75話 だからその手を離さない
「鎌切!
立つんや鎌切!」
店長の呼びかけも虚しく、
風吹の意識はもうそこにはなかった。
「念のためだ。
かまいたちから始末しておこう。
土蜘蛛は動けないだろうしな……」
「おいこら!
八岐大蛇、俺が相手や!
俺やってから、そっちやれや!」
「ごめん被るよ。
土蜘蛛。
お前はその状態でも何をしてくるかわからない」
「なんもせんわい!
この俺が何できんねん!」
「本体……
土蜘蛛の本体をまだ見ていない……
どこかに潜んでいるのだろう?」
「アホ言え……
何言うてんねん、お前」
——————
「……ふぶき——
おい。
風吹……
そろそろ起きないか」
眠っていた風吹は、
誰かの声に起こされた。
ゆっくり瞼を開けると、
見慣れた天井、見慣れた部屋が見えた。
「あれ……家じゃん……
わたし、いつ帰ったんだっけ?」
「お前の悪い癖だ。
ここぞって時に、集中力を切らす。
そんなことではいつまで経っても
一人前の剣士にはなれないぞ」
庭の方から聞き慣れた声がした。
「……なんで?
にいにがいるの?」
風吹の兄・嵐がそこに立っていた。
「いい加減に起きるんだ。
今日は俺から一本取るのだと
息を巻いていただろ。
もう忘れたのか?」
「そっ、そうだっけ!?
なんだかわかんないけど、
今からにいにと稽古できるの!?」
風吹は嬉しさのあまり飛び起きた。
ふたりは木刀を持って
向かい合う。
「いつでもいいぞ……
本気でかかってこい」
「うん!」
風吹は即座に斬りかかった。
嵐はひらりと躱す。
鎌切流の抜刀術を使い、
嵐に斬撃を繰り返した。
しかし——
打ち返される訳でもなく、
すべて躱されてしまう。
「にいにもかかってこいよ!」
「剣技が力任せになっている」
「?」
「焦りが見える……
風吹の本来の力が出せていない」
「……」
「落ち着くんだ。
剣術の基本を思い出せ……」
「なんだよ!
せっかく久しぶりの稽古だと思って
楽しみにしていたのによ!
打ち合いもしてくれない
説教タイムじゃん!」
風吹は木刀を下ろし、
打ち込みをやめた。
「イライラしない……
お前は短気だからいけない」
「説教はもういいって!」
風吹は踵を返した。
「どこに行く?」
「どこって部屋に戻るの!」
「そっちに部屋はないぞ……」
「!」
風吹が向かおうとしている方向は、
屋敷の外側——
「あれ?」
「……さぁ。
稽古を続けよう。風吹」
風吹の手には鬼切丸が握られていた。
「どうして鬼切丸が?」
「それを使えば、
俺に一太刀くらい入れられるかな?」
「これ使ったら、
にいにを斬っちゃうかもよ」
「本気でこい!」
「これの力、にいにだって知ってるじゃん!」
鬼切丸の鬼気を授かった風吹の全身に、
鬼の紋様が浮かび上がった。
「いっくぞぉ!」
飛びかかる風吹。
——ブンッブンッブンッブンッ!
しかし、鬼気を帯びた風吹の斬撃でも、
嵐には届かなかった。
「なんでだよぉ!
なんで、当たんないんだよぉ!」
「焦りだ。
焦りが、本来の剣術を乱しているんだ」
「焦りなんてないって!」
「まったく……
見栄っ張りは変わらないなぁ」
「見栄っ張りじゃない!」
嵐は困り果てた表情を見せた。
「鬼切丸を顕現させるだけで、
大量の妖気を持っていかれている……」
「!」
「使用時間を最低限に抑えたい。
誰でも思うことじゃないかな?」
「だから何?」
「だから剣術が乱れているんだ」
「……」
「鬼切丸の力をすべて受け取ってごらん」
「!」
「鬼化して……
本気でかかってこい」
「でも、それしたら
鬼切丸が消えてしまうんだ。
代わりに木刀や他の刀使っても、
握っただけで消滅してしまうよ」
嵐は口元に手を当てしばらく考えた。
「それならこうしよう。
俺に触れるか、捕まえることが
できたら一本だ」
「言ったなぁ!
余裕だって!
やってやろうじゃん!」
すると鬼切丸は姿を消した。
風吹の目は血走り——
くっきりとした牙が見えた。
顔と身体には
一層濃い紋様が浮かび上がる。
妖気は消え、
全身から鬼気を放つ鬼と化した。
「一瞬で捕まえちゃうもんね!」
——シュンッ!
