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タイムストッパー結衣  作者: 楽園
11/14

現実

 琴乃は母親と話した後しばらく眠っていた。

 昨夜は寝ていないからこのまま、明方まで寝ると思っていたが、右脇腹の痛みに目が覚める。


「おかあさん」

 そばの椅子に座りベッドに寄りかかりながら眠る母を見た。疲れ切ったのか、看病しながら寝てしまったのだろう。


 仕方ないなあ。

 風邪ひいちゃうよ。

 琴乃にかかっていたシーツをたくし上げ、母親の肩にかける。

「ことのっ」

 目頭に一筋の雫が流れていた。

 ずっと心配してくれていたのだろう、さっきから変わらずに手をぎゅっと握ってくれていた。

「大丈夫、だよー」

 琴乃は、母親の背中をさする。

 うーん、というくぐもった声が聞こえた。

「どっちが子供なんだかね」

 ふふっと琴乃が微笑んだ。

 その時、自分のまわりの風が止まる。

 近くに置いてあった腕時計の針がちょうど12時で止まっていた。


 琴乃はお母さんと何度か声をかける。

 しかし何度、声をかけても動かなかった。

「お母さん」

 強くゆすってみる。

 やはり全く動かない。

 額に手を置いてみる、体温はちゃんとあった。

 死んでいるわけじゃないはずなのに、でもピクリとも動かない。

 まるで時が止まったようだった。

 なに、これ、なんなの。

 

 視線を上げると扉の前に女性がいた。

「ごめんなさい。こんな登場しかできなくて」

 綺麗な大人、ピンクと黒を基調にした丈の長いスカートを着た女性が目の前に立っていた。

「あなたは、だれ。もしかしてあのサングラスの……」

 わたしは、緊張で喉がカラカラになる。


 目の前の女性が普通じゃない事がわかった。

 総合病院に簡単に忍び込んで、鍵がかかっていたはずの病室に入り込む。

 それにこの状態、母親は目の前で眠っているというより、全く動かない。時間が凍りついたように。

 わたしは目の前の女性の真意を探ろうとじっと見た。 

 心の中で危険を告げる警戒音が鳴り響く。

 ぞわりとした感覚。怖い、結衣くん助けて。

 しかしここは深夜の病院、ヒーロー映画のヒーローのように都合よく結衣くんが現れる事はない。

 それに……。


「いや、あの男とは違う」

 ゆっくりと頭を横に振った。

 確かに目の前の女性がサングラスの男の関係者の可能性がないわけではない。

 でも、きっと違う、彼女とあの男では、雰囲気が違い過ぎるからだ。

 サングラスの男を見た瞬間こいつは危ないと思ったが、女性にはそこまでの危機感は感じられなかった。


 それに……。

 もしかして、泣いてるの。

 女性の瞳に涙の痕を発見した琴乃は、彼女に対する怖さよりもそのことが気になった。


「泣いているの?」

「そっか、わたし泣いていたのか」

 誰かを想って想いすぎて、どうしようもなく好きになる感覚。琴乃が片想いを続けた長さよりも、遥かに長く誰かを愛していたような、そんな憂いを目の前の女性から感じた。

 

