第13話 心強い餞別
シューンの農村をひっそりと旅立とうとしていたカミルだったが、エミリアに見つかり、そのまま青髪の彼女は、あれよあれよという間に旅の同行者となってしまった。こうなった以上、もはや人目を忍んでシューンを出る必要はなく、物々しい装備を身に着けているカミルは、開き直って村の出入口に向かおうとする。
「ちょっと待って! カミル! あなたも私もエルマーお爺さんにお世話になったでしょう? 旅立つ前に挨拶をしておいた方がいいと思うの」
カミルは固めた決意通り、シューンの村を出ることばかり考えていたのだが、エミリアにそう呼び止められ、ハッと気づいたようだ。
「確かにそうだ。俺は気が焦ってるんだな。エルマー爺さんは俺達の恩人だ。村を出る前に会っておかないと……」
エルマー翁はカミルにとって、自分が為すべきことは何か、それに気づかせてくれた大恩人である。エルマーが、古語で書かれた『聖域の頂き』を翻訳してくれていなければ、カミルは、おぼろげながらに見え始めた自分の使命に、これから先も気づけなかっただろう。また、エミリアにとっても、エルマー翁は、魔法の才能を見出し、稽古をつけてくれた恩人……というより、師匠と言える。
2人にとって大恩人であり師匠でもあるエルマーに挨拶もせず、シューンを旅立つわけにはいかない。ここまで恩をかけてくれた人に向け、きちんとした礼節を示すことの大切さに気づけたカミルは、方向転換すると、エミリアを連れて村外れのエルマーの家へと歩いて行く。
樫の扉から聞こえるノック音に気づき、玄関から出てきたエルマーは、カミルとエミリアの物々しい姿を見て、すぐに事情を察したらしく、
「無茶をするなと言ったつもりだったんじゃが、無茶を始めるようじゃな。お前さんたち」
といった風に、幾らかの呆れ口調である。そうは言うものの、いずれにしろこうなるだろうという予測はしていたらしく、エルマー翁の表情に乱れは微塵も見えない。穏やかそのものといったところだ。
エルマー翁の目は節穴ではない。翁の眼力でカミルとエミリアの顔を見れば、それぞれの旅の決意がしっかり固まっていることくらい、すぐに分かる。エルマーは、こういう決意に満ちた顔になっている若者を久しぶりに見たらしく、少し微笑みを浮かべながら、旅立ち前の2人を家に上げた。
シューンの村をこれから立つカミルとエミリアに向けて、餞のつもりなのだろうか、今日のエルマーは紅茶の他に、磁器の皿に乗せた小さなケーキを振る舞っている。そよそよと柔らかく流れ込む初夏の薫風を感じながら、カミルとエミリアはケーキの甘さを味わっているわけだが、一旦旅立ってしまえば、こうしてシューンの村で過ごす時間は、しばらくの間、取れなくなる。
カミルとエミリアの旅の決意に、もちろん迷いはない。そうではあるものの年若い2人は、茶菓を楽しみつつ、一旦ではあるが、エルマーに別れの挨拶を述べるとき、故郷を離れる一抹の寂しさを心に感じていた。
寂しさと若干の不安に駆られているカミルとエミリアの心情を察したエルマー翁は、
「まず、最初の目的はどうする? 何となくでも旅の当てはあるのか?」
などといった問いかけを2人にしてみたが、イマイチ明確な答えが返ってこない。
(初めての旅じゃ。無理もない。じゃが……それにしても心配になってくるのう)
決意が固い割に、旅の計画がふわふわとしている2人の様子を見て、気にかかってしまったエルマーは、
「お茶を飲みながらちょっと待っておれ」
そう伝えると、居間の文机に向かい、愛用の万年筆で何やらしたため始めた。
カミルとエミリアが、言われた通り、残りの紅茶とケーキを味わいながら待っていると、
「よし、できた。これでよかろう」
文机の方からエルマーの声がそう聞こえてくる。どうやら便箋にしたため終えたようだ。
万年筆を文机に置いたエルマーは、書き上げた文章を読み返し、ゆっくりうなずいた後、居間のテーブル席に戻って来た。椅子に座ったエルマー翁は、目の前のテーブルに一通の手紙を置き、カミルとエミリアにそれを見せてみる。
「エルマー爺さん、これは?」
「わしの旧友に宛てた紹介状じゃよ。シューンの村を出て東に行けば、港町ネプトスがあるな? そのネプトスから見て南にあるラーヴァルトの町に、ハンネスという爺さんが住んでおる。わしの学生時代の同級生じゃ」
エルマーは、書いた手紙がどういった物なのか、そう説明すると、更に詳しく話を続ける。
「お前さんたちは若く、経験も少ない。モンスターの活動が活発な大陸の北へ向かうのには、恐らくまだ実力不足じゃろう。であるから、まず南のラーヴァルトに行き、ハンネスにこの紹介状を渡せ。どういう形になるかは分からんが、お前さんたちの力になってくれるはずじゃ」
旅に出るにしろ、最初の目的がしっかり定まっていない2人のために、エルマーは、何をすればよいか、当面の行動指針をそう示した後、餞別としてハンネスへの紹介状をカミルに手渡した。
「ありがとう! エルマー爺さん! 何から何まで……」
「よいのじゃ。また無事な姿を見せに来るんじゃぞ」
この上なく有り難い旅の支援を受けたカミルは、エルマーに、そう何度も頭を下げ、心からの感謝を示すより他はなかった。




