第25話 名と役が重なるー大狼の胎動ー
第25話 名と役が重なる時 ―大狼の胎動―
■ 近江・観音寺城 広間(義仲一人称)
京からの使者が去った後、広間には沈殿したような静寂が残った。静かな中に義仲は重臣と共に居た
目の前の机に置かれたのは、朝廷からの宣下。
(……従五位下・左衛門佐。立派な紙に、立派な墨跡ださすが弱っているとはいえ朝廷だな)
俺はそれを指先で軽く叩く。
(左衛門は京の門を守り、治安を司る役。朝廷は、俺に『都の番犬』になれと言っている。三好や筒井が暴れれば俺が尻拭いをし、都で血が流れれば俺が責を負う。……実に、食えない連中だしかしこの官位もあまり意味を成してないと思うが)
「左衛門佐……。お館様、これで六角の武威は、名実ともに都の公認を得たことになりますな御館様も少しは気が許すのでは?」
蒲生賢秀が、感慨深げに目を細める。だが、側近の宇野宗秀の目は笑っていなかった。
「……名誉なことですが、重すぎます。これからは、都の不始末はすべて『左衛門佐』の責任にされかねませぬ六角家は周りを敵に囲まれる状態ですしね幕府や朝廷としてたら良い鴨かもしれん」
(その通りだ、宗秀。お前はよく分かっている。だが、今の俺にはこの『首輪』が必要なんだ。三好を牽制するためのな)
俺はゆっくりと立ち上がり、並み居る家臣たちを見渡した。
「浮かれるな。これは褒美じゃない、泥を被るための許可証だ。俺は左衛門佐として京に睨みを利かせる。だが、そのために近江の守りを薄くするつもりはない。……両方だ。俺は両方やるぞそして父定頼の遺志を継ぎこの六角家を発展していく!」
「さらには、幕府より伊賀守護の打診も。……お館様、本気でございますか? あの魔境を引き受けるなどそれこそ定頼公もお受けを躊躇なされましたぞ」
「ああ。伊賀は三好や筒井の『裏口』だ。そこを俺が押さえれば、奴らの呼吸は止まる。……リスクはあるが、リターンは天下の喉首だ」
(伊賀を引き受けるということは、影の戦いを引き受けるということ。……俺の代で、六角は清濁併せ呑む怪物にならねばならん)
その時、小川盛長が、少し躊躇いながら口を開いた。
「……殿。近頃、京の路地裏や寺社では、殿のことをこう呼ぶ者が増えているそうです。――近江の大狼、と民までも口揃えて言っておると」
「大狼……?虎でも獅子でも龍無いのか…」
(狼、か。虎のように吼えず、龍のように天を舞わず、ただ群れを連れて獲物を追い詰める。……ふん、皮肉にしては上出来だ)
「宗秀。……俺が狼に見えるか?どう見える民草や公家共や敵共が言ってる事は正しいか?」
「……吠えずに、急所をじっと見定めているところなどは、左様にございますな」
宗秀が少しだけ口角を上げた。俺は鼻で笑い、夜の風が入る窓の外を見つめた。
■ 京・勝龍寺城 三好長慶の独白
三好長慶は、冷えた酒を口に含んだ。
「左衛門佐、そして伊賀守護か。……六角の若造、手際が良すぎるなまるでこの件をずっと前から考えて付いておったような気するな」
傍らの松永久秀が、面白そうに目を細める。
「ええ。我らの抜け道を公然と塞ぎに来ました。しかも朝廷と将軍、両方の権威を盾にしております。力で叩けば『公敵』にされ、放置すれば首を絞められる」
「ふん。……かつての定頼公は『盾』であったが、今の義仲は『罠』だ。……あれはもはや、名門の御曹司ではない。己の群れのために、牙を研ぎ澄ませた**『近江の大狼』**だ。弾正、奴を甘く見るな。伊賀の闇に誘い込んで、逆に喰われるのは我らの方かもしれんぞ」
■ 大和・筒井城 筒井順慶の戦慄
筒井順慶は、仏像の前で深く頭を下げていた。だが、その心は平穏とは程遠い。
「……伊賀に六角が座る。これは大和の耳を塞がれるに等しい手を打ち獲物来るのを持つまさに狼の狩りの仕方そのもの…」
島左近が、主君の背後で腕を組む。
