第36話 旅の再開
カミルとエミリアは、アルバンの万屋経由でマルテからの贈り物を思いがけず手に入れた。その支援により、パーティの旅支度は十分に整い、旅の再開に向けた機もしっかり熟した。後は出立するばかりであるが、カミルたちはシューンの村をすぐには出ず、昨日のように二手に一旦分かれ、それぞれの実家に戻っている。カミルとエミリア、2人を心配してやまない親たちに、再び『竜の聖域』を探し出す旅に戻る、その旨を伝えるためだ。
旅に向けた一人息子の意欲は未だ衰えず、むしろ熱く滾っている。強力な新しい装備を入手した一連の流れを、嬉々として話すカミルの様子を見て、そう悟った父ヨセフは、
「まったく、仕方がないやつだ。旅をまだ続けるのなら、まずネプトスへ行き、マルテに装備を贈ってもらった礼をちゃんと言っておきなさい。どんな時でも、礼を失っては駄目だぞ」
と、諦め気味にアドバイスを送ると同時に、旅の再開に向けた心構えを諭した。
(その通りだな。父さんの言う通り、浮かれて恩を忘れてはいけない)
父からの金言を聞き、納得したカミルは、ゆっくり黙ってうなずくと、ヨセフとハンナ、両親からの見送りを受け、実家を出立する。
カミルが、待ち合わせ場所の農村シューンの中央広場に着いた時、エミリアとソフィーは、少し手持ち無沙汰そうに、彼を待っていた。旅を再開する旨を父デニスと母リーザに告げ、気持ちの整理ができたのだろう。今のエミリアは、何となしに悩みなく、スッキリとした顔をしていた。
幼馴染のガールフレンドの明るい顔を見て安心したカミルは、出立前に、親とどういう話をしたのか、この場で確認し合った後、
「よし! じゃあ、また旅を始めよう」
「そうね。行きましょう」
「まだまだ長い旅になるね。行ってみようか」
そう決意を込めて示し合わせると、ヨセフの助言通り、エミリアの瞬間転移魔法アウトラで港町ネプトスへと向かい、壮大な旅を再開した。
転移魔法により発生した青色透明の球体に包まれ、カミルたち一行が現れた場所は、低草がところどころに生い茂る広い平地であった。ここはネプトスの町外れに位置しており、町人が訪れることは滅多にない。瞬間転移魔法を使える術者は希少であるため、エミリアが港町ネプトスで、町人たちの間にパニックを引き起こさないよう気を利かせ、目立たないこの場所にテレポートしたのだろう。
今日はシューンの村で様々な用を済ませて来たため、既に昼下がり手前になっている。港町の外れにあるこの広い平地を、まんべんなく照らす陽光は温かだったが、日の傾きを見るにボヤボヤしてもいられない。そのことに気づいたカミルたちは、それぞれの顔を見て示し合わせると、ネプトスで幅を利かせる豪商マルテに会うため、まず商館へと急いだ。
陽の光を受けてライトブルーの外壁を輝かせている商館に着いたカミルたち一行は、建物の中に入り、今、この館の主、マルテに会いたい旨を使用人に伝えている。
「商館長の従甥、カミル様でございますね。お取次ぎ致しますが、今、商館長マルテは、他のお客様の応対中でございます。しばらく館内でお待ち下さい」
カミルと面識があり、彼がマルテの親戚であることも知っていた使用人は、丁寧にそう応じると、一行を商館内のホールに案内した後、奥に引き下がって行く。カミル、エミリア、ソフィーの3人は、使用人の勧め通り、ホールに設置された棚やテーブルに置かれている、エキゾチックな香辛料や調味料などの商品を見物し、来客応対中のマルテをしばらく待っていた。
商館が誇る多種多様な商品を飽きずに眺めている内に、応対が終わったようだ。使用人から仔細を聞いたマルテは、ホールに小走りで出てきた後、
「おお! 無事だったか! よく来てくれた。さあ、こっちだ」
カミルたち3人に、笑顔でそう話しかけ、商館の奥にある応接室へと招き入れる。
瀟洒な調度品が置かれている応接室の中で、カミルたち一行がマルテに促されるまま、クッション性のよいソファーに座るとすぐ、先程の使用人が扉をノックした後、トレイを持って室内に入ってきた。見ると、トレイの上には温かいミルクティーと、チーズケーキが人数分乗っている。
使用人は軽く会釈をすると、黙ってミルクティーとチーズケーキが載せられた皿をテーブルに置いていき、再度丁寧な態度で頭を下げ、室内から去って行った。
「さあ、遠慮なく嗜んでくれ。どちらも美味しいよ。ところで、そちらの銀髪の女性は、魔剣のソフィーさんだね。私はネプトスの総合ギルドにもよく顔を出すんだが、あなたはギルド界隈では有名人だ。強いという噂は聞いているよ」
使用人が応接室から退出すると、マルテは昼下がりのおやつを食べるよう、促した後、自身もミルクティーを飲みながら、初顔合わせのソフィーにそう話しかけている。
ソフィーは自分の勇名が、港町ネプトスの豪商であり重要人物でもある、マルテの耳目にまで入っていたことに満更でもなく、秀麗な切れ長の目に不敵な笑みを湛え、ゆっくりと温かいミルクティーを嗜んでいた。




