第15話 自分の言葉で
マルテ商館前に来たカミルとエミリアは、昼の日差しに映えるライトブルーの外壁の美麗さを、しばらくの間、眺めていた。マルテの親戚であるカミルは、この間、商館を訪れたばかりなのだが、瀟洒な建物の雰囲気は、何度見ても新たな感動を覚えさせてくれる。最近、商館を訪れたカミルがそうなのだから、初めてこの立派な建物を見るエミリアの感動は一入だろう。
建築物として、マルテ商館の美しさは他のものと一味違う。ただ、外観に見惚れ続けていると、長距離を歩いてきたカミルとエミリアの空腹が進むばかりだ。それに気づいた2人は、空腹よりも事を進めるため、商館内へと入って行く。
「いらっしゃいませ……おや? カミルじゃないか?」
カミルとエミリアは、商館のエントランスホールに入るとすぐ、恰幅のよい男から来館の挨拶を受けると同時に、そう呼びかけられた。怪訝な顔でカミルの名を呼んだその男は、商館の主、マルテである。
「ふむ……。ガールフレンドと一緒に来たのか。その格好からすると、何かわけがありそうだが、ここで聞くのは野暮だな。2人とも食事をまだ取ってないんだろう。まず一緒に食べよう」
物々しい装備を身に着けたカミルとエミリアの姿を見て、何となく事情を察したマルテは、この商館に来た理由を全く聞かないまま、まず2人と一緒に昼食を取ることにした。港町ネプトスで幅を利かせる商人として、マルテは懐が深い所を見せている。
折しも昼時であり、商館専属のコックは、昼食の調理に取り掛かっていたのだが、雇い主のマルテからの頼みにより、急遽、追加の料理を作り始めた。カミルとエミリア、食べ盛りの2人が腹を空かせていると聞き、コックは追加分を張り切って調理している。
カミルとエミリアが、マルテとそれとなく話をしながら、商館内の食堂で少し待っていると、食卓にお待ちかねの料理が運ばれてきた。今日の昼食のメニューは、商館の香辛料と調味料を使って焼いた肉料理がメインで、副菜としてコールスローサラダが別皿に盛られている。
「わぁ~! 美味しそう! いただきます!」
「いただきます。うん! これはうまい!」
空腹をたまりかねていた所に、このようなご馳走を出されたのだから、2人の若者の食欲は、矢も盾もたまらなかった。香ばしく焼かれた肉料理をおかずに、ライスがどんどん進んでいく。あっという間に一皿目のライスを平らげたカミルとエミリアは、どちらも給仕係におかわりを頼んだ。
マルテはゆっくりと料理に手を付けながら、仲の良いカップルの食べっぷりを見て、にこやかに笑っている。
皆で美味しいご馳走を残さず食べ、一服ついた昼食後、マルテはそろそろ頃合いと考えたのか、
「それでカミル、いったいどうしたんだ? ヨセフのお使いで、ここに来たというわけでもなさそうだが」
と、満腹で気が休まってきたカミルに、穏やかな口調で用件を聞いた。
カミルは、自分の言葉でどこまで話したものかと、少し悩んだのだが、
「俺は両親に無理を言って、旅を始めました。それで……ここにいるエミリアを巻き込んで、連れてきてしまった形なんですが、彼女も旅に出るに当たって両親の許可を貰ったそうです」
「ほう、2人で旅を始めたと?」
まずシューンの村を、エミリアと出てきた経緯について、たどたどしいながらも、できるだけ簡潔に説明していく。
カミルの一生懸命さを十分感じ取ったマルテは、所々で合いの手を入れながら、彼の話を一部始終黙って聞いた。
「竜の聖域を探す旅か。壮大な話だが、カミルが小さい頃からよく見ている悪夢との関連性を考えると、確かに偶然ではないのかも知れないな。その『聖域の頂き』という書物にカミルが出会ったのは、運命の引き合わせなのかも知れない」
マルテは、理解ある従伯父としてカミルの話を否定せず、共感しながら聞いた後、そう感想を述べている。マルテが、非常に柔軟な考え方を持つ従伯父であるのは分かっていたのだが、ここまで自分の話に理解を示してくれたことがとても嬉しく、カミルはその感想を聞きながら、一種の深い感動を覚えていた。
「それで、ヨセフから私に宛てた手紙を持ってきたと言ったね。それを見せてみなさい」
「あっ……。はい、分かりました」
自分の話を全く否定されなかったカミルは、嬉しさのあまり若干心ここにあらずだったのだが、マルテにそう促され、我に返ったようだ。カミルは少し慌てつつ、一通の封書を布袋から取り出し、従伯父のマルテにそれを手渡した。
封筒の中から便箋を取り出し、その内容を読み始めたマルテは、少しばかり表情をシリアスなものに変えている。ヨセフの手紙には、おおよそ今し方、カミルが話した内容と合致することが書かれており、その文末は、
(マルテ、無理を言ってすまない。息子のカミルに協力してやってほしい)
という、一人息子を案じる親心で閉じられていた。
ヨセフからの手紙を一通り読み終えたマルテは、表情をにこやかなものに変え、
「本当に無理を言って家を出てきたんだなあ。ヨセフの心情が私にはよく分かるよ。まあそれはそれとして、旅の協力はしよう。エミリアちゃんと言ったか。可愛いガールフレンドを連れての旅だと、余計心配だからな」
そうカミルをいじりつつ、協力を惜しまないと応えている。
ここでも恋仲をいじられてしまった御両人は、慌てて顔を赤らめるより他はなかった。




