告白その2
◆◆琴乃視点◆◆
「未来は変えられるんだ」
今まで、幾度となく繰り返されて来た失敗の数々。
幾度も過去を繰り返して、それでもうまく行かなくて、失敗続きで繰り返されて来た今までのタイムリープ……。
それなのに、未来の結衣は『未来は変えられるんだ』、とはっきりとそう言った。
「本当に琴乃は助かるのですか?」
運ばれて来たカフェオレを飲み干し、そのストローをテーブルに置いた結衣くんも、さっきの話を聞いて不審そうに声を出す。
簡単に未来は変えられない、と言われたばかりだった。その理由は、タイムリープマシーンを未来の結衣が完成したからだった。
わたしが死ななければ、結衣くんの未来が変わりタイムリープマシーンは永遠に誕生しないのだ。
未来は大きく分岐はしない。少なくとも今この時点では、だからこそわたしの死は確定的という結論になると思っていた。
しかし、未来の結衣の結論は違った。
「未来は変えられる」
確かに彼はそう言った。
どの選択をしたら未来は変わるのだろうか。これだけ未来が確定的になっているのであれば、わたしの死は確定されたようなものだというのに……。
未来の結衣は少し時間をおいてから、言葉を繋ぐ。
「琴乃が死なない場合、問題となることを考えてみるんだ」
わたしが生きている場合のことを少し考えてみる。
わたしが生きている場合、結衣くんが頑張らない。
彼はわたしの死がきっかけで時間遡行しか方法がないと思ったのだ。
偶然聴講した冴子のお父さんの講義により、タイムリープが実現可能と考えたことも確かだが……。
そもそもわたしが死なない限り、時間遡行の講義に興味を持たない。
このことが全ての引き金になる。
結果として超有名大学にも入らないし、時間研究をしている冴子の父親のゼミにも当然に入らないのだ。
結果として、タイムリープマシーンは完成せず、それが世界崩壊につながる。その世界崩壊を防ぐために、時間が巻き戻り、結果としてわたしが死ぬ。
この話を簡単に解きほぐすと、こうなるのか。
「結局、わたしが死なないと結衣くんが頑張らない」
「その通りだ」
「じゃあ結衣くんが頑張れば、この問題は全て解決するんだ」
「……」
「いや、それは無理だな……」
「そんな簡単に人は変われない、いきなり頑張れと言われて、それも学年トップになれと言われて、琴乃はできると思うか?」
「わたしには、とても無理……」
「結衣だってそうだ。確かに琴乃にとっての結衣は賢い男の子になるだろう。けれどれも、それは学校のレベルを考えればそんなに簡単にトップには入れない」
「結衣は自分の全てを失うほどの衝撃的な転機が彼を強くした。そのことが彼を天才科学者にするんだ」
「もちろん、そこには琴乃を救いたいという心がある」
「それじゃあ、やはり……」
なんだ、この話堂々巡りじゃないの。少なくとも、わたしが助かるという話になっていない。
「わたしは死ぬしかない」
「いや、違うだろ」
「結論が早すぎるんだ」
「別に君が死ななくてもいい」
「結衣が死んだと思えばいいんだ」
「えっ……」
目の前の結衣くんの方を見る。わたしと同じく理解できてないのか、理解が追いついてなくて、不思議そうな顔をしていたけれども。
少し経って、その表情は、あれっというなんか納得したような表情に変わる。
「列車事故を、第三者の誰かが止めて、その時に別の例えばクローンのようなものとすり替えればいいという事ですか?」
「そうだ」
「これは簡単なことではない。当然、冴子にも手伝ってもらわないといけないが、私が立てた仮説はこれだ」
「このループが起こる1番の理由は、結衣のその後の人生が大きく変わるからだ」
「そのため、結衣の未来が変わらないのであれば、琴乃の生死は関係がない」
琴乃にとって、今の話は衝撃的だった。
さっきまで自分は死ぬしか、このループから逃れる方法はないと思っていた。
しかし、前提条件が違ったのだ。
結衣くんが死んだとさえ認識されれば、わたしの命は助かる。
「だが、それを実現するためには、準備が必要だろう」
「今の両親―ご家族には、琴乃は列車事故に遭い、死んだと思わさせる」
「そのためには、結衣も言ったクローンのようなものが必要だ」
「助かった琴乃には、今の家とは全く違う場所で新たに別の人格として、結衣の記憶を完全に消去して10年間過ごしてもらう」
「もちろん結衣にも列車事故で亡くなったと認識させる」
「二人には完全に別れてもらう」
「そうでなければ、助けることはできない」
「もし、二人とも東京に住んでいれば、何かの拍子に出会ってしまうことがあるかもしれない」
「別の人格と言っても結衣は琴乃のことを覚えているので、出会ってしまうとまずいことになる」
「そのため、別の人の養女として、京都で生活してもらう」
「そして、絶対に2人は10年間出会わせない」
「もし琴乃が思い出しても、結衣が偶然琴乃と会っても、この計画は水の泡になる」
「琴乃の記憶にあるように時間が巻き戻り、列車事故に遭遇し今度は本当に死んでしまう」
