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かまいたちの嫁~妖怪女子高生と退魔教師は今日も怪異を斬る~  作者: 鬼喜怪快
第七章 百鬼夜行の夜

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63話 彼女が立って木を見る日 



 今、氷花は真っ白な空間に

 ぽつんとひとりで立っている。

 


 気持ちは焦っているはずなのに、

 なぜか心が落ち着いている。

 

 遠想の術とはいったい何なのか……?


 

 ——その時だった。

 


 「氷花」


 

 聞き慣れない声で名を呼ばれた。

 声のする方向へ首を向けると、

 若い男女の姿が見えた。


 初めて見るふたり。


 それなのに、

 なぜか懐かしさが込み上げた。

 

 女性は、氷花にそっくりだった。


 酒呑童子は、

 母を見たければ鏡を見ろと言っていた。


 なるほど、

 彼女が母親なのだとすぐにわかった。

 

 ということは、

 隣にいる男性は……。

 


「氷花!

 父ちゃんだぞ!

 ずいぶんベッピンになりやがって!

 母ちゃんに似て良かったなぁ!」


 

 やはり父親だった。



「氷花。

 あなたには苦労を掛けました。

 でも本当に立派になって……

 牛丸に感謝せねばなりませんね」


  

 氷花はふたりとの思い出など記憶にない。


 小さなころ、

 両親に会いたくなって

 牛丸に無理を言ったこともあったが、

 それはもう何百年も前の話だった。


  

 ——わたしには爺様がいるし、

 山の仲間もいる。

 寂しくなんかなかった。


  

「氷花、

 少し抱きしめさせてください」

 

 

 母親が氷花を抱きしめ、

 その上から父親がふたりを覆うように抱きしめた。


 氷花の頬に、

 自然と熱いものが流れた。


 

 ――涙。

 

 

 いつぶりだろう、

 涙なんて流すのは?


 氷花も本当は喜びたかった。

 

 しかし、

 外での牛丸が気になって

 感情を抑え込むしかなかった。 

 


「お父様、お母様、お会いできて光栄です」


「俺もだ!」


「わたしもです」


「この術……

 空間と呼べばいいのでしょうか?

 なぜ死んだはずのお父様、お母様が

 いらっしゃるのでしょうか?」



 聞きたいことがたくさんある。


 しかしすべてを聞く時間は無い。


 氷花に重要な何かを伝えるために

 命を懸けて残した術に違いなかった。


 無駄にはできない——

 

  

「わたしたちが死ぬ前に、

 あなたへ伝えたいことを術に込め、

 管狐の中に保管しておきました。

 それをあなたを引き取ってくれた牛丸に預けて、

 大人になったら渡すようにお願いしていたのです」


「すげー術よなぁ。

 玉藻が凄いのは知ってるけど、

 死んでから成長した氷花に会えるなんて

 思いもしなかったぞ」

 

「大したことはありません。

 人間になるため

 すべての妖気を手放しはしましたが、

 わたしが育てた管狐は自在に操れましたから」


 

 酒呑童子が言っていたとおり、

 仲のよいふたりに見えた。

 

 ふたりを見ていると幸せな気分になる。


 

「ふたりは……

 一緒になって後悔とかはなかったのですか?」


「ねえなぁ」


「ないわねぇ」


 

 即答だった。

 

 幼い頃は半妖半人ということで、

 妖怪たちからも当たりがきつかった。


 ふたりを恨んだ時期もあった。


 でも今なら、

 このふたりから生まれて来たことを

 幸せに思えた。


 

「お母様は先ほど、

 この遠想の術は残したいことや伝えたいことを

 前もって残す術だとおっしゃいました。

 わたしに何を残し伝えたかったのでしょう?」


「ははっ!

 氷花ってほんとに顔も性格も玉藻にそっくりだな。

 逢ったばっかりなのにすぐに本題だ」


「……すみません、お父様。

 わたしもできれば再会をもっと

 喜びたいのですが……」


「わかってるよ。

 あっちが大変なんだろ?」


 

 ふたりは氷花が置かれている

 状況をわかっているようだった。

 

 本当につくづく不思議な術だ。


 

「尾は何本まで出せますか?」

 

「制御できませんが5本までなら……」


「5本……やはり牛丸は大した者ですね。

 妖狐一族でもないのに

 複尾を発動できるまで氷花を育ててくれた」


「爺様は妖狐に必要なことを

 わざわざ学んでわたしに教えてくれました。

 それに妖術や陰陽術も……」


 

 ふたりは笑顔で氷花の話を聞いていた。


 氷花も嬉しくなり、

 心の枷が外れたように

 今までの思い出を話し始めた。


 ほとんどが牛丸と

 鞍馬山の妖怪との思い出話。

 

 最後に煉の話をし終えたところで、

 母親が氷花の手を優しく握った。


 

「あなたが幸せな道を歩んで来られたようで

 安心しました」



 父親も横で頷いている。

 


「妖狐族には妖狐族でしか

 伝えられないことがあります。

 遠想の術は、

 それをあなたへ渡すための術だったのです。

 もう少し早く

 牛丸が渡してくれると思っていたのですが……」


「大人になったら渡す予定だったみたいです」


「ははっ、

 牛丸さんからすれば、

 ずっとお前は子供だったんだな」


「……」

 

 

 ——そうだ

 

 爺様はずっとわたしを

 本当の子供のように育ててくれた。


 それは今でもだ……。

 

 いつもわたしは爺様に子供扱いされてきた。


 最近でも帰宅時間にうるさかったり、

 言葉の使い方や、

 友達との接し方にうるさかった。

 

 ろくろっ首から料理を学べだとか、

 豆腐小僧のように勉強しろだとか……。


 

 うるさかったけど、

 わたしは大切にしてもらってきた。



「お母様が名付けてくれた名前の漢字を、

 火から花に変えて氷花にしたことを

 申し訳ないと話されていました」


「牛丸の考えの方が素敵なので満足しています。

 わたしはわたしの得意な術名を

 あなたに付けただけでしたから」


「氷火……の術?

