55話 一度きりの優しい顔
氷花の機嫌が悪くなりつつあった。
彼女の自己分析は、
極めて正しかったようだ。
煉は慌てて仲裁に入る。
「しょうけらさん、
どこか別の空き家とかに
住んでもらえませんか?」
「なんだテメェーは?
妖怪もどきは黙ってろ!」
「妖怪もどき……
酷い言い方だな……」
そこに、
複数の小柄な鬼が姿を見せた。
家鳴だ——。
「おうおう!
妖狐の姉ちゃん!
いきなり現れて、出ていけはねぇーだろ!」
「出て行けなんて言ってないさ。
他所に行けって言ってるのさ」
「一緒なんだよ!
バカやろー!」
氷花と旧校舎の妖怪の
仲介がまったくできない煉は
焦っている。
「氷花姫……
いくらあんたが牛丸様の孫娘とはいえ、
横暴が過ぎるぜ!」
「……」
氷花は、
一切表情を変えていないが、
蒼い炎を全身に巻き付かせた。
凍らせるのか?
それとも、
燃やすつもりなのだろうか?
「氷花さん!
まだ交渉を始めたばかりです!」
「ちまちまと話するのが嫌いでね……」
しょうけらと家鳴たちが、
氷花の炎を見て、
慌てて身構えた。
「なっ、なんだよ!
言うこと聞かないなら、
結局は殺すつもりだったのかよ!」
「言うこと聞かないなら、
凍らせて退かせるまでさ……」
次の瞬間——
廊下から、
その様子を見つめる
3歳くらいの女の子と目が合った。
「氷花さん!
子どもが見てます!」
「なんだって?」
氷花は術の発動をやめた。
しょうけらと家鳴たちは
何が起こっているのかわからず、
まだ身構えている。
「氷花さん。
もしかすると、
彼らにはあの子が見えないんじゃ?」
「まさか……
霊体が見えない
妖怪なんているわけがないよ」
しかし、
しょうけらたちの目は
女の子に一切向かず、
氷花だけを恐れた目で見ていた。
「君たち。
あの子……見えてないのかい?」
「なっ……何を訳のわからんことを
言っているんだ!
思うように行かなければ
簡単に妖怪仲間を殺す……。
牛丸様はなんという恐ろしい
教育をされているのか!」
どうやら、妖怪たちに
女の子は見えていないようだった。
数多の念や複数の妖気が干渉しあった結果、
空間に歪みが生じて
人間は幽霊を見ることができない。
それと同じように、
たまに妖怪や幽霊でも
そういった理由で、
互いが見えない時があるらしい。
「どうしたもんかね?」
「この場所、
しょうけらさんや家鳴さんの妖気、
人間の思念、
霊道、色々な理由で空間が歪んでますよね」
「……」
「それを解除すれば、
みんなにも見えるかも……」
天狗から陰陽術を学んだ火鳥煉。
だからこそ理解が早かった。
「解印の術を唱えれば
解決すると思います。
ただ……
僕はその術が苦手なんですけど……」
「やれやれ、
せっかくもっともらしいことを言えたのに
残念な男だよ」
「すみません……」
すると氷花は周囲を見渡し、
歪みの中心を見抜くと手を一拍した。
「——解印っ!」
何が変わったわけでもない。
ただ、
一瞬にして空気が軽くなり、
空間が明るくなった。
そして——
「おぉ!
ほんに、娘っ子の霊体がおるで!」
しょうけらたちに、
ようやく女の子の霊が
見えたようだ。
しょうけらと家鳴たちも、
これは気の毒だと、
立ち退くことを約束してくれた。
妖怪だって、
悪い者ばかりではない。
ちゃんと他種族のことを
考えられる者もいるのだ。
「しかし……
今日から俺らの住処が
なくなっちまうなぁ。
どうしたものか?」
さすがに、
彼らの行き先を決めないと
気の毒である。
「!」
煉があることを思いついて、
氷花に伝えた。
すると氷花は微笑みながら頷いた。
「君たち……
これは鞍馬山の主からの提案なんだが、
ここを空けてくれるお礼に、
迷い家で暮らしてみるのはどうだろう?」
「!」
「気に入らなければ、
住処が見つかるまでの間だけでもいい。
気に入ればずっといてもいいんだ。
悪い話じゃないだろ?」
「いいのかよ?
