第14話 港町の活況
旅立つ前に、きちんと礼節を示しに来たカミルとエミリアに対し、エルマーは旧友への紹介状を渡すという形で応えてくれた。大恩人から思いがけない餞別を受け取り、当面の行動指針を定めることができた2人は、いよいよシューンの村を旅立っていく。
先程、何となく格好が悪く、大恩人のエルマーにも話せなかったのだが、カミルは旅支度を整え、実家を出る前に、港町ネプトスで商館を営む従伯父のマルテに宛てた手紙を、父ヨセフから受け取っている。エルマーから「旅の当てはあるのか?」と聞かれたとき、ヨセフから貰ったこの手紙を見せていれば、話はもう少しだけスムーズな方向に変わっていたのかも知れない。
そうではあるのだが、旅立つに当たって、
(親から過保護を受けている)
そんな気がしていたため、カミルは、ヨセフの手紙をエルマーに見せなかったようだ。
若者なりのプライドの邪魔があったゆえに、カミルは、エルマーの家でほんの少し素直になれなかったのだが、基本的に彼は、親や年長者の助言をちゃんと聞き入れる良い青少年である。
エルマーの家を出て、素直さを取り戻したカミルは、
「父さんは、『まず最初にネプトスへ行き、マルテに会ってこの手紙を渡せ』と言ってた。南方にあるラーヴァルトの町へ行くにしても、どの道、ネプトスを経由しないといけない。言われた通りネプトスに行こう、エミリア」
「そうね。それが一番いいはずだわ。ふふっ、カミルとネプトスに行くなんて初めてだよね」
エミリアと、そう会話を交わした後、父と恩人が示してくれた旅の指針通り、シューンの村から見て東にある、港町ネプトスへ向かって行く。
旅に長距離移動がつきものなのは言うまでもなく、今、カミルとエミリアは、シューンの村から港町ネプトスへと続く街道を、テクテクと歩いている。
カミルは、父ヨセフとネプトスへ向かうとき、借馬を移動手段として使っていたのだが、今回そうしなかったのは、騎乗の心得がないエミリアに合わせたからだ。また、馬屋で馬を借りると相当程度の路銀がかかってしまう。そのため、今のところ少ない旅の資金を節約する意味も含め、2人は徒歩で移動している。
港町ネプトスまでは、馬だと半日ほどで着く道のりだが、歩いていけば、どうしても日をまたいでしまう。幸い、シューンからネプトスまで続く街道沿いには、民家がポツリポツリと点在していたため、カミルとエミリアは、その内の一軒を頼り、今日の日が暮れる頃に一宿一飯を請うことにした。
「あら! あんたたち! どうしたんだい? 若い男と女がこんなところでこんな時間に?」
「それが……。私たちは旅をしていまして……」
カミルとエミリアは、共に16歳の若すぎる男女だ。その2人が日暮れ頃に、こんな辺鄙な所にある家の扉をノックし、一晩泊めてほしいと頼んできたのだから、今しがた玄関から出てきた体格のいい奥さんも、これはただ事ではないと思うに決まっている。
そんなわけで、なかなか迫力のある奥さんは、最初、2人が駆け落ちでもしたものと考え、何かしら力になろうと早とちりしていたのだが、エミリアが、
「そうじゃないんです! そうじゃないんです! 私もカミルも、一応、親から旅の許可を貰っています。純粋に旅をしているだけなんです。時期が来れば、シューンの村に戻ります」
顔を真っ赤にしながら、そう必死に説明したことで、ようやく誤解が解けてきた。この先もカミルとエミリアは2人旅を続けていくわけだが、今回のように、あらぬ誤解を受けるケースが多くなるのかもしれない。
ともかく、親切で迫力のある奥さんと、人の良い旦那さん夫婦のもてなしを受け、今日の疲れを取ったカミルとエミリアは、次の日の早朝、この民家を出立した。
家を出るとき、一宿一飯のお礼にと、カミルは幾らかの金を渡そうとしたのだが、親切な夫婦はどうしても貨幣を受け取らず、
「そんなことは気にしなくていい。それよりも達者で行きなさい」
このようにやんわりとだが咎められてしまった。それだけ若い2人を気に入り、旅の行く末を心配しているのだろう。こうして互いの縁をつないでいく人の恩というものは、非常に得難く有り難い。
早朝の出立後、休息十分なカミルとエミリアの足取りは軽く、残りの道程も順調に進み切った2人は、昼前に港町ネプトスへとたどり着いた。
「わぁ~! とても賑やかね~! 私は久しぶりにネプトスに来たんだけど、やっぱりシューンの村とは活気が全然違うわ。シューンも長閑でいいんだけどね」
エミリアがそう感嘆の声を上げている通り、日差しを受けて輝く港町の光景は壮観で、どこもかしこも活況に満ちていた。特に今の時間、繁華街がある地区の飯処はどこも繁盛しており、肉や魚をこんがりと焼いた、料理の良い匂いを辺りに漂わせ、客を更に呼び込んでいる。
「それにしても、ここまで歩きっぱなしだったから腹が減ったなあ。どっかの飯屋に飛び込みたいよ」
「私もそうよ。でも、あなたの従伯父のマルテさんが商館にいらっしゃるんでしょ? そこまでもう少しだから、先に行ってみましょ」
カミルとエミリアは、美味しそうな匂いを漂わせている飯処の誘惑を、一旦、何とか断ち切ると、今いる繁華街からほど近い、マルテ商館へと、まず向かった。