風を切る音と同時に、
一瞬で嵐の目の前まで移動した。
「捕まえた——?」
嵐の姿は屋敷の屋根の上にあった。
「えっ!?」
「なんだ。
そんなものか?」
「くっ、くっそー!
今のは全然本気じゃなかったもんねー!」
風吹は最速の動きで、嵐に飛びかかった。
——しかし
嵐の身体を掴めない。
いや——
触れることすらできない。
「おっかしいなぁ!」
「……」
屋敷の敷地内を飛び回るふたり。
その距離は一向に縮まらなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。
ダメだ、全然追い付かない……」
「……だから焦りすぎなんだよ」
「この状態の時は妖気減らないし
焦ってないよ!」
「そうか」
「はぁ、はぁ、はぁ」
「それじゃ、
何に焦っているのかな?」
「だから焦ってないって!」
「俺はもう死んでいるんだよ」
「えっ?」
「今のお前は、
そんなことも思い出せないでいる」
「……わたしは?」
「お前は今、本来なら何をしている?」
「わたしは……
戦っている……」
「誰と?」
「……八岐大蛇と」
「勝負は?」
「勝負は……
勝ったと思ったのに
アイツは生きてて……
わたしがやられて……」
「うん」
「……わたし。
こんなとこで何やってんの?」
「……だな」
風吹は、
八岐大蛇にやられ、
自分が生と死の間にいるのだと気がついた。
そして——
嵐が、そんな自分を起こしに来たのだとわかった。
「わたしを止めに来てくれたの?」
「まぁ、そんなところだ」
「ありがと!」
「あと、
空回りしている妹を
落ち着かせに来た」
「あいたたた……」
「それじゃ、
少しは落ち着いたようだし、
俺は行くとするかな」
「ちょっと待って!」
「!」
「もうちょっと話せない?
いっぱい話したいことあるんだ!
この前も全然話せなかったじゃん!」
「バカだな。
そんな時間ないだろ。
八岐大蛇が今にもトドメを
刺そうとしているんだぞ」
「ちょっとでいいんだよ」
「あかんたれも変わらないなぁ。
そんなんじゃ一人前の剣士には
ほど遠いぞ」
「それじゃさ、
一人前になるまで一緒にいてよ!」
「また無理ばかり言う……」
嵐は踵を返して、
どこかに立ち去ろうとした。
次の瞬間——
「隙ありっ!」
風吹は、
背を向けた嵐の左手を掴んだ。
「よしっ!
捕まえたぞ!」
「風吹!
……なんと卑怯な!」
「稽古が中断なんて
にいに言ってなかったもんね!」
「……やれやれだよ。
やっぱりお前には勝てないなぁ」
「へへへっ
しかも可愛いから困るよな!」
「いつもこれだ……」
「約束だよ。
ちょっとだけ話そうよ」
「時間がないんだよ」
「いけず!
それじゃせめて、
八岐大蛇の倒し方とか教えていってよ!」
「今の風吹が落ち着いて戦えば勝てるだろ」
「この力使うと鬼切丸が消えてしまうから、
武器が無くなるんだよ!
今のわたしの力に耐えられる
武器がないんだ!
素手じゃ後一歩が決まらないし……」
「はぁ……我が妹ながら
鈍感過ぎる」
「なんだとぉ……
また悪口かよ。
倒し方聞くまで絶対にこの手は離さないもんね!」
嵐は、
左手を掴む風吹の右手を
優しく握り返した。
「それでは離すなよ」
「おっ!
ちょっとだけ話せる時間くれるの?」
「違うよ。
お前が目覚めた時、
お前に一番必要なものが手元にある。
それを離さずに持っていろ」
「はぁ?
何言ってるのか全然意味わかんない」
嵐は微笑みながら、
右手で風吹の頭を軽く撫でた。
「やれやれ。
最後まで世話のかかる……
いい加減に起きるんだ」
——————
「……」
風吹は意識を取り戻した。
どれくらい意識を失っていたのか
わからない。
一瞬だったような気もすれば、
何時間もだったような気もした。
目を開けると同時に、
嵐との会話が思い返されていく。
「お前が目覚めた時、
お前に一番必要なものが手元にある」
その言葉が
脳裏に焼き付いていた。
「!」
風吹は右手を凝視する。
嵐の左手を握っていた
彼女の右手には——
嵐の愛刀、
漆黒の大剣が握られていたのだ。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
もしお時間があれば29話を読み直してやって下さい。
嵐も喜びます。
残り5話、お付き合い下さい。
ブクマや評価も頂ければこの上ない喜びでございます。
よろしくお願いします。




