70話 御前はもの思ふ (後編)
時がずいぶんと流れた。
九尾の狐の噂は、
いつの頃からか何百年と
聞かなくなった。
酒呑童子も京都にいるとは聞くが、
まったく動きを見せていない。
聞こえてくる話といえば、
せいぜい土蜘蛛が人間ごっこを
しているという噂程度だった。
この頃、
夜行が四天王復活計画を
掲げ、わらわに声をかけてきた。
かまいたちと、神獣・麒麟がすでに
参加しており、
夜行は八岐大蛇の復活に
心血を注いでいた。
復活させた八岐大蛇を頭に、
わらわと麒麟、かまいたちの4体で
新四天王を名乗るのだという。
八岐大蛇の封印解除や
麒麟の迎え入れなど、
夜行はかなり手を焼いたらしいが
立派なものだ。
かまいたち亡きあと、
夜行が新四天王に選ばれたことに
関して、
わらわに異論はなかった。
この4体で旧四天王を始末し、
代わりに新四天王が
立ち上がる——
今日はその第1段階。
土蜘蛛とその一味を一掃するための
百鬼夜行を実行する日だ。
正直、
最初はそれほど興味はなかった。
そもそも新四天王に
興味がなかったのだ。
ただ――
今回の標的の中に、
4本の尾を持つ妖狐がいると聞いた。
九尾の狐との勝手な因縁。
何か繋がりがあるのではないかと思い、
この計画に少しだけ興味を持つようになった。
しかし夜行の作戦では、
わらわの担当は迷い家なのだという。
「つまらぬ……」
わらわの相手は、
老いた元人間の成れの果て。
ほら見たことだ。
鞍馬山の迷い家の主、老いた天狗など
話にならぬ弱さだった。
あまりにも早く殺し過ぎて、
他人の家で
茶を飲んでしまうほどだった。
そこへ麒麟の目を盗んで
駆けつけて来た妖狐。
多少は楽しませてくれるのだろうかと
期待をした。
この弱い天狗を爺様と呼ぶ妖狐。
こいつも期待できまい。
事前情報では4本の尾しか持たぬ狐だ。
恨みも憎しみも無い。
だが狐というだけで
気に入らなかった。
この茶を飲み干せば殺してやろう。
簡単に今回の任務は完了する――
そのはずだった。
◇◇◇◇◇◇
――九尾解放。
その言葉を聞いたあたりから、
記憶が曖昧だ。
この妖狐は、先ほど玉藻御前を
お母様だと言っていた気がする。
わらわを殺す九尾の狐、
だとも言っていた気がする。
そして――死ぬまで殺してあげる、と。
どうして……
わらわは遠い昔を
思い出していたのだろう。
どうして……
わらわの四肢は吹き飛ばされ、
壁に貼り付けられているのだろう。
どうして……
わらわは今にも……
死にかけているのだろう。
どうして――?
「これが氷火の術……
わたしの名前の由来となった術らしいよ。
鈴鹿御前」
「た……ぁす」
「恐怖で声が出せないのかい?」
——恐ろしい。
目の前の化け物が――
この九尾の狐が、
ただただ恐ろしかった。
こんなだったのか?
こんなにも強かったのか?
わらわは何と
張り合っていたのだろう。
最強に選ばれて当然の力だ。
戦争に参戦せずとも、
この力を知る者なら必ず四天王へ推すだろう。
これが九尾の狐の力。
この妖狐は、
自らを玉藻御前の娘だと言った。
玉藻御前は森羅万象を操ると
云われる化け物。
その御前が使う術の中でも、
防御不可・回避不可とまで言われた滅術。
それが氷火の術。
わらわの四肢をたやすく
吹き飛ばした術の名だ。
わらわの妖力を封じ、
なぶり殺しにするつもりなのだろうか。
こやつには、
おそらく八岐大蛇でも勝てない。
いや、
新四天王が束になったところで……。
「瞳孔を開いてどこを見ているのさ?
本当に声が出せないのかい?」
状況を確認している場合ではない。
このままでは殺されるだけ……
何としてでも生きて戻らねばならない。
八岐大蛇、麒麟、夜行のもとへ――。
「助けて!
殺さないで!
後生だ!
頼む九尾よ!」
ようやく発した言葉は……
命乞い。
わらわが命乞いとは、
これ如何に……。
「本当に声を出せないようだね……
なにも聞こえやしない」
「聞こえておろう!
お願いだ!
死にたくないのじゃ!」
九尾――氷花が、
壁に貼り付けられた
わらわの頭を優しく撫でて囁く。
「今から100回、
この恐怖と痛みを味わう
夢を見せてあげようね。
それが終われば、
君の身体は砂のように崩れて、
ちゃんと死ねるからさ」
「意地悪しないで……
助けてよぉ!」
――『夢限の術』――
意識が闇へと落ちていく……
向かうは夢の中——
そこでわらわは、
九尾に手足を吹き飛ばされ、
壁に貼り付けられる恐怖を
100回味わうことになる。
この恐怖を100回耐えねば
死ねないのだ……
いや——
100回耐えれば――
ちゃんと死ねるんだ。
八岐大蛇、麒麟、夜行。
こいつを相手にしてはならないよ。
お前たちでも簡単に
殺されてしまうだろう。
どうか、
今すぐ逃げ……て。
――――――
氷花は
意識の落ちた鈴鹿御前を
見つめていた。
勝負はついていた——
「やったよ。牛丸お父様」
勝利を収め、
空を見上げる。
その時、
どこからか声が聞こえた。
「ひょ、氷花様……」
「あかなめ!」
傷だらけのあかなめが、
腕を押さえ足を引きずりながら
現れた。
攻撃を受けて、
気を失っていたのだろう。
死んだ仲間たちを見て、
大粒の涙を流している。
1体でも仲間が
生き残っていてくれた。
それだけで
氷花の胸が熱くなった。
「よく生きていてくれた。
みんなの仇はとったよ」
「氷花様ひとりで……?」
「あぁ……」
あかなめに回復の術を掛ける。
九尾の力は凄まじい。
回復の術まで使えるようになっていた。
森羅万象を操るという話は
誇張ではなさそうだ。
全属性の術を扱え、
属性混合も可能。
最強と呼ばれる理由がわかる。
「あかなめ、
皆の遺体を集めてくれないかい。
墓を建ててやりたいんだ」
「承知いたしました。
ところで……
氷花様はこれから?」
「戦争はまだ終わっちゃいない、
わたしは一旦、
麒麟と戦っている煉のもとへ行く」
不思議とこの時、
煉と風吹への心配はなかった。
彼らなら、きっと……。
「ここは頼んだよ。
あかなめ」
氷花はあかなめに迷い家を託し、
朧車に乗って現世へ戻るのだった。




