告白
◆◆結衣視点◆◆
「結衣くん、話があるの」
琴乃の真剣な表情がそこにはあった。
海岸沿いを歩いたのち、訪れたのは一軒の喫茶店。奄美堂と書かれた看板の前でこちらに振り返り琴乃が言った。
「結衣くんだけじゃなくて、未来の結衣くんにも聞いて欲しい」
カラン、カラン、カラン。
「いらっしゃいませ」
店内に入るとコーヒーの香りが、店内一面に広がっていた。
平日のお昼休みを少し過ぎた時間なので、お客はわたしたち2人だけのようだった。
どうぞ、と髪を後ろで括ったポニーテールの大学生くらいの女性店員が入口近くの窓際の席に案内した。
目の前を見ると琴乃の小さな二つの手は、ぎゅっと握られ少し震えていた。結衣がその握った手の上に手のひらを重ねる。
少し落ち着いた表情をして、ぎこちない笑顔を見せた。
「ワイヤレスイヤフォンが必要だな」
未来の結衣の声が、右耳から聞こえた。
彼の話を琴乃が聞かなければ、琴乃と意思疎通ができないが、外部音声にしてしまうと会話が店内に聞こえてしまう。だから未来の男が、イヤフォンを転送すると言ってきた。
数分後、コップの置かれた机の上に小型のワイヤレスイヤフォンが出現する。
琴乃は髪の毛をかき分けて、イヤフォンをつける。
かき上げた髪の毛の向こうに琴乃のうなじが見えて、こんな時でも結衣はドキッとしてしまう。悟られないように結衣は、目を逸らした。
注文を取りにやって来た女性店員が、男女2人が深刻そうな顔をしてるので、話の内容が明らかに気になるようだった。
「ごゆっくりぃー」
注文を聞いた店員が、訳ありな笑顔を顔に貼りつかせて、厨房に入っていく。
いなくなったのを確認してから、
「タイムリープの話か」
未来の結衣が琴乃に返してきた。琴乃は決心した目で頷く。
琴乃がこれだけ真剣な表情をすることは滅多にないことだ。結衣と話していた時、笑顔の時、涙を見せている時などはあっても、ここまで真剣な表情をしていることはなかった。長い間、琴乃の横顔を見てきた結衣だからわかる。今の琴乃の決意した表情を結衣は、見たことがない。
でも、結衣は思う。
ただの女子高生がここまで真剣な事態に向き合うことはない。せいぜい恋バナか、自分の成績のことで一喜一憂しているだけに過ぎない。
映画などであれば余命幾許もない彼女が、彼に本当のことを伝えるシーンなどが当たると思う。
今の琴乃の表情は、その時の決意にも似ていた。
助かったはずなのに、どうしてこんなに寂しそうなんだろう。どうしてそんなに辛そうなんだろう。やはり、解決はしていないのか。どうしてもその疑問が拭えなかった。
「そうか。冴子から聞いたんだな。いくら繰り返しても、琴乃が助かるはずはない。そういうことだろ」
突然、未来の結衣が声を放つ。
ずっとわかっていたのだろう。その声には自信の色が見てとれた。
「さ、さえこさん、は関係ありません」
思わず反射的に反応したのか、琴乃は椅子に肩を打ち付けた、両手を左右に振って否定する。
「琴乃は嘘つけないよ」
「そう、君は嘘が苦手なんだよ」
2人して同じ内容を呟く。
「まあ、いい。あいつが何を言ってきたのかは俺もわかる。要するに可能性がほぼないから、諦めるように伝えろということだよな」
「はい、……すみません。言われた通りです。冴子さんに全ての事象を見せられました。結果的にはわたしは後4日間で……」
「なるほど……」
「なんどもなんども、何度繰り返しても、そこには道がありませんでした」
「そうか」
「過去から今まで君が選んだ道を見たのか」
「……」
「そうだな。冴子が言っていることは全て本当だ。可能性なんてはじめからほぼなかったんだ」
「こんなハッピーエンドが全くない。助かる可能性が全くない場所から……」
「何度も君を助けるために、こんなことを繰り返しても仕方がないということだろ」
「はい。わたしも記憶を何度も見ました。でも、それでも、……助かる道は見当たらなかった」
「ルートが全てバッドエンドに繋がっていました」
「なるほど、それを聞けたことは良かったかもな」
「わたしも全ての過去を確かめたわけではない。君が見た過去はわたしが行ったことだけでなく、過去のわたしが行ったことも含めて今、ここにある全てということだな」
「はい」
「それなら、やり方を変えなくてはならない」
◆◆琴乃視点◆◆
やり方を変える?
そんな方法があることなんてないと言っていた。
全てがバッドエンドに確かに繋がっていた。
だから、結衣くんと未来の結衣くんを説得しようとした。
可能性なんてないはずだった。
やり方を変える?
