第2話 書物『聖域の頂き』
ぐっすりと快眠を得た翌日の朝。
根菜を煮込んだスープやバゲットなどで朝食を済ませたカミルは、食後の時間をしばらくゆっくりと過ごしている。そうした貴重な朝のひと時に、何かの包みを抱えた幼馴染の友人アルバンが、カミルの家をひょっこり訪ねてきた。
「どうしたんだアルバン? こんな朝早くから?」
「いや、俺も朝早いなとは考えたんだけど、面白い物を見つけちゃってさ。まあ見てくれよ」
気の置けない幼馴染とはいえ、アルバンが朝から家に来るのは珍しいらしく、カミルは若干面食らっている。それはそれとして、兎にも角にも、彼が持ってきた緑色の布包みを、カミルの部屋に置いてある小テーブルの上で開いてみた。すると、中から古びた書物が現れ、カミルはその表紙を食い入るように見つめている。
古びた書物の表紙には、竜と大剣の絵が描かれており、『聖域の頂き』と、古語で書かれた表題もうっすらと見えた。絵と表題のいずれも、色や印字がかすれかけており、書物が過ごしてきた長い歳月を感じさせるものがある。
アルバンの家は、シューンの村で数少ない商店を経営している。商家の息子である彼の話によると、先日、店の倉庫を片付けている時に、この古びた書物を見つけたらしい。
カミルは先程布包みを開き、大昔の伝統的な技法で描かれた竜と大剣の絵を見た瞬間、体に電流が走ったような衝撃を受けた。その感覚はまだ冷めやらず、運命の導きを感じながら、古びた書物の表紙を見つめ続けている。
カミルが古びた書物の表紙に引きつけられすぎている様子を見て、アルバンは若干不可解に感じたが、
「へへっ、面白いもんだろ。そんなに興味を持ったんなら、ちょっと開いてみるか? 俺もこの書物の中身は、まだ知らないんだ」
と、得意そうに促した。
アルバンに話しかけられたことで我に戻ったカミルは、促された通り、『聖域の頂き』という表題を持つ、古びた書物を開いてみる。
「これは!? 全く読めないな……」
「うーん、そうだな。全部古語で書かれてるみたいだな。表題は何とか読み取れたから、中身も分かるかなと思ったんだが、俺達の知識じゃ歯が立たない」
歴史深い古い書物なだけあって、開いて見たその中身は、全て難解な古語で書かれている。これではどうにもならないと考えたアルバンは、少しの間、カミルの部屋に幾つか備え付けられている調度品類を、ややぼんやりと見ていたが、やがて妙案を思いついたようだ。
「そうだ! エルマー爺さんだ! エルマー爺さんならこの書物をきっと読んでくれるぞ」
アルバンが自分のひらめきに手を打って、エルマー、エルマーと連呼しているが、そのエルマーとは、村外れに住む生き字引の老翁のことである。なかなか博識な老翁で、古語にも十分精通している。
カミルは、アルバンが思いついた妙案に賛成し、村外れに向かおうと支度を整え始めた。普段着に着替えるなど、カミルは少しの間、外出の用意をしていたのだが、
「あっ、そうだ。アルバン、エミリアを誘ってみてもいいかい?」
と、いつも一緒にいる幼馴染のガールフレンドのことが頭に浮かんだらしく、アルバンにそう聞いてきた。それを聞いたアルバンはというと、からかうように笑いながら、
「いいぜ。全くカミルとエミリアは、お似合いのカップルだよ。お熱いことだな」
と、なかなかたくましいカミルの背中を軽く叩き、2人の恋仲をいじっている。カミルは、今し方の自分の発言を振り返り、
(しまった!)
という顔になっていたが、もう遅い。アルバンのいじりに対し、顔を赤らめて黙るくらいしかできることはない。
エルマーの家がある村外れへ向かう前に、ガールフレンドのエミリアを誘ったカミルとアルバンは、今、ノスタルジックな農村らしい小道を歩いている。その小道の両脇には、紫色のカタバミの花がつつましくも可憐に咲いており、そうした田舎の原風景が続く土の道を、まるで3人は、ピクニックにでも行くような気分で、小唄混じりに進んでいる。
仲のよい村の幼馴染たちが、なんとなくウキウキしながら歩いていると、やがて村外れの一軒家にたどり着いた。ここが生き字引の老翁、エルマーの家で、早速カミルは、趣深い樫で作られた玄関の扉をノックし、在宅か否かを確かめてみる。
ノックの後、少し経ち、中から扉を開けて出てきたのは、白ひげを蓄え、穏やかな顔をした、1人の老翁であった。この老翁が件の話に出ていたエルマーである。
「どなたじゃな? おお! これは珍しいお客さんたちじゃな。まあ入りなさい」
エルマーは、カミルたち3人を見ると大層喜び、老翁の一人暮らしにしては広すぎる一軒家に、皆を迎え入れた。カミルたちが通された家の居間は、すっきりと片付けられており、老翁エルマーの几帳面さが、丁寧に拭かれた木製テーブルの清潔感にも表れている。
高齢ながら、かくしゃくと動き、一人で何でもこなせるエルマーは、カミル、エミリア、アルバンを、テーブルの席に座らせると、紅茶と手製のクッキーを用意し、
「まあ、まず食べなさい。甘くて美味しいぞ」
と、柔らかな微笑みを浮かべて促しながら、3人の前に、ティータイムのおやつを置いていった。
エルマーにとって、孫のようなカミルたちの来訪自体が嬉しく、
「何用で来たのだ?」
などと、陰険ジジイのように聞くつもりは全くない。
そのつもりではあったものの、紅茶とクッキーのおやつを食べた後、3人が何かを言いたそうにしているのに気づいたエルマーは、そこでようやく何気ない形を取り、優しく用件を聞いてきた。




