の中にいたが、必死に生き抜こうとしていた。
浸水を免れているエリアから物資を運び出し、近くの陸地に居を構えた。
これがのちのニューイブスキとなる。
そしてある日、カイモンダケの博物館エリアに当時、骨董品扱いだったアシュラが発見されたのだった。
そこから人類の叡智を抽出し、なんとか生き延びることができた。
原因は不明だが、データベースから得られた情報は、地球の西暦2000年前後のものばかりだった。
しかしこの情報をもとに発展させ、人類の営みを取り戻していった。
彼女はバイナリさんと呼ばれていた。
本名ではないらしい。
前に一度その由来を聞いてみたが、人類を救った伝説的な女性エンジニアの名前が由来なのだと聞かされた。
二人はアシュラのデータ・サルベージが行われる部屋に入った。
狭い空間にあらゆる機器と書類、食べかけの食事が雑然と並んでいた。
明滅する電灯がそれらを怪しく浮かび上がらせていた。
バイナリが中央の椅子に座ると、顔全体を隠すほどの大きなヘルメットのようなものを被り、両手は合掌するような形で何かを掴んでいる。
掴んでいるものはキーボードで、かすかに指を動かし情報を入力しているようだ。
ヘルメットの内部ではたくさんの情報が映し出されているようだが、まことには専門的なことはわからなかった。
「今、アウトプットするわ、ちょっと待ってね」
まことがここに来た、唯一の目的が果たされようとしていた。
ここが海底近くに沈んだ船の内部に設置されたサルベージ用の施設とは思えないほど静かだった。
パイプや配線がむき出しで室内に張り巡らされており、自分が機械の一部にされたような錯覚に襲われた。
ここまで来た意欲が萎えてしまいそうだった。
バイナリはようやく被っている大きなヘルメットを脱いだ。
水泳の息継ぎのような大げさな吐息を挟み、短い髪をくしゃくしゃと撫でた。
「そこ見て、2分ほどしたら消えてしまうから、いつも通り早くね」
部屋の壁面にある大きな特殊な映像装置に文字と写真がぼんやり浮かび上がってきた。
まことはノートを取り出し、そこに映る内容を急いで書き留めていた。
撮影機器の類は、すべて入口で預けさせられている。
「意味あるのかしらね」とバイナリは笑っていたけれど、あのルールのおかげで、消えゆくレシピを写し取る手段はこの手のメモしかないのだった。
「アシュラを操作するAIはもう機能してないんだけど、それを介さずデータを取り出そうとすると、セキュリティプログラムが働いてすぐに隠してしまうの」
「データのコピーもできないのよ、まるで誰かの怨念みたい」
「私が施したプログラムでなんとか2分だけ表示できるようにしてるわ、このセキュリティだけはどうしても突破できないのよねぇ……」
悩ましいと言う口調だった。
しかし難問に挑む天才のような笑みが、バイナリの唇の両端に現れている。
それからもブツブツと何かを説明していたが、まことはメモに夢中だった。
「ああ、ありがとうございます、メモ、終わりました」
まこともノートを閉じて一息ついた。
「間に合ってよかったわ」
と言うのと同時に映像は靄のようなものに覆われて、再び漆黒の平面となっていた。
「これでまた新しいパンやケーキが作れそうです」
まことも嬉しそうな笑みをこぼし、すでに頭の中で材料が練られていた。
まことがここに来た目的。
バイナリがサルベージするデータの中から、パンやお菓子に関する新しいレシピを発見したら教えてもらっていたのだった。
甘いもの好きのバイナリはまことの作るケーキが気に入っていたので利害関係が一致したのである。
「し、しかし、大丈夫ですかね……毎回、関係者でもない僕が、こんな重要な場所に入ってしまって」
まことは肩をすくめて怯えるような仕草をした。
「……まぁ、あなたのことは私と同じ権限を持った研究員ってことにしてあるから、大丈夫よ」
少し間があった。
「ケーキのためだから、しょうがないわよね」
かつての人類にとっては古いレシピだが、この星にとっては新しいレシピ。
なによりそれはお金で買えるものでもなく、喉から手が出るほど欲しいものだった。
「それにこのサルベージエリアにはもうほとんど重要なものは残ってないわ、私がここにいるのは趣味みたいなものよ」
バイナリはまことの懸念を払拭しようと努めた。
「あ、そうだ、これ、いつものやつです」
まことは持ってきた小さな箱をバイナリに渡した。
「わぉ! ありがとう! ほんと美味しいよね、あなたの作るケーキ!」
こそばゆく感じたまことは、また頭をかいて目線を逸らした。
「さて、もう少し作業をやっていくわ、一人で帰れるわね?」
「はい、ありがとうございます」
まことは軽く頭を下げ礼を言った。
「また見つけたら連絡するわ、それまでに新しいケーキ作れるようにしておいてね」
バイナリはすでに大きなヘルメットのような機械を装着した。
かすかに見える唇の両端から別れの挨拶を伝えた。
再び拝むような体勢をとり作業に取り掛かっていた。
まことは再度軽く礼をして、アシュラの部屋を後にした。
入植記念館から出ると相変わらずの強風だった。
新しいパンやお菓子の創作意欲を心に秘め、ニューイブスキへ向かう定期船乗り場に足を向けた。