 そんなものがあるのですか?」


「ありますよ。

 あなたも氷と火の術が得意でしょう?

 その氷と火を融合させた術です」


「想像できません」


「いいのですよ想像できなくて」


「?」


「今からわたしのすべての力を

 あなたに譲り渡しますから」


「!?」


「人間になるために妖力をすべて手放しましたが

 捨ててなどいませんよ。

 妖力も管狐に保管していたのです。

 遠想の術はその力を

 あなたへ残し伝えるために用意していました」


「お母様の力をわたしに?」


「えぇ。

 現世に戻ればあなたは九尾の狐です。

 その力を持って、

 あなたの大切なものを守ってください」


「わたしが九尾に……」


「牛丸にこれからは心配無用だという姿を

 見せてあげてください」


 

 氷花は静かに眼を閉じた。

 急いで戻らねばならない。

 

 牛丸はあっちの世界で

 帰りを待っている。

 

 しかも鈴鹿御前もいるのだ。



 玉藻が氷花の頭を

 撫でるように手を置いた。

 

 掌から身体の中に、

 何かが流れ込んでくるのを感じる。

 

 感じたことのない大きな妖力。

 

 これが散々聞かされてきた

 九尾の妖狐の力だろうか——


 

「これで九尾の継承はおしまい。

 ありがとう、氷花」


「こちらこそ、お母様」


  

 父親がまた、

 氷花たちを覆うように抱きしめて来た。


  

「氷花、もう行くか?」


「はい、お父様。

 お会いできて良かったです」


「俺もだよ。

 元気でな、俺らの宝物!」


「……はい」


「少し悔しいが、

 早くあっちのお父様のところへ行ってやれ」


「……」


「それではお別れです、氷花」


「お母様、お父様」


「わたしたちは、

 いつもあなたとともに——」


  

 ふたりのその言葉を聞き終わると

 意識が吹き飛ばされるような感覚の中、

 気が付けば元の世界に戻っていた。

 

 遠想の術の中の1時間は、

 現世では瞬きほどの時間だと

 牛丸は言っていた。

 

 

 まさに鈴鹿御前は、

 今から2杯目の茶を飲むところだった。


 あの時間は、

 時間とは呼べないほどの時間だったのだろう。


 

「……逢えたか?」


「うん」


「……良かった」


 

 牛丸はもうすぐ死ぬ。

 

 鳳凰の力を以てしても

 助からない。


  

 思い返せば——


 氷花は牛丸のために、

 何かをしてあげたことが無かった。

 

 感謝の気持ちすら

 伝えたことがない。


 

「……ねぇ」


「……」


「お父様……」


「……!」


「昔は爺様じゃなくて、

 お父様って呼んでたの覚えてる?」


「……あぁ、覚えているとも」


「ある日、

 本当のお父様に申し訳ないとか言いだして

 爺様に変えられたんだ」


「ふふっ……だったな」


「わたしのお父様は牛丸さ。

 わたしのことを一番に考えてくれているお父様」


「あぁ……」


「お父様が大好きさ」


「……わしもだよ」


「……」


「自慢の愛娘……

 氷花、わしの宝物……」


「お父様……」


「どうか……死なぬよう……」


 

 牛丸が目を閉じると、

 ろうそくの灯が消えるように

 妖気がふっと消えた。

 

 氷花の腕の中で——

 

 牛丸は永遠の眠りについたのだ。

 


 最後まで氷花を想い、

 心配をして逝ってしまった。

 

 

 煉を見ていて、

 家族を失う辛さを

 わかっているつもりだった。

 

 だけど――

 わかっていなかった。

 

 家族が殺されるって、

 こんなにも辛いんだ。

 

 こんなにも悲しいんだ。


 そして――

 こんなにも相手を殺したくなるんだ。


 

「おや?

 やっと死んだかい?

 すこし待っておくれよ、

 もう少し茶を楽しみたいんだ」


 

 ――九尾解放。



 氷花の黒かった髪は金色に染まり、 

 腰から9本の尾が発現した。


 その尾は大きく逆立ち、

 炎のようにしばらく揺らめいて消えた。


 

「なんだいこの妖気は?

 9本の尾が見えた?」


「……」


「こやつ、

 情報では4本の尾を持つ妖狐のはず……」



「それは……

 何処の妖狐と間違えているの?」


「お前、九尾の狐なのかい?

 ……まさか玉藻御前!?」


「……玉藻御前はわたしのお母様。

 わたしは今から君を殺す、

 別の九尾の狐」


 

 日本最強の妖怪と恐れられた

 九尾の妖狐が——ここに蘇った。



 父を殺された怒りを胸に、

 いまその力を解放する。

 

 

 

 

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