「だから、二人が絶対会わなくていいように、フラグは立てる。旅行などでも結衣の半径500メートル以内に絶対に近づけないように……」
そうか、わたしが死なない代わりにわたしと結衣くんとは二度と会えないということなんだ。
奇跡でもあって10年後結衣くんに会える可能性があれば、思い出すかもしれない。
でも……、と思う。
その時でもわたしには結衣くんとの記憶がない。
それでは、結衣くんと出会える可能性はほぼないのではなかろうか。
10年間経った時点で、結衣くんのことを思い出すのであれば会えるだろう。
この記憶があれば、どこにいたってわたしは絶対に会いに行く。
しかし、記憶がなければそれも叶わない。
「それじゃ、10年後に思い出せるようにしてくれたら」
「いや、それは難しい。わたしも二人の十年間、観察し続けることができればいいのだが」
「恐らく、無理なんだ」
「時間変動により、君が生きている記憶は私の中から消えてしまう」
「そうなったら、わたしも冴子も含めて誰も、君のことは思い出せない」
「琴乃だけ記憶を残そうとも考えたのだが……」
わたしだけが記憶を残した場合、結衣くんと偶然に出会ってしまった時に口に出してしまうかも知れない。
ネットなどを通じて繋がってしまうかもしれない。
それ以前に耐えられなくなったわたしが直接コンタクトを取ってしまう可能性だってあるのだ。
それらを避けるためには、記憶を完全に消し去らなければならないそうだ。
確かにそうだ。
わたしは10年もの間、結衣くんを覚えてて会わないなんて、きっとできない。
死ぬ可能性が無くなるのは、嬉しいことだと思うよ。
でも、……でもさ。
あれ、なんだかなあ。
目頭が熱くなり、嗚咽が後から湧いて来た。
抑えきれない嗚咽が、後から後からでてきて、止まらない。心が痛い、涙が、嗚咽が止まらないのだ。
ごめんね、結衣くん、こんな泣き虫なわたしで。
それでもさ、今だけはさぁ……。
許して欲しい。
こんな喫茶店でみんなの前で泣くなんてダメだよね。
また、結衣くんを困らせちゃったな。
店員さん、見てるよね。
やはり勘違いするよ、別れ話ってね。
あっ……そうだった。
『これは、やっぱり別れ話なんだね』
結衣くんとわたしは、この三日間あった全ての記憶を失い、10年も別れて過ごさなくてはならない。
10年後、出会ってもきっと気づかない。
結衣くんにとっては、三日前―わたしと仲良くなる前に亡くなった女の子になるわけだし。
わたしは結衣くんの記憶を全て失うから、そもそも結衣くんとの幼馴染だった時の記憶がない。今後、いくら奇跡が訪れても、接点がないのに結衣くんに10年後出会えるわけもない。
出会えたとしても、恐らく二人はたくさんの雑踏の中すれ違ってしまうだろう。
お互い気づくこともなく。
「それでも、お願いします」
結衣くんがハッキリとした口調で言った。
◆◆結衣視点◆◆
未来の俺が言ったことは、琴乃との絶縁宣言だった。
結衣は死んだと思っており、琴乃はそもそもの記憶を失くす。
2人にとって最悪の結末だった。
それでも、と思う。
琴乃が生きてさえくれればいい。今までの可能性の中では、生きる可能性すらなかった。
少なくとも未来の結衣が言ったことであれば、琴乃は死ななくて済む。
この方法が絶対ではないにしろ、今まで聞いた話の内容からすると、成功率はかなり高そうだった。
確かに、俺もこんな結末は望んでなかったけども。
これから2人一歩づつ仲良くなっていく、と思っていた。琴乃とあたりまえに学校に行き、休みの日にはあたりまえにデートをし、場所もあたりまえの映画館、美術館、コンサートなどで……。
そして、二人の距離が近づいて、手を繋いで、キスをして、関係を持つことも望めばあるかもしれない、そしてプロポーズをして、OKがもらえて……。
結婚したら、子供も生まれるだろう。
俺と琴乃の子供だからきっと可愛いだろうし、琴乃に似た女の子になるか、俺に似た男の子になるか、どちらにせよその子はどっちにも似てるだろう。
2人でその幸せを噛み締めながら、生きていくんだ。
そんな未来が詰まっているものだと思っていた。
それでも、と思う。
琴乃が生きてさえいてくれれば、結衣には十分に思えた。
10年後、
二度と会うことはないかもしれない。
出会っても気づかないかもしれない。
その時には琴乃の傍には他の男性がいるかもしれない。子供だっていたって不思議ではない。
琴乃はこれから俺とは異なる人生で誰かに出会い、誰かと恋に落ち、結婚し、そして……。
それでいいんじゃないか、と結衣は思う。
結衣にとって一番大事なことは、琴乃と付き合うことでも、手を繋ぐことでも、キスをすることでも、結婚することでもないのだ。
結衣にとって一番大事なのは琴乃が生きていることなのだから。
だから、俺はもう一度言った。
「それで充分です。お願いします」
暫く降り続いた雨がやみ、晴れた空から太陽の光が降り注いできた。




