第24話 名と地ー重圧の継承ー
第24話 名と地 ―重圧の継承―
■ 朝廷・禁裏控えの間(義仲一人称)
京の朝は、ひどく静かだ。
昨日、俺があの辻で叫んだ怒号も、僧兵たちの殺気も、すべては古びた石畳が吸い込んでしまったかのように。嵐が過ぎたあとの空のように
(……静かすぎて、耳鳴りがする。これが『都』という阿吽の呼吸か少しばかり気味が悪いがな)
回廊を歩く足音すら、ここ衣冠装束の者たちの前では不作法に響く。近江の田舎者感が出てきてしまってるな
通された控えの間。漂う香の匂いが、鼻の奥を刺す。近江の湖風や、戦場の土埃とは対極にある、人を惑わす香りだ。と言うよりも心を落ち着けるよう気もする
「六角義仲殿。此度の京の混乱、よくぞ抑えてくださいました我々も心が安心しております。」
公家たちの声は、どこか遠い。
俺は平伏しながら、心の中で冷めた毒を吐く。
(抑えた? 違うな。俺はただ、あんたたちが椅子から転げ落ちないように、火種を素手で握り潰しただけだ。……その火傷の跡も見ようとせずに、よく言う)
「朝廷として、その働きに応えねばなりませぬ。従五位下・左衛門佐。これをお受けいただきたく存じます」
左衛門佐。
京の検非違使(警察)や門衛を司る、実務と権威が混ざり合った名だ。後の信長などの新興勢力も与えられて来た役職だ
(……なるほど。名誉という名の鎖か。左衛門佐になれば、俺は『都の番犬』になる。三好が暴れても、略奪が起きても、この名が俺を現場へ引きずり出す。朝廷は俺の武力に、公式の『義務』という重しを乗せたわけだ)
「……過分な誉れ。この義仲、都の静寂を守るため、謹んでお受けいたします」
口ではそう言いながら、俺は掌を強く握った。
名を与え、縛る。それが千年の都を生き抜いてきた者たちのやり方だ。この生ぬるいやり方していたから武士に利用されて今の貧しさなのだけども
逃げ道はない。だが、この名分があれば、三好に対しても「朝廷の命による警護だ」と正面から言い返せる。
(毒を食らわば皿まで、か。良いだろう。この名、存分に使わせてもらう)
◇
■ 二条御所・将軍足利義輝(義仲一人称)
その足で、幕府へ向かう。
将軍・義輝公の前に座ると、空気が一変した。朝廷の香の匂いではない。研ぎ澄まされた「鋼」の匂いだ。
「六角。都でよく動いたな。我が幕府も三好の策略には手を焼いていたまじでは筒井の坊官を使うとは思いよらん事であり困難だったと心を痛めておったわ」
「は。火が大きくなる前に、消したまでです三好の火はまだ燻っておりますが」
「火元は、消えたか?今回の騒動の元でもあるがな」
義輝公の眼光が、俺の喉元を射抜く。
剣豪将軍。このお方は、政を語る時ですら、真剣勝負の間合いで問いかけてくる。そして世間からは剣豪将軍と言われるだけある貫禄の姿ではある
「いいえ。火を運ぶ『道』が、まだ残っています。……伊賀にございます」
義輝公の眉が、わずかに動いた。
(伊賀。あの地は呪われている。守護が定まらず、国人と忍びが割拠し、三好も筒井も、そこを『治外法権のバイパス』として利用している。京へ火種を運び込む裏口。そこを塞がぬ限り、都の平和など砂上の楼閣だ)
「……六角、貴様。伊賀をどうにかするつもりか」
「伊賀守護の職、六角にお任せいただきたい。 名分を、俺にください」
部屋が、凍りついたような静寂に包まれる。
横に控える進藤賢盛の、息を呑む音が聞こえた。
(伊賀守護。そんなものを引き受ける大名はいない。あそこは収益も上がらず、言うことを聞かない忍びばかりが蠢く、ただの『厄介事の塊』だ。だが――)
「伊賀を抱えるということは、三好と筒井の横腹を刺すということです。あそこを六角が押さえれば、大和と山城の物流は俺の手の内に落ちる。何より、闇に紛れて京を脅かす忍びどもの『元締め』を、公に引き受けることになる」
「忍びは従わぬぞ。力で捩じ伏せれば、奴らは影から貴様の首を狙う」
「従わせる必要はありません。ただ、俺が『守護』として境を引く。それを越える者は、たとえ僧であれ忍びであれ、六角が『公敵』として討つ。その名分が欲しいのです」