わたしが助かる道がそこに存在するのだろうか。
冴子さんはないと言った。
わたしも今見てきた選択肢からすると、ないと思った。
でも、未来の結衣くんは、わたしが生きられる可能性を知っているのだろうか。
「やり方を変えるというのは、どういうことですか」
だから、未来の結衣くんに聞かなくてはならない。
「ふむ、じゃあ逆に質問するが、君はなぜ、ただの女子高生なのに、これだけありえないほど助からないと思う?」
そうだ、確かにわたしもそう思っていた。未来が全く変わらないのであれば、当然、わたしが助からないのは当然のことだ。でも、指し示された数字から確定した過去においても僅かながら助かる可能性があるのだ。
もし未来が閉じているのであればその数字は必ず0になる。そうなっていないということは、可能性が全く無いことではないということだ。未来は変えられる可能性があるのだろうか。
「わかりません、わたしには未来が変えられる可能性があるのかも知らないからです」
「それはそうか」
未来の結衣は、少し間を置いた。どこから聞こえてくるのかわからないが、せわしなく机を叩く音がする。
トントントントンという音だけが暫くわたしの耳に響いていた。
「実は、ただの女子高生の死が確定したからと言って、それは確定した過去にはならない」
「……!!」
「人間の中で、キーマンと言われる大きな発明、発見など時代が大きく跳躍するような新しい事柄がない限りは、そんなに未来への影響はないんだ」
「だから、君が死んでも死ななくてもそんなに未来への影響はない」
「じゃあ、なぜ!!」
完全に未来の結衣の言っていることは矛盾していた。もし、未来の結衣が言ったように未来が変化を許すのであれば、わたしだって助かるはずなのだ。
こんな何百メートル先に置かれた糸に投げた針を通すような可能性にはならないはずなのだ。
それなのに、実際に直面している生きられる可能性の数値があまりにも低過ぎた。
「君は、この低い可能性になった理由をどう思う?」
わからなかった。未来の結衣くんが言うまで未来は変わらないものだと思っていた。
わたしだけが助かる可能性がこんなに低いというのも初めて知った。
どうして、と言われてもそんなの絶対にわかんないよ。
ずっと昨日から考えてきた。悩んだ、それでも、それでも、わかんないから。
「なぜ、わたしだけがこんなに助からないのよ」
腕で目を覆い左右に目を擦った。今まで耐えてきた嗚咽と涙が出てきた。
「ちょ、ちょ待ってよ」
結衣くんが慌てた。振り返ると女性店員さんが、こちらを覗いてた。
目があうと、罰が悪そうに逸された。
完全に勘違いされたかな。高校生くらいの男女が話をしていて、女の子が急に泣きだすというのは完全に別れ話一択。それ以外は考えられないよ。
普通はそうなんだよね。なんか、そう思うとみんな簡単なことに泣いたり、笑ったりしているのだ。
今の私のようなことで悩むことなんて普通はないのだ。
だからこそ、私は聞かなくてはならない。
「わたしは、昨日からずっと考えていました」
「でも、どうしてもわからなかった」
「だろうな」
質問した時点で答えはわかってたんだろう。未来の結衣くんは驚くこともなさそうにして見えた。
なんで、こんなに引き伸ばすのよ。それだけ、話すことに勇気がいるというのはわかるけども。
冴子さんも冴子さんだと思う。昨日聞いた内容だけでは、わたしが死ぬしか方法がないと言っていた。
でも、未来の結衣くんの今話していることであれば、何かこのループから逃れられる可能性はあるようなのだ。それも、可能性はそれほど低くないような話振りだった。
「教えてください」
わたしが少し怒ったような口調で伝える。
「……」
何も話さない沈黙の時間が流れた。
さっきの店員が、他の店員に話しかけている。きっと別れ話に女子バナトークを咲かせてるんだろう。
もしかしたら、数日はこれをネタにするのかもしれない。女の子は恋バナや別れ話が、本当に好きなのだ。
他人の不幸は蜜の味とは、よく言ったものだ。
「まず、君が生きられる可能性が低い理由は、僕にある」
「君が死んだことで、わたしが血の滲む努力をし、そのおかげで、時代を大きく動かす発明をした」
「もし、君が死ななければ、わたしはここまでタイムリープマシーンに拘らなかったし、ここまで勉強しなかった」
「君が亡くなったことにより、わたしの努力が奇跡の発明を生み、時間遡行が当たり前の時代がやってきた」
「きっかけに過ぎないのだが、このきっかけに積まれたブロックがあまりにも多過ぎるため、動かすと事象の限界を迎え、元に戻ってしまう」
「何度も繰り返すことで、この過程が核心につながった」
「冴子、……彼女も知らないよ」
「彼女はわたしのタイムリープマシーンの論文でタイムリープマシーンやタイムストッパーを作り上げたが、その論理やこの時間がどのようにできているのかは、詳しく知らないんだ」
わたしは初めて聞いた言葉に愕然とした。わたしの死が未来を変える。
そのためにわたしは礎になったんだ。
だから未来がこんなにも変わらないのだ。
突然、降り出したゲリラ雷雨があたり一面を水浸しにする。雨の香りが店内一面に広がった。
「きゃああ、雨ぇ……」
開けていた扉を店員が慌てて閉める。
この雨は、はじめはゲリラ雷雨だったが、すぐには止みそうになかった。




