第12話 ふたつのパン
※このお話は前後編の【後編】です。前の話からお読みいただくのがおすすめです。
※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。
自分を保つために人と繋がっていたい。
人から見られるのは苦手。
その人が自分のことをどう思っているのか怖いんだわ。
それでも、人とつながっていたい。
矛盾してるんだけど。
男性は続けた。
「外に出たり、人と会うのが怖いんです……でも、それじゃいけないと思って……今日思い切って、外に……」
この人も、変わりたいんだ。
私と同じ……
この男性の力になりたい、と思い始めていた。
自分の中にある小さく疼くネガティブな思いが、人助けの原動力になるとは思いもよらなかった。
立場を変えれば、見方を変えれば、また違ったものになるものだと気づいた。
「そうですか、よく頑張りましたね!」
ほんとにすごい。
これだけの思いと行動力。
もう少し背中を押してみたらどうだろう。
「その、けいじばん、なしで外を歩いてみる練習をしてみましょうか」
ちょっとした提案をしてみた。
「い、いえ、それは、まだ、その、無理です!」
男性は激しく首を振り、拒否の姿勢を示した。
ハードルが高いかぁ、まだ早いかな、、
どうしたら男性が外に出られるか考えてみた。
「ならば、私と会話しながら、出てみましょうか。けいじばんみたいでしょ?」
男性は身振り手振りで拒絶した。
確かに誰でもメイド姿の女性と街中を歩くのはかなり恥ずかしい。
しかし本心はやはり人が怖いのだ。
どうしたらいいのか悩んでいるところに、厨房からまことが出てきた。
「どうしました? 何かありましたか?」
ちょっとしたフロアの騒がしさに心配になって出てきたようだ。
まことにこれまでの概要を、作文用紙一枚分ほどに(早口で)まとめて話した。
「なるほど、、わかりました、それなら、ちょっと待っててください」
と、まことは厨房に戻った。
そして同じような見た目のパンを二つ持ってきて男性に差し出した。
何が始まるのだろう……
「この二つのパンの中に何が入ってるか当ててみてください」
まことはいささか押し付けがましくクイズを出した。
「……あんぱん……ですか?」
男性は自信なく答えると、まことはニンマリして
「では、食べてみてください」
と促した。
答えはわかっていたがドキドキ。
意図はわからなかったが何か変わりそう。
男性は小さく一口食べた。
「……とても、おいしい……です。これは……クリームパンですね」
「そうです、もう一つの方はなんだと思いますか?」
「……わかりません……」
男性は首を振ると、まことは頷いて、こちらも促した。
もう一つのパンを同じように一口食べた。
「これは、、ポテトサラダ?」
「そう、ご名答」
まことは続けた。
「つまり、見た目じゃわからないということです」
「……」
「食べてみないとそれがどんなものかわからない。ただ見てるだけであれやこれやと悩んでいてもわからないんです」
パンを指さしながら、優しい声で続けた。
「人間も同じように、見た目だけで想像しても、それは本当の姿ではないのかもしれません。何を思っているのか感じているのか、わかりません」
何かを気づかせようと、少し力がこもってきた。
「わからないから、食べてみるんです」
男性はパンをじっと見つめた。
何かを考えているようだった。
「わからないことが怖いわけですから、その人を知ろうとすればいいのです。ちはるさんも僕も、あなたを知りたいから話しかけています」
「あなたは答えてくれたじゃないですか。ほかの人も、きっとあなたの問いに答えてくれますよ、このパンのように」
そうきたか。
若干得意げな顔のまことに、笑いそうになるのを堪えた。
しかし熱意は伝わっていた。
男性はじっとパンを見比べて、答えを見つけようとしていた。
自分を変える道具。
私のメイド服みたいに。
しかし答えというのは簡単に見つからない。
だからこうして現在進行形で探しているのである。
「な、なんとなく、わかったような、気がします……」
頭でわかっても、心で分かるのは容易でない。
そう思いつつも男性が一歩も二歩も先に進むことができたことが、とても嬉しかった。
しばらく男性はパンを見つめていた。
まだ迷っているのだろう。
それでも、その姿勢は、先ほどまでの怯えた姿勢とは、どこか違って見えた。
「あとは実践あるのみよ!」
意識的に明るく鼓舞した。
「が、がんばってみます、、」
男性は残りのパンを食べて、立ち上がった。
「と、とりあえず、電気屋さんまで、行ってみます」
ちはるは呼び止めた。
「また来てくださいね! えーと、あ、お名前は?」
「……ユ、ユウト……と言います……」
よろよろと店の扉に向かっていく。
自分の足で歩いて行く男性の背中を、まことと共に見送った。
「大丈夫ですかね、、」
まことは少し心配していた。
「大丈夫ですよ」
人は変われる、と信じたい、信じて待ちたい。
自分に言い聞かせるように答えた。
「あ、そういえば、パン二つのお金払っておいてくださいね」
と、まことは言い残し、そそくさと厨房に戻って行った。
「え? あれはまことさんのおごりじゃないの!? ちょっと! 待って!」
街の熱気は窯のように冷めることを忘れてしまったかのようだった。
そして人々にまとわりついて、心も熱くしていた。
焼かれるパンが完成に近づくように。
人もまた未完成を受け入れるように。
びみょるの夏はまだ続いていく。




