第32話 姉御肌
「お父さんお母さんのあんな顔を見たことなんてなかったから……私も反省したわ。無茶をして親を泣かせるなんて、親不孝な娘かもしれない。だけど、カミルとソフィーさんとの旅は続けたい。頭の中がそんな考えで行ったり来たりしてて、お父さんお母さんに何を言えばいいか分からなかったんだけど」
少し顔を沈ませて経緯を語っていたエミリアは、一旦言葉を切り、カミルの方を向き直すと、
「私が覚えた瞬間転移の魔法、アウトラのことを言えばいいんじゃないかって思い当たったの。アウトラの魔法を使えば、これからは、どんな遠い所からでもシューンにすぐ帰れるから安心してって」
いつもの彼女らしい微笑みを湛えて、そこまでの話を結んだ。
エミリアの両親、デニスとリーザは、始め、話を聞いても、愛娘がそんな高度な魔法を習得できているとは信じられず、
(この子はなぜこんな嘘を……)
そうした悲しさすら感じていたのだが、場の微妙な空気を察したソフィーが慌ててフォローに入り、親子の間にあるこじれをすぐ直してくれたそうだ。
ソフィーは、自分が何者であるかをデニスとリーザにまず話した後、
「ラーヴァルトの町からカミルとエミリアと一緒に、瞬間転移でシューンへ来たと言って、親御さんの不信を払ったんだよ。これでようやく、エミリアがアウトラの魔法を使えると信用してくれたね。やれやれだったよ」
場の空気を読みながらそのようにフォローし、親子の間にあったギクシャク感を取り除いたのだと言う。
エミリアが突飛な嘘をついているのではないかという疑念は、その時のソフィーの説明で解消されたのだが、だからといって、デニスとリーザが抱いている不安が、完全に無くなったわけではなかった。親心として、一人娘の無茶を止めたいと考えるのは当然のことであり、その心情を察したソフィーは、
「自分をひけらかす気はなかったんだけどね。『魔剣のソフィー』という私の通り名と強さを、親御さんに伝えたんだよ。私がついているから、エミリアは、そうそう危ない目に遭わないよってね。それに旅を続けても、これからはアウトラの魔法で帰って来ることが多くなると、しっかり言っといたよ」
という姉御肌を見せ、エミリアの身の安全を頼もしく請け負ったそうだ。銀髪の彼女は可憐な笑顔を見せながら、一連の話をそう締めくくっている。
ソフィーの人柄と頼もしさを信用したデニスとリーザは、
(これほどの人が同行してくれるなら)
という思いを持って安心したのか、エミリアが旅を続けることを、そこでようやく許可した。ここに至るまでに、そんな長い経緯が、エミリアの実家であったらしい。
カミルたち3人は道すがら、そうしたドラマチックな帰省話をしていたのだが、話に花を咲かせている内に、いつの間にかエルマー邸の前まで来ていたようで、今、樫の木で作られた玄関扉をノックし、老翁が在宅かどうかを確かめている。
折しも家の居間にいたエルマーは、ノック音を聞くとゆっくり腰を上げ、玄関まで歩いて行く。ドアノブに手をかけ、中から扉を開けた老翁は、カミルとエミリアの姿を目に映すと、
「おお! よく帰ってきた!」
そう大きな声を上げ、2人の無事を心から喜んだ。また、エルマーは、カミルとエミリアの後ろにいるソフィーの姿を目に認めて一瞬立ち止まり、その後、銀髪の彼女の顔をしげしげと見つめている。
「なんだい? 爺さん? 私の顔がそんなに珍しいのかい?」
「そりゃ珍しいとも。お前さんは、魔剣のソフィーじゃろう? わしは暇潰しに、総合ギルドの機関紙をよく見るんじゃが、度々紙面に載るお前さんのことは知っておるぞ」
視線を受けていたソフィーは、どういう意味で見られているのか分からず、怪訝な表情で問いかけたのだが、エルマーの答えを聞いて立ちどころに納得したようだ。彼女は魔物討伐など、難しい仕事をこなしていく内に、美しい実力派魔剣士として頭角を現し、名声が高まった結果、ギルド機関紙記者からの取材を受けて、紙面に特集を組まれたこともある。カミルはソフィーの名声を知らずにラーヴァルトの酒場で口説き落とし、仲間に引き入れたわけだが、彼女は総合ギルド界隈において、かなりの有名人なのだ。
「カミル、エミリア。お前たちは大したもんじゃな。まさか『魔剣のソフィー』を連れて来るとは思わんかったぞ」
エルマーは、ソフィーをここへ連れて来た2人に余程感心したらしく、目を丸くしながら、手放しでそう褒めている。
(こんな所にまで私の名が通ってるとは……満更でもないもんだね)
ソフィーは、自身のトレードマークである銀髪ボブカットを風になびかせながら、ちょっと誇らしげに、そんなことを考えていた。
カミルたち3人が、何を求めてここにやって来たのか、エルマーは重々分かっている。そうではあるものの、今は朝で、今日の時間はたっぷり残ってもいる。
(この子たちは、魔剣のソフィーまで連れて折角帰って来たのだ)
そう考えたエルマーは、ここまでの旅の労をまずねぎらおうと3人を家に上げ、温かい紅茶と、お茶請けの菓子としてビスケットを振る舞い、ゆっくり嗜んで一服するよう促した。