「誰かって、それはもしかして?」

 結衣くんに彼女がいたはずはない。それは琴乃が一番よく知っていた。彼の横顔を一番よく見て来た自分だからそれは確信できた。

 しかし、この女性に結衣くんを重ねてしまっていた。

 何度もそんなわけはないと思ったが、どうしても払拭できなかった。


「あなたは結衣くんの……?」

 そんなはずはない。そこで言葉が詰まる。 

 あるわけがなかった。

 結衣くんは高校生、目の前の女性はそれより10歳くらい年上に見えた。

 隠れて付き合っていたにしても、歳が離れすぎている。確かに年上の女性好みの男性も多く入るが、とても繋ながらなかった。


「それにしても……」

 目の前の女が琴乃の姿を上から下まで眺めた。

「あなた可愛いわね。データでは何度か見てきたけれど、実物をみると特にね」

「こんな子が初恋ならばそれは助けたいと思うわね」

 初恋という言葉が胸につく。琴乃が初恋であるのならば、その後の恋愛もあるということになる。

 琴乃にはそう感じられた。


「あなたは誰ですか?」

 わたしはベッドから少し立ち上がった。

 左脇腹の痛みは感じるけれども、それより女のことが気になった。

「ごめんね。なんか怖がらせちゃったみたいで。あなたがあんまりに可愛いから」

「そうだ、自己紹介がまだだったわ」


「わたしの名前は、片桐冴子。冴子と呼んでくれて構わないわ」

「今のあなたには信じられないかもしれないけれど、わたしは10年後の未来からやって来たの」

 未来、あまりにも非現実過ぎる言葉が飛び出した。時間旅行なんて、小説や映画の世界ならいざ知らず現実ではあり得ない話と思っていた。

 そもそも話が飛躍し過ぎて理解が追いつかなかった。

 怪しいテレビ番組や荒唐無稽な映画なら未来から来た男の話を琴乃も何度も見たことがある。

 でも、それはとても現実的と呼べるものではなかった。


「そんな話、ありえない」

 あり得るはずがないじゃないか科学的にも10年やそこらで時間旅行が実現しているなんて。

 宇宙にいくことを夢見てアポロ計画が開始されて、何年経ったと思ってるのだ。

 人類はまだ月でさえ生活できてないじゃないか。

 それなのに、時間跳躍なんて話、あまりにも現実味がなさすぎる。


「あり得ないか」

 冴子は、唇の片方を少し上げて微笑む。

 少し間があった。

「確かに信じられないでしょうね。わたしだってこんなこと言われたら、目の前の相手が狂っているとしか思えないし」

 自嘲気味に琴乃を見ながら、冴子は考えを巡らせてるようだった。


「そうだ、証拠ね」

「例えば、今お母さん揺らしてたよね」

「全く動かないんじゃない。わたしがここの時間を止めたから」

 確かに僅かに吹いていた風が止まった、お母さんが動かなくなった、時計の針がら12時から進まなかった。

 繋がらないパズルがハマったような気がした。


 目の前の女は簡単な実験を始める。

 右手から取り出したテニスボールを下に向かって落とす。

 もちろん、慣性の法則に従って、ボールは。

「うそっ……」

 落とした場所にそのまま止まっていた。

 まるで手品で使われる見えない紐でもついているかのように、落ちたはずのボールは動かなかった。


「これでも信じられないと思うけど」


 ここで琴乃に別の不信感が浮かんでくる。こんな大がかりな事をして、ただの女子高生を救いに来たり、それを阻止しに来たするのか分からない。


「何が目的なのですか? わたしはただの高校生で、あなたがわたしに近づくメリットなんてないと思いますが」

 汗が頬を流れる。

「メリットかー、そうね」

「いきなり入ってきて、自己紹介。未来から来たと言ってもにわかには信じてもらえないかもしれない」

「わたしはある人物を追ってやって来たの」

「あなたの知っている人物よ。もっとも……」


「それじゃ、わからないか」

 冴子は琴乃に近づいてくる。

 手を頬に触れてニッコリと笑った。


「そっかー、あなた忘れてるものね」

「違うか」

「無かったことになってる」

「この時間にいるあなたに思い出せないと言うなら、思い出させてあげるわ」


 小さな道具を取り出した冴子は、銀色に覆われた箱から携帯電話のような物体を取り出し琴乃に渡した。

「それを耳に当てて左上の転送ボタンを押せばいい」

 ガラケーの携帯電話のような物体で、そこに数字と転送というボタンがあった。

 琴乃は右耳にその携帯電話のような装置をあて、転送ボタンを押した。


 頭の中に知らない記憶が一気に溢れてくる。

 知らないはずの結衣との1週間。何度も出てくるサングラスの男、そして自分は電車に何度もはねられた。


「これは、わたし知らない。こんなの嘘……」

 昨日、死んでいたわたし、助かったわたし、警察の職務質問、そして、そして……。

「ゆいちゃんと手繋ぐの、……嫌いじゃない!!」

 結衣と手を繋いだ記憶。

 

 わたしは全ての時間の記憶を思い出した。

 それは1週間の記憶だった。結衣くんが時間を止めて助けてくれた瞬間だった。その後仲良くなり、1週間の間彼と時を過ごしその後、時間が戻って、わたしは……。

 目の前に熱い滴が落ちた。

 