「殿、義仲殿は本気です。京で剣を抜かなかったのは、慈悲ではありません。あれは、より確実に我らを仕留めるための『盤面』を整えるための沈黙。……まさに狼の狩りです」
(六角義仲……。あの男の『正々堂々』は、もはや恐怖ですらある。仏罰よりも恐ろしいのは、正論を武器にする飢えた狼か。……大和の僧兵どもにも、釘を刺さねばならんな)
■ 伊勢・大河内城 北畠具教の武者震い
北畠具教は、木刀を振り下ろした後、汗を拭いもせずに笑った。毎日の鍛錬で引き締まった身体に汗出しながら木刀をしたすら振りながらも
「面白い。六角に**『大狼』**が現れたかここ最近はずっと三好長慶や六角定頼以外は骨のある武士現れておらんかった」
伊勢の山を越えれば、そこは伊賀。そして近江。
「名と役を引き受け、退路を断ってこちらを睨んでいる。……義仲よ、その牙、伊勢の剣豪であるこの俺に通じるかどうか。伊賀の山で、一度試してやりたくなったわ」
■ 近江・夜の縁側(義仲一人称)
城下の灯りは静かに揺れている。
だが、その暗闇の向こう側で、三好、筒井、北畠……天下の強者たちが俺の動向を注視しているのが肌でわかる。
(左衛門佐。伊賀守護。近江の大狼。……名前ばかりが、俺の体より先に大きくなっていくな)
俺は碧金の刀の柄に、そっと手を置いた。
(だが、名に実を伴わせてみせる。逃げ道はない。俺が止まれば、近江が喰われる。俺が歩けば、道ができる。……ただ、それだけだ)
義仲は、静かに夜を見つめる。
牙を隠し、呼吸を整え、次なる獲物――伊賀の闇へと意識を向けた。
### **第25話 後書き**
第25話までお付き合いいただき、ありがとうございます!
今回は「名門の跡取り」から、一人の**「戦国大名・六角義仲」**へと、周囲の認識がアップデートされる回でした。
### **■ 「近江の大狼」という二つ名について**
信玄の「虎」や謙信の「龍」、氏康の「獅子」……戦国スターたちの二つ名はどれも強力な個体としての強さを象徴しています。
ですが、義仲はあえて**「狼」**を選びました。
* **「個」ではなく「群れ」の長**
狼は単体でも強いですが、真の恐ろしさは「群れを率いた組織力」と「執拗なまでの追跡能力」にあります。家臣団をまとめ上げ、泥臭く、しかし確実に獲物を追い詰めていく義仲のスタイルには、虎よりも狼の方がしっくりくるな、と思いこの異名にしました。
三好や筒井といった強者たちが、この呼び名を口にすることで「ただの若造ではない」という空気感が伝わっていれば幸いです。
### **■ 「名誉」は「首輪」であるということ**
朝廷から「左衛門佐」という立派な官位をもらいましたが、義仲本人は「これで京のトラブルは全部俺のせいにされるな」と、かなり冷めています(笑)。
「なろう」の主人公としては、もっと手放しで喜んでもいいところですが、名門・六角を背負う彼にとっては、官位も守護職も**「目的を達成するためのツール(あるいは足かせ)」**でしかない。その「可愛げのなさ」こそが、彼の持つ強者の資質なのかもしれません。
### **■ 側近・宇野宗秀の登場**
今回から、側近として**宇野宗秀**を配置しました。
義仲の意図をいち早く察し、あえて「殿、それは苦労しますよ」と直言できる、有能かつ少しドライな近習頭としてのポジションです。彼が義仲の「牙」や「耳」となってどう動くのかも、今後の見どころの一つです。
### **■ 次回予告**
さて、いよいよ「伊賀」の闇が動き出します。
守護として名を置くと言った義仲に対し、伊賀の連中が「へぇ、新しい飼い主か。噛み殺せるかな?」とテストを仕掛けてきます。
狼が闇の中で最初に出会うのは、誰の牙か――。
次回も、どうぞお楽しみに!
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