第18話 神家(しんか)教
この物語の舞台、ヴァイテヴェルトでは、天地開闢後、神々の一家が地上に降り立ち、人類に火と文明を与えた後、何処かへ去って行ったという神話が、世界の各地に伝えられている。その言い伝えが、大昔から人々の間に浸透しているのもあり、この世界では一般的に、神々の一家を信仰の対象とする、神家教の信徒が多い。
カミルとエミリアも神家教を信仰しており、それほど熱心ではないが、ある程度の教義に従ってもいる。堅苦しく『従う』と書いたものの、老若男女、世界中の人々に信仰される神家教は非常におおらかで、教義自体は、『利他の精神を心の片隅に持ちながら祈れば、どんな者にも神々の一家が救いを与える』、というこの一文に、ほとんど尽きてしまう。
教会などで働く聖職者になれば、もう少しだけ細々とした教義を守らなければならないのだが、神の存在を感じながら祈るだけでよいという信仰の形は、一般の人々にとって負担が少なく、俗な言い方をすれば手軽なものだ。
ヴァイテヴェルトの各地において、古くから神家教が信仰されている大きな理由の1つとしては、そのおおらかな祈りの手軽さが挙げられるだろう。
そういう信仰の背景があり、神家教の信徒であるカミルとエミリアは、疲れと空腹を押して移動した後、今、教会の扉をノックしている。
扉を叩く音に気づき、中から現れた司祭は、2人の若すぎる男女の姿を見て、
「これは……。どうなされました? このような所でこのような時間に?」
そう様子を気遣いながら、まず事情を聞いた。
カミルとエミリアは、2人で旅をしており、ラーヴァルトの町を目指していること、この教会で一晩休ませて欲しいことの2つを、司祭へ向けて丁寧に話す。事情を一通りつかめた司祭は、2人の求めに快く応じ、早速、一宿一飯を提供する支度に取り掛かった。
「よかったな、エミリア。一時はどうなるかと思ってたけど、ようやく休める」
「本当ね。ありがたいことだわ。あっ! あそこに祭壇があるわね。私たちを助けて下さった神々の一家に、お祈りしておきましょ」
司祭が数人のシスターと共に、食事と寝具を用意してくれている間、手持ち無沙汰になったカミルとエミリアは、そう会話を交わした後、神々の一家の彫像が祀られている祭壇の前に立ち、2人で敬虔な祈りを捧げている。
司祭とシスターからささやかなもてなしを受けたカミルとエミリアは、一晩ぐっすり眠り、十分な英気を養えた。すっかり元気になった若い2人は、翌朝教会を出立し、目的地ラーヴァルトへ向けて、残りの道程をどんどん進んで行く。
昨日に引き続き、今日の旅路の途中でも、カミルとエミリアは、狼犬型モンスターヴォルに遭遇したのだが、今回のエンカウントで現れたのは2頭だけであった。前回の戦いで要領をつかんだ2人は上手く立ち回り、この戦闘において全く手傷を負うことなく、2頭のヴォルを倒している。
昨日と今日、2回の戦闘を切り抜けたカミルとエミリアは、ここまでの合計で5本のヴォルの尻尾を手に入れた。旅を始めたばかりで路銀がいくら嵩むか分からない2人にとって、ヴォルから回収したこの戦利品は、とても貴重な換金アイテムだ。尻尾を金に換えるため、目的地到着後、総合ギルドに忘れず立ち寄らなければならない。
こうして、ヴォルとのエンカウントを難なく切り抜けたカミルとエミリアは、その後、街道をしばらく進み、ついに、目的地ラーヴァルトの町へとたどり着く。
カミルとエミリアが到着したばかりではあるが、ここで、ラーヴァルトの町の立地的特徴と産業構造を評価し、まとめたものを、以下に記しておこう。
(四方を深い森林に囲まれたラーヴァルトは、森の町として周辺地域に知られている。豊富な森林資源を有するラーヴァルトでは、林業が盛んに行われており、それは、この拠点の基幹産業と言って差し支えない。
ラーヴァルトにはサンフト川という穏やかな川が流れているのだが、その源流は、町北側の森林地帯を遡った所に存在する。森林地帯で切り出された丸太は、そのサンフト川の流れを上手く利用し、川船の水運網で町に運ばれている。このように、合理的な木材の輸送システムが、ラーヴァルトの杣人の間で伝承されていることも、林業が基幹産業的に発達している一因として挙げられる。
サンフト川の水運網によって運ばれてきた丸太は、ラーヴァルトで全て無駄なく有効利用される。この森の町には、木材加工場、家具工房、大工ギルドなどといった施設が建ち並ぶ、職人街が形成されており、森林地帯で切り出され、運ばれた丸太は、腕の良い職人たちが次々と加工していく。また、作られた家具や木材、技術を持った職人たちを各地に輸送する、馬車などの運送手段や移動手段も発達している。
総括すると、町全体に富を循環させる、林業を中心とした流通経済システムが、ラーヴァルトを栄えさせており、その体制は、これからも盤石と言えるだろう)
森の町ラーヴァルトに入ったカミルとエミリアは、活気ある職人街の光景を物珍しそうに見ていたが、町の時計台の鐘を聞き、今はもう、昼を回っているのに気づいたらしい。
「なかなか観光気分というわけにもいかないな。忙しい旅だよ」
「ふふっ、そうね。色々見て回るのは後にして、まずハンネスさんの家を探しましょ」
このように、相性の良い若夫婦のような会話を交わしている2人は、お互いの顔を見て笑い合うと、エルマーから貰った紹介状を渡すため、老翁ハンネスの所在を探し始めた。




