第11話 掲示板のユウト
※基本は一話完結。スキマ時間にどうぞ。
じりじりと夏の日差しが照りつける、昼下がり。
街行く人々はパンのように焼かれ、それぞれの人生の味を楽しんでいた。
ここパンカフェ『びみょる』店内は弱めのクーラーだったので、ちはるはうちわをパタパタと扇ぎながらぼーっとしていた。
なぜ弱めなのか。
昨日、オーナーが突然……
「古の地球では、うちわが最高の涼みだったのだよ! だからクーラーは弱めで」
などと突然言い出したのだった。
どうせ『週刊サルベージ』かなにかで感化されちゃったのだろう。
そして、その言い出しっぺのオーナーはどこにもいないんですけど……
「はぁ、アイスが食べたいな……」
などと口走っていた時、それは訪れた。
扉についてるカウベルが大きな悲鳴をあげた。
「何事!?」
一瞬身構えた。
扉の方を見ると、ぐったりとした男性が扉に寄りかかっていた。
状況を確かめるためにすぐに近くに駆け寄った。
「ど、どうされました!?」
男性は額に大量の汗をかいている。
まさか熱射病!? これは大変、はやく体を冷やさないと!
男性の体を支えようと近づいた。
すると男性は少し安心した顔でつぶやいた。
「や、やっと、Wi-Fiに繋がった……」
「はぇ?」
わい? ふぁ? 何を言ってるの?
これは暑さのせいかもしれない、はやくソファに座らせなきゃ
そして冷たい麦茶を出した。
「気分が悪いのですか? 大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけるが男性はうつむいている。
ぼさぼさの髪の毛が邪魔をして表情が見えない。
「わ、Wi-Fi、つ、使わせてもらいます……」
「ワイ? ファイ?」
ちはるはなんの事だかさっぱりわからず、答えあぐねている。
「ネットです、インターネット」
前にオーナーから聞いていたような……
「ああ、はいはい、どうぞどうぞ」
びみょるには、自由に接続できるワイファイというものが設置されているようだった。
機械に疎いので、なんとなくしかわかっていないが……
男性はちはるが持ってきた麦茶を一口飲み、少し落ち着いたようだが、ドギマギした様子だった。
「気分は大丈夫ですか?」
再びの問いに男性はハッとして
「だ、大丈夫です……というか、ダメというか、体的には大丈夫というか……」
「ん?」
どういうこと……?
男性は視線が定まらず、おどおどした様子で続けた。
「Wi-Fiに、その、ネットにつながっていないと……不安というか、こう、なんというか、自分を見失うというか……あ、いや、その……」
どういうことなのかしら……?
知識や経験を総動員して理解しようと試みたが、混乱しそうなのでやめた。
体調は大丈夫な様子なので、すこしホッとしていた。
「とにかく、大丈夫なんですね……よかったです……」
「しかし、びっくりしましたよ、ここでゆっくりしていってくださいね」
「あ、はい……あ、ありがとう、ご、ございます……」
人が苦手なのかな?
男性はノート型の端末のようなものを取り出し、何やらキーを叩いて画面を凝視している。
「あ、あの」
男性は誰もいない方向を向いて声を発した。
私に言ってるのかな?
自分に向けられたものかよくわからなかったが、応対してみた。
「はい、なにか?」
男性は少し震えているようだった。
「こ、この辺りで、で、電気屋さんは、あ、ありますか……」
「この辺だと、隣駅まで行かないと、ですね……」
男性は落胆の色を濃くしていく。
なにかが感情をせき止めていたが、持ちこたえられずに決壊寸前のようだ。
「つ、常にネットにつながっていないと、い、生きていけないんです! ダメなんです!」
男性は破滅の表情で続けた。
ちはるは何かこの男性は思い悩んでいるのだと直感した。
「ネットに、ですか?」
「……はい……」
「でもこうして外出してるわけですよね? えーと、ワイファイでしたっけ、これってどこにでもあるものなんですか?」
人の思い悩んでいることに、首を突っ込んでいいのか悩む間もなく、疑問を投げかけていた。
「いえ、どこにでもあるわけではないです。出歩くときは、この小さなモバイルルーターというので繋がっています」
こんなアイテムがあるのね……
「ニューイブスキに持ち込めているということは、それは失われた200年当時の技術ということですか?」
「そうです、そうです……古いから、電波の届く範囲は小さいですけど……」
「なるほど……」
「これが壊れてしまったようで、なんかもう、ダメなんです」
男性は世界の終わりを予感したようにうなだれてしまった。
しかしネットに繋がらないことと、男性が生きていけないことがどうしても結びつかなかった。
「あの、なぜネットに繋がっていないと、あなたは生きていけないの?」
もしかしてネットに繋げるペースメーカーとかあるのかな?
それなら一大事だ。
すぐに救急を呼ぶ手はずを頭の中で確認した。
男性は小さな画面に見入り、これまた小さなキーボードで器用に手早く文字を打ち込んでいる。
人と話をしてるときは、こっちを見なさい!
と子供を叱るような言葉を言いかけたが、やめた。
自分にもそういうところがあるから。
「ねぇ、さっきからその画面ーーで何を見ているの?」
少し覗き込んでみた。
男性は思いのほか近くに寄ってきた顔に椅子を少し引いて距離を取った。
生唾を飲み込む音が聞こえた。
男性は特に隠す様子もなく説明をしてくれた。
「掲示板……です」
「けいじばん??」
「文字でみんなと会話するんです」
流れるように現れる文字に見入っていた。
「どうした?」
「がんばれ!」
「生まれ変わるんだ!」
わかるような、わからないような。
けど画面の中が、あたたかい言葉であふれている。
「つまり、この、けいじばん、というのが無いと、生きていけないということなの?」
「ひ、人が怖くて、でも、掲示板なら話せて、落ち着くというか……」
人が怖いのに話がしたい……
自分の気にしいという部分が疼いた。
※このお話は前後編の【前編】です。続きは次回更新でお届けします。 ブックマークしておくと、更新時にすぐ続きが読めます。




