第10話 カミルの決意
ヨセフとカミルの父子が港町ネプトス北の街道付近で、ヴォルの群れを討伐してから一週間が過ぎた。その一週間は、心身共、今が伸び盛りのカミルにとって、非常に充実した時間になっていたようだ。
ネプトスからシューンの村への帰路、父ヨセフは道すがら、息子のカミルに、今までより厳しく剣の稽古をつけることを約束した。その約束通り、ヨセフは生業としている農作業の合間を見て、カミルに一週間みっちりと、実戦的な剣術を教えている。
ヨセフが予め告げていた通り、今までより本格的で厳しい剣の稽古であったが、カミルは持ち前の素養でそれをこなし、短期間で飛躍的に自身の実力を高めていった。
カミルが厳しい鍛錬の日々を送っている間、いつも一緒にいるエミリアはというと、ボーイフレンドの彼にあまり構ってもらえず、幾らかの不機嫌さを隠せない様子であった。
そうは言うもののエミリアは、剣の稽古を着実にこなし、日に日にたくましくなっていくカミルの姿を見て、
(見違えるほど強くなってる……。剣を扱えない私にも分かる)
彼の成長と努力を、そう認めてもいる。
カミルが自家農場や、家の近隣などで、充実の時間を過ごしていたある日。
商家の息子であり、幼馴染の友人でもあるアルバンが家を訪れ、
「エルマー爺さんに古い書物を預けたの忘れてないよな? 解読がいい感じに進んできた頃じゃないか?」
と、カミルに、村外れに今から行こうと持ち掛けてきた。カミルは、鍛錬と農作業の日々を送りながらも、書物『聖域の頂き』に関しては、片時も忘れておらず、
「いいタイミングで来てくれたよ、アルバン。エミリアを誘ってエルマー爺さんの家に行こう」
と、親友の肩をポンと軽く叩きながら、そう応じる。
アルバンは、エミリアの名前が、あまりにも自然にカミルの口から出てきたのもあって、このとき2人の仲の良さを、茶化す気にもならなかったらしい。
外着に着替えるなど、家で外出支度を軽く整えた後、仲良く談笑しながら小道を進んで行ったカミル、エミリア、アルバンの3人は、今、村外れに建つエルマー邸の前にいる。
その幼馴染3人の内、カミルが意匠深い樫の木の扉をノックすると、
「ふむ来たか」
という言葉と共に、老翁エルマーが家の中から現れた。まるで、彼ら彼女らの来訪を見越したかのような、口ぶりですらある。
カミルたち3人を家に上げ、居間の木製テーブル辺りに置かれている椅子に、それぞれ座るよう促すと、エルマーは早速、書物『聖域の頂き』の解読状況について、
「アルバンからこの書物を借りて、幾らかの日数が経ったの。まだまだ完訳には程遠いんじゃが、『聖域の頂き』の翻訳は進んでおる。今までで翻訳できている部分を、お前さんたちに話そう」
こう前置きを述べた後、以下の内容を話し始めた。
(竜と竜騎士、竜使いが共存して住む竜の聖域は、このヴァイテヴェルトの世界からほとんど隔絶された、異世界とも言える広大な空間に存在する。極めて侵しがたい竜の聖域へヴァイテヴェルトの者達が行くには、神話的な条件をクリアする必要がある。その条件とは、竜の聖域に存在する神竜が創り出した4頭の守護竜を打ち倒し、それらが持つ4色の宝輪を、ある場所に捧げることである。
聖域に足を踏み入れたい者が倒すべき4頭の竜は、レッドドラゴン、ブルードラゴン、イエロードラゴン、あともう1頭については、『聖域の頂き』の解読がまだ不完全であるため、今のところ不明となっている)
エルマーが前置きで述べていた通り、難解な古語で書かれた、書物『聖域の頂き』は、まだまだ完全に翻訳できていない。この古びた書物は、古語に精通しているエルマーでも非常に手こずる代物であり、
「まあ何とか訳らしい形にできたのが今の部分じゃ。わしも頑張ってはみるが、4頭の守護竜の所在や、4色の宝輪を捧げる『ある場所』について、何かしら分かってくるのは、大分先のことになるじゃろう」
と、愛用の万年筆で書いた翻訳メモを見ながら、カミル、エミリア、アルバンに、予めの断りを伝え、話を一旦締めくくった。
ヴァイテヴェルトの世界には、西の大陸、東の大陸と呼ばれる、2つの広大な大陸が存在する。シューンは、その西の大陸中央から見て東部に位置するのだが、最近、看過しがたい不穏な噂が、この鄙びた農村にも流れてきている。
その噂とは、各地でモンスターの出没頻度が徐々に高まってきていること、西の大陸北部において、特にモンスターの動きが活発化していることの2つである。
書物の解読文について話を締めくくったエルマーは、それらの良くない噂を、漠然と頭に浮かべて考えながら、カミルたち3人の顔をしばらく眺めていたが、
「カミル、思い詰めた顔をしているようじゃが、何か考えていることがあるのか?」
唐突に、しかし優しい口調で、そう問いかけた。
心を見抜かれたような問いかけを受け、カミルは一瞬だけ戸惑った。
だが、カミルは直ぐ我に返り、回答を導くため、ここまでエルマーが解読してくれた、書物『聖域の頂き』の内容と、自分がよく見る不思議な悪夢とを、頭の中でバランス良く照らし合わせる。
心と考えの整理が十分ついたカミルは、決意を込めた表情で、エルマーの問いかけに答え始めた。