そんなの俺らからしたら、
願ったり叶ったりの話だぜ」
「ここにいる煉は次期鞍馬山の主なんだ。
彼からも承諾が下りた。
問題ないさ」
実のところ、
煉に決定権はなかった。
煉は案を出しただけで、
すべては氷花の一存で決まる。
煉は、
完全に氷花の尻に敷かれているのだ。
氷花は迷い家の門を召喚し、
しょうけらと家鳴たちを
迷い家へと招き入れた。
すると、
旧校舎に纏わりついていた
淀んでいた妖気は晴れ、
女の子が自由に動けるようになった。
女の子は、
頭巾を被ったまま
キョトンとした顔でこちらを見ている。
おそらく戦時中に亡くなった
子なのだろう。
気の毒なことに、
長い間ここに囚われていたのだ。
「やぁ。
もう君は自由になったんだ。
どこへなりと行きなよ」
女の子は戸惑っている。
無理もない、
何十年もここに
縛り付けられていたのだ。
こんな小さな子が、
今何が起こったかなど
理解できるわけがなかった。
煉は歩み寄った。
そして、
不安そうな顔をする女の子を
抱き上げた。
「僕たちで成仏させてあげないと……
この子、どこに行けばいいのか
わからないんですよ」
「そうかい。
なら爺様に言って——」
その時、
女の子が氷花に向かって両手を広げた。
「なんだい?」
「……抱っこして欲しいようです」
「してるじゃないか……
君が」
「僕じゃなくて……。
氷花さんに抱っこして
欲しいようです」
「!」
その日、
旧校舎内には恐る恐る子どもを
抱き上げる
氷花の姿があった。
煉はどうしても
その景色を写真に撮らずには
いられなかった。
だって——
あんな優しい氷花の顔を、
見たことがなかったから——
——ドタドタドタドタ!
旧校舎内に、
大きな足音が響き渡った。
誰かが、
こちらに向かって走って来る。
「おい!
妖気の乱れを感じたぞ!
わたしがいる限り、この学校で——」
「?」
向かって来たのは風吹だった。
「お前ら、
こんなところで何をやってんだよ?」
煉と氷花が向かい合って立っている。
そして——
氷花の腕の中に、
小さな女の子が
抱きしめられていた。
「ど、どどどどういう
シチュエーション?」
「鎌切さん、この子は……」
急に氷花が割って入ってきた。
「わたしたちの……
隠し子さ」
「隠し子!」
風吹は驚きのあまり、
また意識を
飛ばしてしまったようだ。
「氷花さん!
見てください!」
窓から見える
旧校舎の外——
うっすらと伸びる霊道の淵に、
男性と女性の姿が見えた。
この女の子の両親だった。
両親はずっと、
我が子の帰りを待っていたのだ。
煉と氷花に、
両親は深く頭を下げた。
女の子を引き渡すと、
3人は手を繋ぎ
霊道へと向かって去っていった。
今日があの家族の、
遠い時を超えた
再会の日となったのだ。
「これで、
あの子は迷わないね……」
「はい。
迷いません。
すごくいいことした気分です」
「さて、
わたしは風呂でも入りに迷い家に帰るか。
しょうけらたちが急にやって来て、
爺様もビックリしてるだろうしね」
「はははっ。
そのほうがいいですね」
煉と氷花は、
3人を見送った後、
旧校舎を後にした。
風吹を
置き去りにしたまま——。
——————
「わたしも子ども欲しいー!
先生との隠し子欲しいんだよ!
赤ちゃんじゃなくて、
3歳くらいのぉー!」
「いつも急に何を言い出すんだよ!
今日は学校でなにがあったの!?」
「子ども抱っこしてさぁ!
先生と並んでスリーショットの
写真撮って飾りたいんだよぉ!」
「訳のわからんことを
言うんじゃない!」
「でさぁー!
子ども抱いてるわたしの顔見て、
今まで見たことのない
優しい顔をしてるねって、
言われたいんだよぉ!」
「風吹の学校では
いつも何が起きてるんだ!?
普通ないよ、
そんな問題ばっかり起きる学校!」
これも、
風吹と社の……
日常の一コマだった。




