第16話 魔法のポーチ
カミルがガールフレンドのエミリアを連れて、なぜこの商館に来たのか、事情を一通り理解できたマルテは、商館の使用人を呼び、ある物を持って来るよう指示した。マルテから命じられた使用人は、一旦、食堂から引き下がると、ニスで塗られたトレイを持って、戻って来た。そのトレイの上には、上質紙の包みと、1つの青いポーチが乗せられている。
使用人が、よく拭かれた食卓の上にそのままトレイを置くと、マルテは上質紙の包みを開き、カミルとエミリアに中身を見せてみる。紙包みの中には金貨2枚、1000ライヒもの大金が入っており、
「この金貨2枚をあげよう。餞別という言い方はしたくないので言葉を変えるが、私からの支援金だ。長旅になるのだろうから、遠慮なく使ってくれたらいい」
そう話しながら、マルテは港町ネプトスの豪商らしい気前の良さで、カミルに金を手渡した。
全く思いがけない旅の支援金を受け取った2人は、豪商マルテに恐縮しきりだったが、
「ありがとうございます、マルテさん。……それで、こちらの青いポーチの方はどういった物なのでしょう?」
エミリアは、そう頭を下げながら、トレイに置かれたままのポーチが何であるのかを尋ねている。
「ハッハッハッ! そうだよな。これが気になるよな。今から話そう。これは何の変哲もない青いポーチに見えるが、魔法のポーチという大変な優れものだ」
エミリアの質問を受け、よく聞いてくれたと上機嫌になったマルテは、そう前置きすると、目の前にある魔法のポーチについて説明を始めた。
その説明内容は、おおよそ以下の通りである。
(魔法のポーチには、ミニマイズ『縮小』の魔力が組み込まれており、家や、生き物で言えば馬といった大きすぎるものは入らないが、カミルが装備している鉄の両手剣くらいの物なら、縮小してほぼ限りがないほど仕舞える。つまり、限りなく道具を入れておけるポーチで、ミニマイズにより、重さもほとんど無視できる。
ポーチの中には極小のボタンが取り付けられた極小のポケットが無数にあり、その中に1種類ずつ道具を入れておける。所定の道具を取り出したいときは、ボタンをその都度押せばよい。また、同種のアイテム類は、1つのポケットにまとめて仕舞うこともできる)
青いポーチの説明を一通り終えたマルテは、髭を撫でながら、
「カミル、この魔法のポーチが、少し前に約束した、ヴォル退治の追加報酬だよ。なかなかの希少品で、手に入れるのに苦労したんだが、これも支援品としてあげよう。今から本格的に旅を始める2人には、うってつけの品じゃないか?」
カミルとエミリアにそう話すと、包容力のある優しい微笑みを見せた。
マルテの言う通り、この青い魔法のポーチは、長旅を始める2人にうってつけで、これさえあれば旅の困難さは、間違いなく大きく軽減されるだろう。
便利なことこの上ないポーチを受け取ったカミルとエミリアは、豪商マルテにもう一度頭を下げ、その支援に深く感謝を示している。
魔法のポーチと旅の支援金をマルテから受け取ったカミルとエミリアは、商館を後にすると、港町ネプトスの道具屋に移動し、傷薬や魔力回復用マジックポーションなどを買い込んでいった。
2人は、これから長旅を始めていくわけだが、ヴァイテヴェルトに蔓延るモンスターとの遭遇も、当然頭に入れておかなければならない。戦闘で手傷を負うことも、魔力を消費することも、この先多くあるだろう。備えあれば憂いなし。それを旅支度の心得と、しておかなければならない。
また、年若過ぎる2人の旅を心配したマルテは、もう一つの支援として、ネプトスの南につけられた街道を行く、馬車の手配をしてくれていた。
ネプトスは、なかなかの人口規模を持つ港町で、それに伴い一定程度の交通の便も保持している。そうではあるものの、昨今、港町の周辺地域において、ヴォルなどのモンスター出没頻度が上がってきているため、ネプトスからラーヴァルトの町まで行ける直通の馬車を出せていない。
そのため、今からカミルとエミリアが乗ろうしている馬車では、南の街道の途中にある終点駅までしか行けないわけだが、少なくともそこまでは歩く必要がなく、2人は安全に移動することができる。非常に有り難い移動支援と言えるだろう。
御者に切符を渡した後、他の乗客と一緒に馬車へ乗り込んだカミルとエミリアは、幌の中の座席で揺られながら、整備された街道を進んで行く。
「終点、ネプトス南の駅です。ここからラーヴァルトの町までは、まだまだ距離がありますよ。お気をつけて」
南の街道途中にある、終点駅に到着したカミルとエミリアは、馬車から降りる際、親切な御者からそう声をかけられた。
ここから先は、モンスター遭遇の危険を伴う本格的な旅になる。
(頼れるのはエミリアだけ)
(頼れるのはカミルだけ)
南へまだまだ伸びる道を眺め、ほとんど同時にそう考えたカミルとエミリアは、お互いの顔を見てうなずき合うと、ラーヴァルトの町を目指し、初めの一歩を踏み出していく。




