第38話 塩田の港町ゾンネサルツ
従伯父からのとてもありがたい厚意を素直に受けたカミルは、エミリアとソフィーと共に商館に一泊し、今日の晩餉をマルテと同じテーブルで摂ることにした。
晩餉のメニューは魚介類をふんだんに使ったパスタであり、マルテ商館で取り扱っている調味料や香辛料も適度に使われていて、3人とも大変美味しく料理を頂けたようだ。やはり商館専属の料理人の腕は確かである。十二分に晩餉を堪能し、空腹を満たしたカミルたち一行は、宿泊室に移動した後、十分な大きさがある心地よいベッドに身を委ねると、港町の月明かりを窓から眺めながら、いつしか深い眠りに誘われていた。
マルテ商館で、一晩しっかり休息を取った翌朝。カミル、エミリア、ソフィーの3人パーティは、マルテが手配してくれた通り、ネプトスの港に停泊中の交易船に乗り、西の大陸北部にある港町ゾンネサルツへ向けて出港した。
「わぁ~! すごいね、カミル! 海がどこまでもキラキラしてるよ!」
「本当だな! 船の上から見る海が、こんなに綺麗なものだとは思わなかったよ。見渡す限り海だな。水平線の向こうまで、ず~っと続いてる」
港を出て、しばらく航行を続ける船の甲板上で、どこまでも続く水面を見渡しながらそう語り合う、カミルとエミリアの姿が見える。船旅を知らない2人は、初めて乗る大船と大洋の迫力、朝日を受けて輝く海原の美しさを目に映し、この上ない解放感を覚えながら、心深く感動しているようだ。
「少し久しぶりの船旅だけど、良いもんだね。広い海というのは、何回見ても気持ちがいい。心が洗われるような、そんな感じがする」
旅慣れたソフィーも甲板の上から、キラキラと輝く広大な海原を眺め、そう感慨深くつぶやいていた。柄にもなくセンチメンタルなことを言っているソフィーだが、彼女にも今まで抱え続けてきたものがあり、果てしなく広がる海原の景色が、それをひと時でも忘れさせてくれているのだろう。
出港後、天候にも恵まれ、航海は順調そのものであった。このヴァイテヴェルトの世界では、一般に、海路でモンスターに遭遇することは、ありえないと言えるほど極めて稀である。それゆえマルテは、西の大陸の北方へ行くとカミルたちから聞いたとき、陸路ではなく海路の移動支援を提供したのだが、船旅の経過を見る限り、それで大正解だったようだ。
カミルたち一行は、蒸気を主動力とする交易船に揺られ、3日ほど海を眺めつつ過ごしている内に、目的地である北の港町、ゾンネサルツに到着している。
ゾンネサルツは天日塩の生産が盛んであり、町の周辺には塩田が広がっている。生産した良質で深みのある味の天日塩を、海上交易、陸上交易の各ルートで各地へ運び、売りさばくことで富を手に入れ、栄える、この西の大陸北方の港町は、拠点としてそうした特長を持っている。
また、カミルたち一行が乗ってきたマルテの交易船について少し言うと、この船は、ゾンネサルツで各種調味料と香辛料を売却した後、大量に購入した天日塩を積んでネプトスに帰るという、港と港の2点間交易を行っている。それゆえこの交易船は、数日間、ゾンネサルツで積み荷の取引をした後、またネプトスへ向けて出港する予定だ。
船のペイロードと商売の効率性を考えると、あまりゆっくりする暇はないのだろう。寄港後の今は、船員たちが互いに声をかけあい、忙しなく荷下ろしなどの作業を行っている最中である。
目的港に着き、航海を終えたカミル、エミリア、ソフィーの3人は、交易船の船長へ丁重に礼を言った後、船を降りた。港町ゾンネサルツに降り立った3人の目に、まず飛び込んできたものは、臨海部一面に広がる、真っ白な塩田風景である。
「へぇ~。こんなの見たことないな。塩ってこうやって、引き入れた海水を乾かして作るんだな」
「面白いよね。真っ白な塩の山があちこちにあるよ。私たちが食べてる塩ってあれなんだね」
うら若く、まだまだ旅の経験が浅いカミルとエミリアは、塩田内に盛り上がっている真っ白な山を、物珍しそうに見ながら歩いていたが、人でごった返すゾンネサルツの中心街まで足を運ぶと、塩の山を眺めるどころではなくなっている。塩田の港町の繁栄ぶりを見て、カミルとエミリアは、感動しながらも圧倒されそうになっていたのだが、旅慣れたソフィーは、保護者のような感覚で、そんな2人の様子を微笑ましく眺めていた。
とは言え、港町の賑やかな雑踏に身を置き、観光気分で栄えた中心街を眺めているばかりでは、いずれ日が暮れてしまう。
「塩の山も珍しいし、街の賑やかさが面白いのも分かるんだけどさ。そろそろ動かないとね」
年上のソフィーにそうやんわり促され、我に返ったカミルとエミリアは、兎にも角にも総合ギルドを探そうと、周りを歩く町人に聞きながら、中心街の雑踏をかき分けるように歩いて行く。
そうする内にカミルたち一行は、総合ギルドの所在を探し当て、今、扉に小洒落た羽飾りが付けられた、木造総二階の建物前に立っている。
その建物は、ギルドらしく無骨な造りではあるが、扉の羽飾りに見られるように、港町っぽいアクセントを外装のところどころに取り入れており、職人が凝らしたであろう意匠が、そこから確かに醸し出されていた。




