7話 かまいたちの嫁
風吹たちが汽車に乗ってから
戻ってくるまで、
時間にして2時間ほどだった。
ホテルでは3人がいなくなったことが発覚し、
教師たちが大騒ぎになっていた。
小田と成瀬が指導を受けている最中、
風吹と社は宿泊ホテルの屋上にいた。
「社先生、ありがとう」
夜風に吹かれながら、風吹が頭を下げる。
「先生がいなかったら、
絶対生きて帰って来られなかったよ」
「君の友達を思う気持ちがあってこその
結果だよ。
君がいなければ、あの2人は殺されていた」
「人間は嫌いだけどさ、
知ってる奴がヤバいのは
ほっとけないんだよね」
「君は妖怪なのに、
人間らしい考えを持っていると思うよ」
「まぁ、ずっと人間に囲まれた
環境で育ってきたからかな?」
「なるほどね」
人間界に溶け込む妖怪は
風吹のような考えを持つ者が多いらしい。
「しかし結局、
奴らが魂を集めていた理由は分からなかったな」
「魂を集めるとか、よくあるの?」
「ないよ……。
あんな風に妖怪が組織的に動くこと自体、
珍しいくらいさ」
「あのさ……
本当に社先生って何者なんだ?」
「言ったろ、高校教師だよ」
「いやいやいや、
高校教師が時間止めたり、
鬼になったりしねーよ」
すると社は、
あの汽車に乗っていた理由や、
自分のことを話し始めた。
最近、あの世逝きの汽車に運ばれた魂が
行方不明になる事件が頻発していたこと。
その原因を調べるため、
自らあの世逝きの汽車に乗り込んだこと。
そして、
発した言葉を現実にする力があること。
体内には酒呑童子が宿っていること――
風吹は途中から質問するのを諦めた。
「もっ……もういいや。
ついていけないよ、
とにかく先生って、すげー人だったんだな……」
そう呟くと、鬼切丸を差し出した。
「これ、ありがと」
「!」
「伝説の妖刀を振れたんだ、最高の思い出だよ」
社は風吹と鬼切丸を見つめた。
そして、ふと気になった。
「かまいたちって武器を失ったらどうなるんだ?」
風吹の表情が曇る。
「……一族からの追放かな」
「そんなに厳しいのか?」
「武器はかまいたちの誇りなんだ。
それが砕けたり折れたりしたら、
死んだも同然なんだよ」
「なんらかの救済措置はないの?」
「そうだなぁ……
代わりになる武器を持っていれば
セーフらしいけど……。
妖気が通ってて、
化け物を斬れる刃なんて
そうそうあるもんじゃないでしょ」
淡々と話をしているが、
内心穏やかではないことは伝わってくる。
無理をしているのは明らかだった。
「まっ、なんとかなるって!」
かまいたちが、かまいたちでなくなる。
今までの自分が自分でなくなるということだ……。
簡単に受け入れられる話ではないはずだ。
彼女の言う通り、
鬼切丸のように妖気が通い、
妖怪を斬れる武器なんて
探して簡単に見つかるものではない。
そもそも、この鬼切丸だって……。
「!」
社は何かを思い付き、
酒呑童子に問いかけた。
『酒呑童子。
この鬼切丸、彼女に持たせてはダメですか?』
『……好きにすればいい。
その刀はお前の武器になると思って
渡したものだ。
それをいつになっても使いこなせぬのなら、
どうとでもすればいい』
『申し訳ありません。
俺じゃ宝の持ち腐れですし、
彼女は使いこなせていたのでピッタリかなって』
『お前がよく考えて、
それで良いのならそうすればいい。
我は関係ない』
あっさりと許可が下りた。
『ありがとうございます。酒呑童子』
『ただし後悔はするなよ』
『しませんよ。
このまま彼女を放っておく方が後悔してしまう』
そして、社は鬼切丸を風吹へ差し出した。
「風吹」
「ん?」
「これを君にあげるよ」
「……はぁ?」
数秒間の沈黙のあと――
「はあぁっ!?」
屋上に叫び声が響いた。
「何言ってんだよ先生!」
「鬼切丸なら条件を満たしてるだろ?」
「そういう問題じゃねーって!」
慌てるのも無理はない。
差し出されているものは伝説の妖刀・鬼切丸だ。
「使いこなせていたじゃないか。
よく似合っていたよ」
「いやいやいや!」
「友達を守るために命を張ってた。