(俺が欲しいのは、伊賀の土地じゃない。伊賀という『闇』を管理する権利だ。誰もが嫌がる泥を被り、誰もが避ける泥沼に足を突っ込む。それが、名門六角の三代目たる俺の『業』だ。父・定頼公が作った光の裏で、俺は闇を御してみせる)
義輝公は、しばらく黙って俺を見つめていた。
やがて、ふっと、乾いた笑みがその唇に浮かぶ。
「六角……。貴様は、祖父の定頼様が言った通りの男だな。厄介事こそが自分の器を大きくすると信じているのか」
「拾わねば、都が燃えます。都が燃えれば、近江も安眠できませぬ」
「……良かろう。考えておく。だが、伊賀の連中を納得させるのは、貴様の刀だぞ。幕府の紙切れ一枚では、奴らの手裏剣は止まらぬ」
「心得ております」
◇
■ 夜・宿所(義仲一人称)
宿所に戻り、一人で灯りを落とす。
月明かりが、部屋に刺さる。
(従五位下・左衛門佐。そして、伊賀守護への打診。……今日一日で、俺の肩には、都の治安と、魔境の管理という二つの重石が乗った)
名を得ることは、自由を失うことだ。
地を引き受けることは、恨みを買うことだ。
「……父上、祖父上。あなたたちは、こんなものを毎日背負って笑っていたのか」
暗闇の中で、俺は自分の手をじっと見つめる。
逃げ道は、もうどこにもない。
だが、この不自由さこそが、天下に手をかける資格なのだと、自分に言い聞かせる。
(伊賀の忍びども……。近江の虎が、貴様らの巣に火を灯しに行く。……覚悟しておけよ)
義仲は、静かに夜を越える。
明朝からは、もう「ただの若武者」ではいられない。名に恥じぬ修羅の道が、暗闇の先で口を開けて待っていた。
### **第24話 後書き**
第24話までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、義仲が「力」ではなく**「立場と責任」**で京に向き合う回でした。騒動を鮮やかに止めた代償として、次々に重い荷物が肩に乗っかかる様子を描いています。
今回のポイントをサクッとまとめました!
### **■ 「褒美」という名の「首輪」**
* **左衛門佐の官位**
カッコいい響きですが、実態は「京のトラブル解決係」です。朝廷からすれば「お前、仕事できるな。じゃあ次からは全部お前の責任な!」という、なんとも世知辛い、朝廷らしいやり口ですね。
* **伊賀守護の打診**
これは義仲が自ら志願した「毒」です。伊賀は便利ですが、誰もが触りたがらない魔境。放置すれば敵の抜け道になる。それを分かった上で「俺が泥を被る」と言わせました。
### **■ 逃げない当主は、常に「損」をする**
正直に言うと、この時点でもう義仲は**「楽な主人公」**ではありません(笑)。
一つの問題を解決するたびに、さらに面倒な厄介事が増えていく。ですが、北条氏康のように「逃げ場のない責任」を背負ってこそ、真の当主。その息苦しいまでの覚悟を感じていただければ幸いです。
### **■ 次回、どうなる?**
ここからは、義仲が選んだ道の「反動」が一気に押し寄せます。
* **六角家中:** 「なんでそんな面倒な土地を引き受けるんだ!」と老臣たちが爆発。
* **伊賀側:** 「近江の若造が何様だ」と忍びや地侍たちが牙を剥く。
* **三好・筒井:** 「六角、そこまでやるか……」と警戒レベルがMAXに。
派手な戦いの前段階、**「息が詰まるような政略の嵐」**が始まります。
義仲がこの包囲網をどう切り抜けるのか、引き続き応援よろしくお願いします!
> **【作者より】**
> 「義仲、それ絶対苦労するやつじゃん……」と思った方は、ぜひ**評価や感想**で彼にエールを(笑)。
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次は、伊賀の暗闇から「冷たい視線」が届くかもしれません……。
また次のエピソードでお会いしましょう!




