第30話 おかえり
あちら立たせばこちらが立たずという形で、2人の女の機嫌を同時に取るというのは難しいものだ。カミルの正直なフォローの言葉は、ソフィーの不機嫌を直したものの、今度は、そのやり取りを傍で聞いていたエミリアの機嫌を損ねてしまった。幼馴染のガールフレンドである彼女にとって、いつも一緒に過ごしてきた彼氏が、ソフィーを美人と評したことがショックだったらしく、エミリアは、カミルが謝ろうと呼びかけても、そっぽを向いている。
(これはどうしたらいいんだ……)
予想外のアクシデントが起こってしまい、カミルはそう途方に暮れていたのだが、雨に打たれながらエミリアとソフィーをしばらく見比べている内に、彼は幸運にも、自分が言うべき言葉に思い当たったようだ。
「エミリア。俺はエミリアをいつでもかわいいと思っているよ。だから機嫌直してくれよ~」
「本当に?」
いつも一緒にいる時間が長すぎて普段意識していないからか、エミリアはカミルに容姿を褒められたことがあまりなかったのだ。カミルが嘘で相手を褒めないのをよく知っているエミリアは、その本心を聞けて立ちどころに機嫌が直ったらしく、チャーミングな目で熱っぽく彼氏の顔を見つめている。
「はいはい。お熱いのはその辺りにして、そろそろ移動するよ」
思わぬものを見せつけられたソフィーはお手上げ状態であり、やれやれといった感情をジェスチャーで示した後、お熱い恋仲の2人に軽くツッコミを入れ、さり気なくその場を流させた。
ソフィーの目があるのをすっかり忘れていたカミルとエミリアは、顔を赤らめるより他はない。
三角関係という程でも全くないが、そうしたパーティ内のやり取りの後、カミルは一人で、エミリアはソフィーを連れて、それぞれの実家に戻っている。打ち合わせ通り一旦パーティを解散し、二手に分かれ、親に自分たちの元気な姿を見せよう、という段取りなわけだ。
無茶を言って旅を始めた手前、実家の扉を開けるとき、若干のバツの悪さを感じていたカミルだったが、
「ただいま」
彼は、いつもの帰宅時と同じ調子でそう言うと、勝手知ったる我が家の中へと入って行った。
今日のシューンの天気は雨で、今は昼下がりである。それゆえ、農場での仕事をそこそこに済ませた、カミルの両親ヨセフとハンナは、家の中の居間へ既に戻って来ており、そろそろ夕飯の支度に取り掛かろうとしていたのだが、
「母さん。今、カミルの声がしなかったか?」
「そう……そうよね! 空耳じゃないわ!」
2人は、片時も忘れることなく無事を祈り続けていた一人息子の声を聞き、慌てて玄関の方へと出ていく。ヨセフとハンナが向かったそこには、幾晩も帰りを待ち望んでいた最愛の息子、カミルの姿が確かにあった。
ヨセフとハンナは、照れくさそうにはにかんでいる一人息子の姿が、夢か幻、そういった類のものではないのをしっかり認識すると、
「おかえり」
心よりの安堵の笑顔でカミルを迎え入れ、無事を甚く喜んでいる。
子を想う両親の心というのは不思議なものだ。ヨセフとハンナは、大心配をかけたカミルが帰ってきたら、それ相応の説教をしておかないといけないと今まで考えていたのだが、いざ最愛の息子の無事な姿を目に映してみると、そのような考えは全くなくなってしまっている。
「お前が家を出てからまだそれほどの日数は経っていないが、なかなかたくましくなったな。カミル」
父親として、無茶をした子を叱る用意をしていたものの、その気がすっかり失せたヨセフは、今、カミルを家のダイニングに上げ、そう優しく語りかけていた。ヨセフは、旅に出る前より精悍になったカミルを見て、
(もうこいつは一端の戦士だ。可愛い子には旅をさせよとよく言うが、本当にそうなんだな)
息子の成長をそうしみじみと感じており、叱る代わりにざっくばらんな話をしてみようと考えたようだ。
「ははっ、父さんがそんな風に俺を褒めてくれるなんて珍しいね。でも、俺自身もそう思うよ。ラーヴァルトの町で修行をしたり、魔物と何度か戦ったり、そういう経験を積んで強くなれた。それは自信を持って言えるよ」
成長著しいカミルの返答を聞いた父ヨセフと、その隣に座っている母ハンナは、一人息子の顔を見ながら何とない誇らしさと、満足感を覚えていたのだが、
(魔物と何度か戦ったり、か……)
その部分に大きな不安を感じたらしく、続けてこう問いかけてみた。
「そうか、シューンの村にいるとあまり気付かないが、やはり西の大陸を冒険していると、魔物に出くわすことも多いんだな。それはそうとカミル、お前の旅の目的は、『竜の聖域』に行くことだったな。壮大すぎる目的だ。なかなか難しいだろう?」
父ヨセフからの問いかけの中で、旅の危険性と、最終目的を達成することの困難さを気遣われたカミルは、どう答えようか少し迷ったが、
「そうだね。確かに雲を掴むような話さ。手強い目的だよ」
あえて強がったりせず、素直にそう返している。
その正直な返答を聞いたヨセフは、父親として言おうか言うまいか、心情的に少しばかり迷っていたのだが、やがて意を決し、カミルの目を見て自分の思う所を伝えてみた。