この鬼切丸で、
これからも大切な人たちを守ってやってよ」
「でっ……でもさぁ」
「鬼切丸も君に使われた方が幸せだと思う」
風吹は言葉を失った。
「やっぱりダメだって。こんなの受け取れねーよ」
「酒呑童子からも許可はもらってるからさ」
「しゅ……酒呑童子様が?」
顔が真っ赤になった。
酒呑童子の名前が出た途端これだ。
化け物界で、
どれほどの権威があるのかがわかる。
「大事にしてやってよ」
「……本気で言ってるの?」
「冗談で鬼切丸を渡さないよ」
しばらく黙り込んだあと、
風吹はゆっくり鬼切丸を受け取った。
そして小さく呟く。
「大切にする」
「うん」
「この命より……大切にする」
真っ直ぐな目だった。
それに社は思わず苦笑した。
彼女の想いは本物のようだ。
「無くさないようにな」
「子供じゃねーし!」
「まだ高校生だろ」
「うるせぇなぁ」
そう言いながらも、
風吹は照れくさそうな様子で、
何度も社を見ていた。
そこで社たちは別れた。
社は日常に戻り、
風吹は修学旅行を終え、
地元に帰って行った。
――はずだった。
――――――
それから数日。
風吹から毎日のように連絡が来ていた。
今日は何を食べた、とか。
学校が面倒くさい、とか。
鬼切丸を大切にしている、とか。
大したことのない内容だ。
あの日のことを、
小田と成瀬は何も覚えていない。
結局、あの夜の記憶は、
風吹に頼まれた社が
その部分だけを上手に消してやった。
これで良かったのだと思う。
妖と人間は、本来交わるべきではない。
しかし風吹だけは違った。
毎日のように電話をしてくる。
昨日もだ。
『近々そっちに行くから』
冗談だろうけど、
よほど懐かれたらしい。
鬼切丸を渡したせいだろう。
そんなことを考えていた日曜の朝。
インターホンが鳴った。
配達を頼んだ覚えはない。
「はい?」
「来たよ!」
「!」
社は慌てて扉を開けた。
「先生!」
「……風吹?」
そこにいたのは、かまいたちの風吹だった。
大きな荷物を抱え、腰には鬼切丸。
どう見ても旅行じゃない。
「なんで京都にいるの!?」
「なんでって……先生が強引だったんだぞ」
「……俺が?」
意味が分からない。
「わたしに言わせるのかよ……」
風吹は顔を真っ赤にした。
「夫婦って一緒に住むもんなんだぜ」
「……ふーふ?」
「でもさ。
いきなり同棲は緊張すると思って、
パパに隣の部屋を借りてもらったんだ」
「パパ? 隣? 部屋?」
「これ……合鍵だよ。
いつでも来てくれていいからさ」
社は鍵を差し出された。
話がまったく見えてこない。
その時だった――
『亮介』
酒呑童子の声が響く。
『なんでしょう!?』
『かまいたちに鬼切丸を
渡したのはお前ではないか亮介……』
『それ今関係あります?』
『かまいたち一族では
異性に武器を渡す行為は求婚を意味する』
『……!』
『つまり、お前たちは婚約したことになるのだ』
頭が真っ白になる社。
『そんなシステムがあるって聞いてませんけど!?』
『だからいつも妖について学べと言っているのだ!』
『……破棄だ。
破棄する方法を教えてください!?』
『かまいたち一族の習わしでは、
婚約破棄の代償は、片腕を切り落として差し出す……
だったかな?』
『それ重すぎません!?』
『ふん。
自業自得だ、馬鹿者……』
風吹が社の腕に自分の腕を絡ませた。
「わたし……
結婚生活とかよくわかんねーんだ……」
「いや、待て!
まず誤解が――」
「だからさ……」
風吹は照れ臭そうに笑った。
「いろいろ教えてくれよ。先生」
どうやら風吹と社の平穏な日常は、
本日をもって終わったらしい。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
『かまいたちの嫁』は、ここから本格的に始まります。
この先も様々な妖怪たちが登場しますので、
ふたりの奇妙な関係を見守っていただければ嬉しいです。
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