第29話 里心
ヴァイテヴェルトの世界の技術は、地球の現代文明より総じて進んでいないのだが、カミルたちが、今、身にまとっている綿布で作られたレインコートには、なかなか手の込んだ防水加工が施されていた。きちんと水を弾くこのレインコートの作り込みを見るに、この世界には、古典的ながら素晴らしい縫製技術が承継されているのだろう。
魔法のポーチから取り出したレインコートの装着により、カミル、エミリア、ソフィーの3人は、ずぶ濡れになることなく、雨をしのげている。雨天ながら、どんどん雨粒を弾いていくレインコートの撥水力により、心の余裕が生じたカミルとエミリアは、郷愁に耽っているのか、靄で霞むシューンの村の景色を、もうしばらく見続けた。
(そんなに長くシューンを離れてなかったのに、凄く懐かしく感じる。父さん母さん、元気かな)
(一旦だけど、戻ってこれてよかったわ。やっぱりシューンは落ち着くわね。お父さんお母さん、心配してるだろうな)
カミルとエミリアは、それぞれの両親に相当な無理を言って旅を始めている。それゆえ、長旅の継続に向けた2人の意欲はまだまだ高く、心強い仲間としてソフィーも加わっている今、『竜の聖域』を探し求める冒険をやめるつもりは、もちろん毛頭ない。
そうではあるのだが里心とは不思議なもので、年若いカミルとエミリアは、家で自分たちの無事を神に祈り続け、帰って来るのを心待ちにしているであろう両親のことを想うと、キュッと心奥が締め付けられるような、そんな感覚を覚えていた。
故郷の情景を目に映し、感慨に浸り続けている2人の様子を、ソフィーは黙って眺めていたが、しばらくして見かねたようで、
「カミル、エミリア。あんたたちはまだ16歳で、故郷に戻って来て感慨も一入なのは分かるよ。でも、ここで雨に打たれながらボーっと景色を眺めてると、日が暮れちまうよ」
やんわりとした気つけ代わりの言葉を、カミルとエミリアに投げかけた。ソフィーからの率直な忠告を聞いたカミルは、ハッと我に返り、
「そうですね。その通りです。雨で空が曇ってて気づかなかったけど、今はもう昼下がりのはずです。ボヤボヤしてるとすぐ夕方になってしまう。そろそろ動かないと」
そう返答をしながら、エミリアの手を引いてシューンの村へと入って行く。
ソフィーは、当たり前のように手を繋いで故郷の村に入って行く、ご両人の姿を見て、
(まぁ~、仲が良いことだね! この2人は、ずっとこうしてきたんだろうね)
完全に両想いの恋仲を、いじってみる気にもならなかった。
先程、ソフィーも呆れたようにご両人の仲の良さを見ていたが、シューンの村においてカミルとエミリアは、かなり有名な幼馴染カップルだ。それゆえ、2人が連れ添って旅に出たという噂は、既に村中に広まっており、村民たちは一様に心配してもいる。
そうした背景があるため、カミルとエミリアが手を繋いで村内に帰って来たとき、その姿を目に認めた村民たちの中には、手を振りながら大声で呼びかけ、2人の無事を喜ぶ者もいた。
「あんたたち、この村では随分人気者なんだね」
「私たちは普通にしているだけなんですが、いつの間にかそうなっちゃったんですよね。仲が良いカップルって、冷やかされることも多いですね。まあ、それはそれとして……」
エミリアは、ソフィーと会話を交わした後、いつものことといった様子で、大声で呼びかけてきた村民に手を振って応えると、
「カミル、ここで一旦分かれるんでしょ? 私は私で家に帰らないといけないし」
ほぼツーカーで通じる幼馴染のボーイフレンドに、そう問いかけている。
「そのつもりなんだけど、俺の家にソフィーさんを連れて行くわけにはいかないよね。エミリア、頼むよ」
「そうね。分かった。そうするわ。ソフィーさん、私の家に来て下さい。父と母を紹介します」
先程の問いかけを皮切りに、カミルとエミリアは、それぞれの両親に無事な姿を見せるため、実家に帰る打ち合わせをしていたわけだが、2人の会話の内容を見ると、ソフィーが厄介者扱いになっているようにも思える。会話を傍で聞いていて、その辺りに少しばかり引っ掛かりを感じたソフィーは、
「ちょっとちょっと! 私を『連れて行くわけにはいかないよね』、ってどういう意味だい? カミル?」
カミルの肩を、人差し指でちょんちょんとしながら、そう問いかけてみた。
カミルは、珍しくふくれっ面になっているソフィーを見て、
(これはマズったな)
と、すぐに言葉の非を悟ったらしく、誤解を解くため、自分が心に思う所を正直に話した。
「すみません、ソフィーさん。それは言葉通りの意味じゃないんです。ソフィーさんは美人過ぎるから、男の俺が実家まで連れて行くと、両親にどういう経緯で一緒にいるのかとか、どうしても説明が難しくなるんです。気を悪くしないで下さい」
お気に入りのカミルに、美人と褒められたソフィーは、それだけでほとんど機嫌が直っている。さらに言えば、今聞いたカミルと同行できない理由を、よく反すうしてみたところ、
(私を女として、かなり意識しているってことだね)
ソフィーはそう気づいたようだ。恋仲の間に割って入ってしまった気がして、エミリアに悪いとソフィーは考えたが、同時に満更でもない感情も湧き上がっている。
ただ、ソフィーに向けたカミルの取り繕いの言葉を、終わりまで聞いたエミリアはというと、
(今なんて言った!?)
普段見せない恐ろしい顔で、幼馴染のボーイフレンドをにらみつけていた。




