60話 はじまった百鬼夜行
鵺に掴まれたまま、
高速移動中の雨女——
「鵺っ!
ボクは無理だ!
一緒に行ったところで役になんか立たないよ!」
「戦わさねーよ!
居場所がはっきりわかるまで付き合えや!」
「鵺が狙っているのは麒麟でしょ!
それならここをまっすぐ飛んでいけば
嫌でも会えるよ!」
日が落ちて、
真っ暗な冬の夕方。
雨女は、
人気のない通りで降ろされた。
「わがままな子分だな。
テメェーはここで待ってろ!」
「なんだよそれ!
帰るよ!」
「ダメだ!
麒麟を殺した後は、
八岐大蛇の場所を感知してもらう!」
「ボク、こんな物騒なところにひとりでいるの!?
今にも百鬼夜行が起こりそうな場所に
居たくないよ!」
そんな言葉を聞くまでもなく、
鵺は飛び去っていった。
「子分って言うなら、
こんな怖いところに置いてくなぁーっ!」
雨女の叫びは虚しく響いた。
「はぁ……
あれのどこが英雄なんだよ!?」
雨女は百鬼夜行が迫る、
この町に置いてけぼりを食らった。
彼女は身を隠す場所を探すべく
トボトボと歩き始めるしかなかった。
——————
ケンちゃんのフライドチキンの事務所
更衣室にいる風吹に
店長が声をかけた。
「鎌切!」
「なに?」
「まだユニフォームに着替えてないな?」
「なんでわかるんだよ?
覗いてんのか?」
「アホか!
着替えんのストップや……」
「?」
「お待ちかねのクレーマーの方々が
動き始めたようやで」
「マジで!」
風吹が更衣室から、
脱ぎかけの制服姿で
飛び出してきた。
「大所帯やな……
東西南北にクレーマーの群れが配置されとる」
「どういうこと?」
「各地で百鬼夜行を起こして、
お前や鞍馬山の強者どもを
呼び出すつもりやろうな」
「よーし!
それじゃお望み通り
行ってやろうじゃんか!」
「その前に、
制服はちゃんと着た方がええわ……」
「……わぁ!」
店長は東を指差して言った。
「ここからなら、
東の群れが一番近い、
行くなら——」
「どうした?」
「ほう……。
先越されたな。
鞍馬山の女狐が到着しよったわ」
「あのエロ狐か!」
「……なんやようわからん状況やぞ」
「それじゃ、
わたしはどこに向かえばいいんだ?」
「……」
「店長?」
「……お前も東に行って、
狐のヘルプに入ったれ」
「はぁ!?
なんでよ?
誰もいない方に行ったほうが
効率いいじゃん!」
「まずは東や……
俺は北に向かう」
「……店長も動くのかよ」
「西と南の群れは様子が変や、
後に回した方がええかもな」
——————
雨女は被り笠をかぶり、
和装に身を包んだ小柄な妖怪。
人目に付かぬように、
闇に紛れて移動をしていた。
「?」
そんな彼女は
違和感を覚え始める。
日が落ちて辺りは暗い——
人通りが少ないのは理解できた。
しかし誰とも出くわさない、
自動車もバイクも通らないのだ。
時間が止まったような感覚。
まるで誰かの結界内に
入っているような——。
次の瞬間だった。
足元の影から刀が飛び出し、
雨女の左肩を貫いた。
「あぁ!
なっ、なに!?」
刺さった刀の刃が回転し、
肩口から振り抜かれる。
雨女の左腕が、
簡単に切り落とされてしまった。
バランスを崩し転倒する。
切り落とされた腕に激痛が走る。
「うぁぁー!」
突然の襲撃。
対応できないまま
左腕を失った激痛に、
叫び声が夜道に響いた。
雨女は、
咄嗟に回復術を左肩にかけながら立ち上がり、
周囲を見渡して構えを取った。
「だっ誰だ……。
感知術は解いていないのに
気配を感じなかった……」
夜道に静寂が広がる。
感知能力の高い雨女が、
気付かぬうちに結界内へ
閉じ込められていた。
「……まずい。
感知を遮る結界を張ってるのか?
これは妖怪を迷い込ませるための罠?」
肩を切り落とされた時、
一瞬、刀が見えた。
それに刀は影から現れた。
新四天王で刀を使う者……
感知術に集中し、
さらに周囲を探った。
「!」
妖気反応があった。
反応は1体ではない。
巨大な妖気を放つ化け物1体を含め、
約50体近い気配を感じた。
「誰?
どうしてこんなことをするんだよ……」
問いかけに応えるように、
そいつは影から姿を現した。
50体近い妖怪を従え、
影より現れたのは——
夜行だった。
「鵺とともにいた妖よ、
恨みはないが死んでくれ」
「君は……夜行!?」
――――――
叔父夫婦と住むマンションで、
煉は氷花が来るのを待っていた。
「遅いな……
17時には来るって言ってたのに」
煉はベッドに横になった。
退屈と共に、
軽い睡魔が襲ってきた。
考え事をしながら目を閉じる。
――その時。
さとりの眼が疼いた。
かなりの妖気。
殺意を隠しもしていない。
なんだ?
新四天王か?
距離は遠くない。
煉は向かうしかないと
判断した。
「煉ちゃん、
どこかに行くの?」
「叔母さん。
ちょっとコンビニに行ってくる」
「氷花ちゃん来るんじゃないの?」
「迎えに行ってくるよ!」
マンションを出て、
眼の疼きが強い方向へ足を進めた。
反応は1つや2つじゃない。
数十体の妖怪がいる。
「!」
誰かが応戦しているようだ。
煉は全身の妖力を解放し、
妖気の反応を感じる場所まで急いだ。
「結界?」
しばらく進むと、
サトリの眼に結界が映った。
この町中で結界を壊すと、
中にいる妖怪が溢れ出すトラップの可能性がある。
それは狢の雪山で学習済みだ。
ここは、
トラップと承知の上で突入する。
「!」
身体に走る違和感。
敵の結界内へ入った感覚だった。
「……すごい妖気だ」
足を止め、
状況を確認しようとした時、
——ズドーンッ!
何かが飛んできて
地面に落ちた。
「ガハッ!」
吹き飛んできたのは――
「氷花さん!」
「……くっ」
氷花はすでに深手を負っていた。
あの氷花がだ――
すでに4本の尾を発動し、
本気で戦っている。
それでも追い詰められていた。
新四天王か?
「!」
上空から感じる殺気に
煉は空を見上げた。
「……」
巨大な角を携えた白馬が
煉を見下ろしている。
それこそ、
神獣・麒麟だった。
煉は氷花に駆け寄り、
不死鳥の型を発動させて
傷を回復させた。
——深い傷だ。
空にいる神の使いが
ゆっくりと地に足を付けると、
さらに50体近い妖怪の群れが姿を見せた。
氷花は足を震わせながら
立ち上がる。
「君は逃げなさい。
とりあえず爺様のところへ」
「何言っているんです!
僕も加勢します!」
「相手は神獣・麒麟……
ふたりでも勝てない」
あの高飛車な氷花が、
死ぬ覚悟をしていた。
それほどの敵ということだ——
「今から特大の狐火で目くらましをする。
その隙に逃げるんだよ!」
死を覚悟した氷花は、
牛丸より禁止されている
5本目の尾を発動させた。
——結界内が大きく揺れる
氷花の妖力が、
急激に跳ね上がった。
一帯に、
全身の骨が軋むような音が響く。
氷花の5本目の尾が、
静かに揺れた——




