52話 小さなお守り
真夜中の境内に張られた
蜘蛛の糸の上に、その男は立っていた。
足元には無数の妖怪の骸が転がっている。
そして、
彼の手のひらには、
始末した妖怪たちの棟梁の首が載っていた。
男は、
その顔を眺めながら話しかける。
「気に入った女の家に白羽の矢を立てて、
攫っていく狒々《ひひ》かい……」
「……く……くそっ……が」
「まだこんな古典的なことやってんのか?
少しは今風の妖怪やれや」
「どうして同じ妖怪のくせに……
我らの邪魔をする……?」
「お前みたいな、
旧式の猿と一緒にされたないわ。
アホか!」
妖力が切れ、
狒々の顔が崩れ始める。
「……何者だ?
我らの楽しみを……
邪魔した貴様は——
一体……何者なのだ?」
狒々は、
己の首を獲った相手の名を聞いた。
すると——
彼は静かに答えた。
「……ちびるなよ。
土蜘蛛さんや」
「……土……蜘蛛?
あの……四天王の?」
「あぁ、そうや」
その後、
一言も発せないまま、
狒々は土蜘蛛の手の上で
朽ちていった。
「せやから、ちびるなよ
言うたのに……」
そう言うと、
土蜘蛛は本堂の中で横たわる
女性を抱え上げた。
「この子を家まで送ったら、
任務完了や……」
彼は普段、
ケンちゃんのフライドチキンで
店長をしている妖怪だ。
今夜は、
ひょんなことから
人間助けをすることになった。
それは——
「もしもし店長!
どうでしたか?」
「おぉ、成瀬か。
お前の友達、ちゃんと取り返したし
家まで送っとくで」
「本当ですか?
ありがとうございます!」
「おそらく冬休みに帰った田舎から、
変なもんを一緒に連れて帰ってきよったんや……」
「変なもの?」
「まぁ、ぶっ倒したったし、
もう心配ないわい」
「さっすが、店長!」
「ところで……
契約は守ってもらうからな……」
「……契約……ですか?」
「よもや忘れたとは言わさへんで、
お前が頼った相手は妖怪の俺……
妖怪の力を借りるには、
それ相応の交換条件が必要や言うたやろ……」
「……はい。
覚悟の上です」
「……くくくっ。
ええ子や。
これで俺はなんも遠慮せんでええわけや」
「……」
「成瀬は——」
「来週と再来週の土日、
全部勤務に入ること!」
「……2週続けてかぁ!
来週だけにしてもらえませんか!?」
「あかんで!
めっちゃ働くって約束したから、
友達助けたんやからな!」
友達が変な妖怪に
取り憑かれていることに
気づいた成瀬は、
店長に相談を持ちかけた。
そして、
店長が調べた結果、
その友達は確かに
猿の妖怪に取り憑かれていた。
退治をお願いしたところ、
交換条件付きで
引き受けてくれた。
その交換条件こそ、
土日の勤務に入ることだった。
「かしこまりました。
できるだけ、短めの時間でお願いしますね」
「わかってる!
1日4時間くらいに収めたるわ」
これが、
成瀬と店長の日常だった。
——————
ケンちゃんのフライドチキンのマスコット、
ケンちゃんおじさんのキーホルダー。
成瀬は、それをカバンにいつも付けている。
以前、店長からもらったお守りのような
ものらしい。
あの世逝きの汽車に乗った時も、
もちろん身に付けていた。
「おい、成瀬!」
「あっ、風吹っち!」
「小田は休みかよ?」
「カスミン、
変な妖怪に取り憑かれてて、
大変だったんだよ。
今日は疲れて、
家で寝てると思う」
「なんだよ変な妖怪って?
わたしが倒してやるよ!」
「大丈夫、
店長にお願いして
全部倒してもらったから」
「……そうかよ。
今度はわたしに言えよ。
汽車の時より、わたし強くなったからさ」
「うん!」
店長が助けた友達とは、
小田佳澄——
カスミンのことだった。
「小田って……妖怪が見えないくせに、
妖怪によく遭遇するよな?」
「だよね……。
見えないから、なにも知らないまま
大変な目に遭ってるって感じだよね」
2人は顔を合わせて苦笑した。
「おっ!」
「どうしたの?」
「いつものキーホルダーないじゃん!
肌身離さず持ってるのにどうしたよ?」
「ははっ。
今日はカスミンに持たせてるんだ」
「なんで?」
「うーん。
店長がね。
次、学校来るまで
お守りをカスミンに
貸してやれって言うからさぁ」
「はぁ?
あんなもん、貸し借りするほどのもんかよ!
おかしなこと言う店長だよなぁ」
「あははっ、
だよね——」
お守りの真実。
——それは店長と成瀬しか知らぬこと。
◇◇◇◇◇◇
「明日、明後日は本部の店長研修で、
店におらんねんわ」
「はい」
「まぁ、連絡くれたら
いつでも助けられるけど、
お前の持っとるお守りを
友達に持たせといたれや。
……そのほうが安全やで」
「どうしてです?」
「狒々って集団行動しよるねん。
昨日の仲間が帰ってこないことを
知った連中が別働隊を作って
今夜様子を見にやって来るかもしれん……」
「えっ?」
「獣系の連中はしつこいねん」
昨日の夜、
その言葉を成瀬に残した土蜘蛛。
そして今日——
予定通り、本部の店長研修へ向かった。
日は変わり——
夜が更けていく。




