6話 社の相棒は酒呑童子
線路のない闇を、夜汽車が走る。
機関車の上に立ちながら、社は前方を見据えていた。
遠くには三途の川駅の灯りが見える。
あそこで降りなければ現世に帰れない。
その時だった。
後方から轟音が響いた。
「頭が切れるね。
俺が離れるのを待っていたか……」
倒したと思っていた牛鬼が姿を見せた。
社が客車に戻ろうと踵を返した瞬間、
強烈な妖気を背後に感じた。
反射的に空を見上げる。
上空から奴はすべてを傍観していた。
黄色い巨大な蛇のような姿。
異空間を泳ぐように舞う身体。
——蛟。
蛟は口元に眩い光を集めている。
「節操がないね」
次の瞬間。
――キィィィィン!
口から光が放たれた。
直撃すれば命ごと消し飛ばされる光線。
そう確信できるほどの高密度な妖力砲。
だが――
《招かざる異質の存在を禁じる!》
社の一言主神の術により、
蛟の怪光線が霧散した。
蛟はそのまま機関車の真上から、
社を見下ろした。
「人間風情が……」
「その人間風情の魂を襲ってるのはそっちだよ……」
蛟の目が細くなった。
明らかな敵意。
これ以上の会話は無理そうだ。
その時――
「うおおおおおお!」
後方から威勢のいい声が響いた。
客車の屋根を突き破り、風吹が飛び出してくる。
続いて牛鬼の悲鳴。
「ぎゃああああ!」
牛鬼の6本の脚が宙を舞うのが見えた。
巨大な身体が客車から引き剥がされていく。
「信じられねぇ!」
風吹は鬼切丸を握り締めて言った。
「こいつ、本当に鬼切丸だったんだな!」
牛鬼が怒号を上げる。
「この牛鬼様がァァァ!」
牛鬼の甲鉄のような躯体を、
鬼切丸は紙を裂くように斬り裂いた。
脚を失いながらも牛鬼は、
その巨体をうねらせながら風吹を襲う。
鬼切丸とシンクロした風吹の勢いは止まらない。
右腕も社の一言主神の術で
回復している彼女は、
鬼切丸を鞘へ収め、
抜刀術の構えをとった。
「誰かさんみたいに、
倒されたフリに騙されないからな!」
社はそのセリフに苦笑した。
「鎌切流・妖抜刀術――疾風!」
風吹が一瞬、閃光になった。
――次の瞬間
牛鬼の巨体が真っ二つに分かれた。
「あぁ……そんな……
かまいたちごときに……」
牛鬼の身体が塵となって消えていく。
「やったぁぁぁ!」
風吹が拳を突き上げる。
客車から小田と成瀬の歓声も聞こえた。
「風吹っち最強!」
「そのまま竜も倒せー!」
風吹の圧勝に、
先ほどまでの恐怖はどこ吹く風。
小田と成瀬は大喜びだった。
風吹はすぐに社に顔を向けた。
「社さん!」
「うん?」
「疑ってごめん!
これ本物の鬼切丸だった!」
社より、
牛鬼の言葉の方が説得力があったようだ。
「ちょっと傷付くなぁ……」
そんなやりとりをしていた矢先だった。
「社さん後ろ!」
「!」
完全に蛟から意識を外していた。
その隙を突いて、再度怪光線が放たれたのだ。
「あぶなっ――!」
風吹は思わず目を閉じた。
直撃——
世界が白く染まる。
轟音。
衝撃。
そして――静寂。
しかし、
その静寂を破るように
蛟の声が聞こえた。
「……お前は……何者だ?」
その声に反応し、
風吹は恐る恐る目を開いた。
すると――
社の立っているはずの場所に、
社の姿をした別の何かが立っていた。
鋭い目つきに、筋肉質な身体。
全身には鬼を表す黒い紋様。
そして、圧倒的な鬼気。
その姿は、
社と入れ替わった酒呑童子。
社の中に宿る鬼神の姿だった——
酒呑童子は、
放たれた怪光線を片手で受け止め、
蛟を見上げていた。
「何者だ?
