第11話 使命
「旅に出たい。そして、俺がよく見る悪夢の正体を突き止めたい。この書物の内容と、悪夢とのつながりを考えると、これはもう偶然とは思えない。竜の聖域と書物の表紙に描かれている大剣、俺は悪夢の中でこの2つを、間違いなく何度も見ている。そんな気がする……」
エルマーの問いかけに対し、カミルは本気の目でそう答えた。エミリアは、ボーイフレンドの普通でないその様子を見て大きく動揺し、現実感を失っている。カミルに何かを言おうと、エミリアは、彼の肩に手を伸ばしたが、心の乱れは収まらず、適当な言葉が何も浮かばない。
カミルは、案じてくれるエミリアの手を気にすることなく、
「この数年で急激に、世界に不穏な噂が広まってきているよね? こんな長閑なシューンの村にまで、良くない噂が流れてきている。世界に漂う不穏な空気と、エルマー爺さんが解読してくれた書物の内容、それに俺がよく見る悪夢。俺がおかしくなったんじゃないかと、皆は感じるかもしれない……。だけど、竜の聖域を探す旅に出れば、小さいにしろ何にしろ、俺は何か世の中の役に立てるんじゃないか、そんな気がするんだ」
迷いのない顔で、自分の考えを皆に打ち明けた。
エルマー、エミリア、アルバンは、カミルの告白を聞き、しばらく言葉もない。静寂が流れる間、3人ともシリアスな表情でカミルの告白を反芻し、その心の内を考え続けていたが、
「志は立派だが、カミル、お前には両親がいる。ヨセフとハンナに心配をかけぬよう、あまり深刻に考えるな。それは、お前の若さで背負い込める使命でもない」
と、エルマーが、短い言葉に含蓄を込めてカミルを諭し、彼の思いを一時的に収めた。
深刻な告白を聞いたエミリアとアルバンは、その心情を思いやり、エルマーの家からの帰り道、交わす会話も少なめだったが、
「じゃあ、またな」
「またな」
「またね」
別れ際、いつも通りの笑顔で手を振るカミルの姿を見て、2人とも常日頃の安心感を覚えている。
(いつものカミルだわ。旅に出たりするわけないよね。明日も、いつも通りまた会える)
カミルの後ろ姿を見送るエミリアは、そう自分に言い聞かせ、心の中に燻る不安感を打ち消そうとした。
村外れからカミルが家に帰ると、もう時刻は昼下がりになっていた。父ヨセフと母ハンナも、今日の農場での仕事を終え、家のダイニングでティータイムの休息を取っている。
カミルは、父と母の間に流れる、和やかなくつろぎの空気を見て、エルマーの忠告が一瞬頭の中をよぎったが、それを振り払い、ヨセフとハンナに、
「父さん、母さん、聞いてほしい。俺は旅に出たい」
と、抑えきれない自分の衝動を打ち明け始めた。
一人息子の突然の宣言を聞き、ヨセフとハンナは少しの間、押し黙っていたが、
「カミル、お前は近頃、困ったことを言うようになったな。まず、ここに座ってお茶を飲みなさい」
カミルの父は慌てることなく、かと言って話にとりあうこともなく、紅茶を飲んで落ち着くよう促している。
カミルはヨセフの言葉に従い、ハンナが黙って淹れてくれた紅茶を一口飲んだ後、
「旅に出たいと冗談で言っているわけじゃないんだ。俺の話を聞いてほしい」
今まで両親にも見せたことがない表情でそう訴えると、物心ついた頃からよく見る悪夢と、今日、エルマー翁が話してくれた、書物『聖域の頂き』の内容との一致点を絡め、自分の思いを告白した。
「お前が小さい頃からその悪夢を見ているのは、よく分かっている。俺もハンナも親として、悪夢に苦しむお前を何とかしてやりたいと、常々思ってもいる。だかなカミル、お前が言う竜の聖域と悪夢につながりがあったとして、お前が旅に出る理由にはならんぞ? 竜の聖域を探す旅に出るなんて駄目だ! 何を考えているんだ!」
「そうよ! どうしてしまったの!? カミル!? お父さんとお母さんを困らせないで! 他のことならともかく、旅に出るなんて絶対ダメ!」
カミルの告白を聞いたヨセフとハンナは、息子を心配し、想うあまり、非常に強い口調で咎めている。両親からの大反対に遭うことは、予期していたカミルだったが、感受性が高い彼は、ヨセフとハンナが愛情から自分を咎めているのを分かっており、その分、心が辛い。
それでもカミルは心の痛みを押して食い下がり、両親に真剣な眼差しを向け、旅に出たい理由を根気よく話し続ける。すると、父ヨセフは苦い顔ながら、聞く耳を持ち始めた。
ヨセフは、心を掻き乱し、叫ばんばかりに一人息子を咎めているハンナをなだめながら、
「世界を巡る旅に出るということは、命を落とす可能性もあるということだ。カミル、お前はそれを分かっているんだな?」
カミルの目を真っ直ぐ見てそう問いかける。
父の問いかけを受けたカミルは覚悟を決め、黙ってゆっくりとうなずいてみせた。
ヨセフはカミルの目を見つめたまま、しばらく考えていたが、やがて、妻ハンナの方を向き、
「旅に出してみるしかない。こいつの頑固は本物だ。どうしてこうなってしまったのか……」
ため息混じりに息子の説得を諦め、旅の許可を出そうと決断した。
思いがけない夫の決断にハンナは呆然としていたが、彼女も母として、諦めるしかないのを悟り、
「カミル、あなたは困った子に育ってしまったんだね。私たちが知らないうちに……」
泣き顔になっていたのをぐっとこらえ、最愛の一人息子を抱きしめる。




