第25話 知る人ぞ知る
空腹と疲労を押して、ハンネスの住居前まで来たカミルたち一行は、意匠深い家の扉をノックし、老翁の在宅を確かめた。カミルが扉を叩いて少しばかり経った後、ハンネスが玄関の扉を開けて現れ、
「おお! お前さんたちか! 待っておったぞ」
一行の来訪を喜んだ。カミル、エミリア、ソフィーの3人は、老翁の顔を見てホッとしたようで、多少元気がないながらも笑顔を浮かべている。
ハンネスは、その表情から、カミルたち一行の疲労に気づいたらしく、何はなくとも彼ら彼女らの労をねぎらおうと、まず家に上げた。
平屋の家に上がり、居間に通されたカミルたちは、依頼を無事達成できたことをハンネスに報告すると、100ライヒ銀貨1枚で買えるだけ買った、神経痛の飲み薬と膏薬を手渡している。ハンネスは、1ヶ月分程ある神経痛の薬の分量を見て大いに喜び、
「100ライヒ渡しただけでは少ないかのと思っていたんじゃが、よくこれだけの量を買って来てくれたの。文句無しじゃ。よし! 約束通り、旅の手助けになるよう、お前さんたちの力になろう」
カミルたちに笑顔を向けて、そう確約した。
「ラーヴァルト近辺では知る人ぞ知る魔道士だったハンネス爺さんも、寄る年波には勝てないんだねえ。神経痛に悩まされてたなんてね。それはそうと、私たちはその薬を手に入れるのに、今日は動き回ってたんだよ。昼食も取ってなくて、もうヘトヘトでね。何か食べさせてもらえないかい?」
ゆったりと椅子に深く座り、薬を引き渡す一連の流れを眺めていたソフィーは、依頼通りの品を受け取り、ハンネスが上機嫌になった頃合いを見て、遠慮なく話しかけている。フランク過ぎる彼女の口調と、話している内容からすると、どうやらソフィーとハンネスは面識がある、旧知の仲のようだ。
「ああ、昼飯を食っておらぬのか。それでお前さんたちは、そんなにくたびれた顔をしておるんじゃな。それはすまんかった。今からいい物を作ってやろう。少し待っておれ。じゃが、それにしても……」
ソフィーから昼食をねだられたハンネスは、椅子から立ち上がり、適当な物を調理するためキッチンに向かおうとしたが、ふと妙な違和感を覚えたのか、銀髪ボブカットがよく似合う彼女の顔を見て立ち止まると、
「誰ともつるまぬ『魔剣のソフィー』が、カミル、エミリア、お前さんたちの仲間になっているとはな。フッフッフッ。おかしな巡り合わせもあるものじゃ」
運命の引き合わせにより集った3人に面白さを感じ、ひとしきり笑った。
老翁ハンネスは、昼食抜きの強行軍で神経痛の薬を買って来てくれた、カミルたち一行の腹を満たそうと、得意料理を振る舞った。ハンネスが作ったご馳走は、大皿に盛られたサンドイッチと、大盛りのミートソースパスタである。
サンドイッチには、卵やハム、特製ソースで味をつけた各種の野菜が具材として挟まっており、栄養満点で彩りも楽しげだ。ミートソースパスタの方も、盛り具合が頼もしく、若い3人の空きっ腹をしっかりと満たしてくれるだろう。
「今日はよく頑張ってくれたの。さあ、どんどん食べなさい」
料理を食卓に並べ終えたハンネスがそう促すと、空腹に耐えかねていたカミル、エミリア、ソフィーは、素晴らしい食欲を発揮し、ご馳走をよく食べた。
ハンネスは、先程、カミルたちの力になると確約していたが、この老翁は、一行に魔法の稽古をつけることで、どんな困難が待ち受けるか分からない『竜の聖域』を探す旅に、協力するつもりでいる。
遅い昼食を取る前にソフィーが話していた通り、ハンネスは、ラーヴァルトや、近辺の町の総合ギルド界隈において、知る人ぞ知る実力派魔道士である。今は寄る年波に勝てないが、かつては他の冒険者と組んで、数々の難題を解決していたこともあったらしい。
「今日は腰が痛くて思うように動けぬが、お前さんたちが買って来てくれた神経痛の薬を使えば、明日にはまともに歩くなり走るなり、できるようになっておるじゃろう。明日の朝から稽古を始めるぞ。それと、魔法の稽古にはどうしても時間がかかる。お前さんたちは、しばらくわしの家の空き部屋に泊まりなさい」
昼食に続いて、夕食も振る舞ってもらったカミルたち一行は、食事中、ハンネスからそう指示を受け、しばらくの間ラーヴァルトで、修行に時間を費やすこととなった。
カミルたち3人とハンネスが、ぐっすり眠った翌朝。
神経痛の飲み薬と膏薬を適度に使用し、一晩眠ったハンネスは、体の調子がすこぶる良くなったらしく、早朝から家の外で、元気に体操などをしている。
昨日とは別人のようなハンネスの動きを朝早くから目に映し、カミル、エミリア、ソフィーの3人は、信じられないような呆れたような顔をしていた。そんな一行の様子を、このかくしゃくとした老翁は気に留める様子もなく、
「おう! お前さんたち、遅かったな。では早速、魔法の稽古を始めるんじゃが、その前に……」
そう話しかけると、カミルの右腕を手に取り、自身の魔法力をゆっくり高めながら、彼の体に流れる何かの気脈を調べ始めた。