我は酒呑童子……。
そう言えば理解できるのか?」
酒呑童子が鼻で笑った。
「蛇の変化ごときが……」
蛟の顔が歪んだ。
それは怒りの表情だった。
三度目の攻撃。
蛟は口に、先ほど以上の妖力を集め始めた。
だが酒呑童子は動かない。
ただ、拳を握りしめた。
「火車が言っておったな。
戦い慣れておらぬ者ほど、動きが大きい、と……」
どこか楽しそうに呟く。
そして――
酒呑童子は空を打つように、
力強く腕を振り上げた。
それだけだった。
拳の衝撃が空間を砕き、
蛟の顎を打ち抜いた。
その勢いで、
口に溜め込んでいた妖力が大暴発を起こした。
――ドォォォォン!
蛟の身体が、
蛟の術で吹き飛んだ格好になった。
たったの一撃。
その勝負は、
たった一撃で決まった。
風吹は言葉を失っている。
それも当然だ。
四天王・酒呑童子。
その存在を日本妖怪で知らぬ者はいない。
酒呑童子は肩を鳴らした。
「終わったぞ……亮介」
その声を合図に、再び人間の姿に戻っていく。
「すみません……酒呑童子」
バツの悪そうな顔をして、
社は頭を掻いた。
――――――
蛟との戦いを終えた汽車は、
何事もなかったかのように
闇の中を走り続けていた。
遠くに灯りが見える。
三途の川駅だ。
「あと少しだな」
社がそう呟くと、
風吹が窓から身体を乗り出した。
「この汽車、停まるの!?」
汽車は減速する気配がまったくない。
「……飛び降りるしかない、とか?」
成瀬が恐る恐る言う。
「わたしはともかく、
あんたら死ぬって……」
風吹の言う通りだった。
その時――
『飛び降りればよい』
社の中で酒呑童子の声が響いた。
『閻魔庁まで行かれると苦労だ。
力を貸してやる、亮介』
「さっきも力を貸してもらったばかりですよ。
俺の身体、まだ保ちますかね……?」
『知るか……。
日頃から鍛錬を積まないからこうなるのだ』
「……ですよね」
そんなやり取りをしているうちに、
三途の川駅が近付いて来た。
古びたホーム。
人気はない。
だがここを逃せば終わりだ。
「いくよ!」
汽車がホームへ突入した。
やはり速度は落ちない。
社は、再び酒呑童子と入れ替わった。
「ひっ……」
成瀬が悲鳴を上げた。
無理もない。
社の姿が鬼の姿へと変わっていくのだから。
「お前たち、黙って捕まれ」
酒呑童子は3人を抱え上げた。
そして――
ホームへ飛んだ。
――ドォン!
ホームの床に亀裂が走る。
——ズザザザザザーッ!
勢いのまま数十メートル足を滑らせたが、
全員無事、着地に成功した。
「助かったぁぁ!」
小田がその場に座り込んだ。
成瀬も泣きそうな顔をしている。
なんとか全員が無事に降り立つことができた。
だが、風吹だけは違った。
顔色が悪い。
酒呑童子の名を聞いてからずっとだ。
再び社の姿に戻ると、
社は風吹に声をかけた。
「そんなに怖かった?」
「当たり前だろ……じゃないですか」
風吹が緊張しながら答える。
「酒呑童子なんて……
化け物界の伝説だ……ですよ」
人間界で言えば、
歴史上の人物に
出会ったようなものなのかもしれない。
そう考えれば、
風吹の緊張も納得ができた。
――――――
しばらくすると、
戻りの汽車がホームへ到着した。
今度は現世へ帰るための汽車だ。
汽車に乗ると、
小田と成瀬は疲れ切って眠ってしまった。
社は風吹の隣へ腰を下ろした。
「戻ったらどうするの?」
「何がだよ」
「あの2人さ」
風吹は少しだけ黙った。
そしてため息を吐く。
「記憶を消させてもらうよ」
「そうか……」
「……仕方ねぇよ」
強がった声だった。
だが本心では寂しいのだろう。
せっかくできた友達だ。
それでも妖怪だと知られたままでは
一緒にいられない。
「彼女たちなら……
そのままでも大丈夫なんじゃないかな?」
風吹は俯いた。
「いい友達だと思うけど」
風吹は返事をしなかった。
ただ、眠る2人の顔を見つめていた。
そろそろ夜汽車が停まる。
扉が開けば、現世への帰路。
長い夜も、ようやく終わろうとしていた。




