第19話 神経痛
職人街を中心に活況を呈しているラーヴァルトの町はとても広く、老翁ハンネスの所在を探すのにも、それなりに骨が折れそうである。カミルとエミリアはそう考え、幾らかの骨折りを覚悟しながら、町を行き交う人々に尋ねていたのだが、存外に早く、2人はハンネスの家に行き着くことができたようだ。
ハンネスがおおよそ町のどこに住んでいるのか、カミルとエミリアは、エルマーから、その情報を前もって聞けていたため、思いの外すんなり事を運べたらしい。
探し当てたハンネスの所在はラーヴァルトの西地区にあり、カミルとエミリアは、今、彫刻の意匠が奥ゆかしい家の扉をノックしている。軽く扉を叩いた後すぐに、中から白ひげを蓄えた小さな老翁が現れ、
「なんじゃな? お前さんたちは?」
見慣れない若者2人の姿を目に映し、怪訝な表情を浮かべながら、そう聞いてきた。
目の前に現れた老翁の雰囲気を見て、これは間違いないと悟ったカミルは、
「あなたがハンネスさんですね。俺達は、このラーヴァルトから見て北の方角にある、シューンの村から来ました。あなたの友人のエルマーさんに書いてもらった、紹介状を持ってきています。読んで頂けますか?」
と、自分たちが何者であるか、何用でここに来たのかを簡潔に伝える。
ハンネスは、エルマーという思いがけない旧友の名が出てきたところで、表情を穏やかなものに変え、
「なるほど、お前さんたちはエルマーの知り合いなんじゃな。あやつとは何十年も会っておらぬが、懐かしいのう。持ってきた紹介状を読ませてもらおう。家に入りなさい」
そう旧友を懐かしみながら、カミルとエミリアに、家へ上がるよう促した。
健康な若さというのは良いもので、家の居間に上がるなり、カミルとエミリアは、空腹の腹時計を鳴らしている。2人の若い男女の鳴らしっぷりに好感を持ったハンネスは、ひとしきり笑うと、
「昼飯を食べておらぬのだな。ちょっと待っておれ。良いものを出してやろう」
そう声をかけた後、家のキッチンで何かを調理し始めた。手慣れた様子でササッと作ったその料理は、ハムや卵を挟んだサンドイッチである。
ハンネスは、皿に盛ったそれらのサンドイッチと温かい紅茶を、居間のテーブルに並べた後、
「遠慮せず食べなさい。その間に、わしはエルマーからの紹介状を読んでおこう」
カミルとエミリアに、座って空腹を満たすよう促した。空きっ腹をたまりかねていたカミルは、エルマーの紹介状をハンネスに手渡すと、エミリアと一緒にサンドイッチをどんどん食べ始める。
こうしてハンネスに勧められた通り、遠慮なく若い食欲を発揮したカミルとエミリアは、皿に盛られたサンドイッチを、あっという間に食べ切ってしまった。ハンネスは、2人がかけた、そのあっという間の食事時間を利用し、渡された紹介状の内容を一通り読み終えている。
流石に、シューンの村の生き字引、エルマーの学友であっただけはある。ハンネスは老翁ながら、段取りが良く、頭が回る切れ者のようだ。
大方の事情を理解したハンネスは、昼食を取り終えたカミルとエミリアに、
「紹介状を読んでみたが、お前さんたちは旅人なんじゃな。竜の聖域を探す旅か……。懐かしいのう。学生の頃、ちらっとだけ、エルマーがそのようなことを言っておったわい。まあともかく、エルマーの頼み通り、お前さんたちの力になってやるつもりじゃが、少しばかりやってもらいたいことがあってな」
と、話しかけ、2人の旅に協力する代わりの、条件を提示し始めた。
カミルとエミリアは、少しの間だけ顔を見合わせていたが、すぐハンネスの方を向き直し、話の続きに耳を傾ける。
「わしは、見ての通り歳を取っておるよな? そうしたわけで、一人で生活できないほどではないんじゃが、幾らかの神経痛に悩まされておる。その神経痛を緩和、改善するための特効薬が、ムンターという村にあるんじゃが、カミルとエミリアと言ったか、お前さんたちにその薬を買ってきてもらいたいんじゃ。ムンターの村はラーヴァルトの町から見て、少し北に行ったところの丘陵の上にあってな。神経痛持ちのわしが歩いて行くには、ちょっとしんどいんじゃよ」
ハンネスは、若干痛そうに腰を撫でながらそう説明すると、カミルに100ライヒ銀貨1枚を渡し、
「そういうわけで繰り返しになってすまんが、今渡したその金で、神経痛の特効薬を買えるだけ買ってきてくれ。薬が効けば、わしはまともに動けるようになり、お前さんたちの手助けをしてやれるようにもなる。頼んだぞ」
受けるかどうか、彼の返事を聞く前に、薬購入のお使いを押し付けてしまった。
(何も言えなかった……。ハンネスさんは、かなりせっかちな性格なんだろうか?)
ハンネスの話を全て聞き、パッと銀貨1枚を手渡されたカミルは、少しだけ呆気にとられている。
そんな風に、若干面食らってはいるものの、元々、お使いをこなす程度の条件なら引き受ける気でいたのもあって、直ぐに気持ちを切り替えたカミルは、
「分かりました。ムンターの村へ行ってきます。いい薬を買って来ますよ」
痛そうに腰をさする老翁に、快活な若者らしい笑顔を見せながら、そう頼もしく応じた。