 時間停止装置の記憶もあった。救世主と自分を呼んでいた男が鉛筆を落とした。さっき女が見せたのと同じく、その鉛筆は落ちなかった。

 そうか、冴子も関係者なのだ。


「どうして思い出させたの?」

 わたしは自分にあった疑問を投げかける。

 彼女がこの記憶を思い出させるには理由があったと思ったから。

「それが分からないと話が難しくなるのよ」


「メガネを通して話していた救世主と言っていた男は、わたしと同じく未来から」

「そうね。ここには来てないか」

「未来からメガネ型の装置を通して、あなたたちにコンタクトを取った」

「わたしと結衣くん?」

「そう、そしてその男こそ、未来の結衣」

 未来から来た結衣。確かにメガネから発した声は結衣に似ていたな。彼は未来からわたしを助けにやって来た。

 そういう事なのか。


「あなたは、結衣くんをどうするの?」

「わたしは現在の彼には興味がない。どちらかと言うとあなたに興味があるの」

 冴子は琴乃の顔を撫でる。

「ほんと可愛い、もったいないくらい」

「わたしは、あなたにほんとうのことを話さなくてはならない」


 冴子はしっかりとした目で琴乃を見据える。

 ベッドに座わり、わたしは一歩後ずさった。

「どういうことですか?」

 わたしは冴子の方を向き直り、居住まいを正した。

 きっかけは自分にある事はわかっていた。

 電車で押された事、今回の狙撃、今回は助かったけれども亡くなった記憶もあった。

 サングラスの男をなんとかしないとならないのか。

 でも思い直す。サングラスの男を排除した1週間後、わたしの時間は巻き戻り亡くなった。

 それだけではなんともならないということなのか。


「あなたも気づいているのではないかしら」

「何度かタイムストッパーやタイムリープ機能を使って時間を止めたり、巻きもどした記憶があると思う」

「それで、どうなった?」

 どんな方法をしても、やり直せなかった記憶に辿り着く。

「未来の結衣は、なんとかその時間の隙間から助かる余地を調べて助けようとしてるみたいね」

 確かにそうなのかも知れない。今回のことも結果的には死ななかったけれども、これが続けば……、それにと思う。

 結局のところ、1週間経てば時間は巻き戻るのだろうか。

「はじめはあのサングラスの男だったの」

「彼は可愛いあなたを見て、思いつきであんなことをした」

「可愛いあなたが、電車に轢かれてそれを悦ぶ愉快犯だった」

「でも、……」

「その時、未来が確定してしまった」

「サングラスの男も囚われてしまった」

「因果が確定してしまった現在、あなたは男に命を狙われ、避けられたとしても1週間後必ず死ぬ」

「あなたの未来の結衣は、そこから助け出そうとしているようだけど」

「最新のコンピュータが弾き出した結果からすると、そこから助かることができる可能性は非常に低い」

「今のところ0.00001%と言われてる」

「それでも未来の彼は諦めてないようだけどね」

「未来の結衣のことは、あなたも関係者だから知っておく必要はあるわ」

 冴子から聞いた話では、10年前に死んでしまった過去を変えるために勉強に勉強を重ねて、有名な大学に入り、天才科学者として世に馳せた。

 彼には目的があった。タイムリープ機能を持った装置を開発して、未来を変える。

 彼自体も何度も計算していたようだが可能性は信じられないくらいに低かった。

 確かに人の生死を覆すのは難しい。

 それにしても、琴乃の生きるための可能性が低過ぎた。

 だから、彼は何万回失敗してもやり直そうと繰り返してるのだ。

「わたしがここに来たのは、この厳しい現実を突きつけるためではないのよ」

「わたしだって、あなたが憎いわけではないわ。確かに8年も付き合って、別れ話を切り出された時は腹がたったけれどね」

「彼と一緒に研究していた頃、彼があなたを助けたいのだとわかってた。でもそれは法を犯す行為だから、黙って、わたしもあなたが助かる道を探した、それでも見つからなかった」

「もう、彼にとってあなたを救うことが全てなの。救えるか救えないかじゃなくてね」

「わたしにはもう、それが見てはいられない。だからあなたに会いに来た」

「会って正直思った。同じ女として負けたって言うのと、助けたいとあそこまで思う気持ちに」

「でもね、琴乃ちゃん、彼を結衣くん。これ以上、あなたの鎖に縛らせないで」 

「確かに言っていること無茶苦茶だとわかってる。でも、それでも、あの男があなたを助けたいくらい。わたしはあの男を助けたい」

「わたしが言ってもあの男は絶対にやめないわ」

「だから、わたしはあなたにお願いに来た」

「確かに虫のいい話だと思ってる。そんなこと言われても、あなただって理解できないとわかってる」

「それでも」

 

 冴子は、琴乃に近づいて抱きついた。

 目には溢れてくる涙が止まらなかった。

 冴子さんはわたしのことを助けようとしてくれた。

 何度も可能性を確認した。

 それでも助けられなかった。

 

 わたしは、彼女の言っていることが真実だと思う。

 だって、未来の結衣くん、いつでも悲しそうだった。

 言葉を選んでた。

 何か言いたそうだった。


 わたしが死ぬしか方法がないのであれば……。

 わたしが死ぬことで、結衣くんが鎖から解き放たれるのであれば……。

 そして、限られた時間でも現実として結衣くんと一緒に居られるのであれば。

 

 それでいいのかと思う。

 確かに死ぬのは怖い、とても怖い。


 結衣くんとは一緒にいたい。

 ずっと、長く、おじいちゃん、おばあちゃんになるまで。

 

 わたしが子供を産んで育てて、おばあちゃんになって亡くなる時、結衣くんにお別れをするんだ。


 何人もの子供に流れながら、その一番前に結衣くんが。

 

 そんな未来を夢見てた。

 

 でも、仕方がない、これはわたしの贅沢なのだ。


 わたしは、わたしよりずっとずっと結衣くんが好きなのだ。

 だから、結衣くんに話そう。

 そして、最後の1週間を過ごすんだ。


 それこそがわたしにとっても、ゆいくんにとっても、

冴子さんや未来の結衣くんにとっても最良の選択なのだから。


 結衣くん、泣いてくれる、かな。


 気がつくとわたしの目からも雫が溢れてこぼれ落ちた。

「わたし、わたし、結衣くんに相談します」

「だから時間をくれませんか」


 冴子さんは、わたしの言葉を答える代わりに、思い切り抱きしめた。

「ゆっくりと考えてね。わたしはあなたの味方だから」


 冴子がドアを開けて、病室を出て行った。

 その刹那、時が動き出したのか、母親が顔を上げる。

「琴乃、起きてたんだ」

 琴乃はベッドの母に抱きついた。

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