51話 太陽の輝く方へ
「さて、朧車が戻って来たら、
わたしたちも帰ろうじゃないか。
ねぇ爺様」
「そうだな」
鞍馬山の牛丸、氷花、煉の3人は
帰り支度を始めた。
「風吹と白粉さんは
俺と一緒にこの朧車で帰るかい?」
社が声をかけた。
大変な戦いがあったばかりだけれども、
風吹たちはまだ旅行中なのだ。
それに旅館もとってある……。
「ごめん、先生!
わたしたちの旅行、
まだ終わってなくてさ……」
風吹たちの旅行は明日もある。
残念だったが、
社と一緒に帰ることを断った。
牛丸は朧車が戻ってくるまでに、
この山々一帯に長らく張っていた
結界を解き始めた。
結界の解除によって、
何百年も続いていた問題が
本当の終わりを告げたのだ。
草太と草助の骨は、
牛丸が預かって持ち帰ってくれることになった。
白粉婆は持ち歩きたいと言ったが、
旅の途中で遺骨を持ち歩くわけにもいかない。
牛丸は、
迷い家にてしっかりと供養をしてから
墓を用意する――
そう約束してくれた。
白粉婆は残念そうな様子を見せたが、
みんなの心遣いに感謝をしていた。
しばらくして朧車が戻ると、
牛丸と火鳥と氷花は
鞍馬山へと戻っていった。
同じく社も——
そして、
ふたりきりに戻った風吹たちは、
雪降る山をトボトボと下り始めた。
「よく考えれば、
街くらいまでは
乗せてもらってもよかったな……」
「わたしはこの方が嬉しいよ。
すべての景色が懐かしいからね」
白粉婆はそう言うが、
時間はすでに21時を過ぎていた。
風吹たちは、
来た時に下車した
古びた寺前のバス停へ向かって歩いたが、
バスの最終は20時半だった。
最終バスを逃したため、
歩いて街まで戻らなくてはいけない。
この疲労感の中、
雪山を歩くのは正直厳しいものがあった。
でも白粉婆が嬉しいのなら、
それはそれで良しだと風吹は思った。
「すまないね、お嬢。
今のあんたには、
この帰り道は厳しかったね」
「全然!
どうってことないって!」
ようやく寺までたどり着いた。
ここから街まで徒歩で2時間くらいだろうか。
「?」
「ばあば、あっちで光が見えるよな?」
「本当だね!」
「バスじゃないの?」
最終バスの時間から30分以上過ぎているのに、
バスが停まっている。
運が良かったと思い、
風吹はバスまで走った。
「2人乗ります!」
「おぉ!
やっぱり姉ちゃんたちのことだったか!
なら婆ちゃんもいるってことだな。
待っていて良かったよ!」
「?」
運転手のセリフは、
まるで風吹たちを待っていたかのような
口ぶりだった。
確かに時間的にも、
バスが停まっていることは不思議なことだ。
「待っていてくれたの?
わたしたちを?」
「だってよ、
時間通りここのバス停に着いたら
子連れの男の人がいてな、
もうすぐ女性が2人来るので
待ってやってくれって言うんだよ」
「どういうこと?」
「知らねぇよ。
あんたらは乗らないのか?って聞いたけど、
その親子は乗らないんだってよ。
この雪ん中大丈夫なのか心配だよ」
「その親子はどこへ?」
「事務局に到着が遅れる許可取れたからさ、
少しなら待ってやるって言ったら
寺の方へ入っていったよ。
あんたら、あの親子に会わなかったのか?」
ある親子が、
風吹たちを待つように依頼してくれた?
不思議な思いが残ったまま
ふたりはバスへ乗り込んだ。
「親父さんの方が、
片方は俺の嫁だって言ってたけど
姉ちゃんのことか?
姉ちゃんは学生くらいに見えるけど
結婚してるのか?」
「わたし高校生だぜ。
まだ結婚はしてないよ」
「まさか婆ちゃんのこと言ってたのか?
えらい若い旦那さんだったぞ。
子どもも3歳くらいかなぁ」
すると白粉婆は、
慌てたように風吹の前に身を乗り出して
運転手に質問をした。
「その親子の特徴は?」
「特徴?
うーん、なんか古臭い格好していたなぁ。
最近じゃ見ない格好というか……」
「古臭い格好……?」
「あぁ、そう言えばさ……」
運転手が思い出してくれたこと。
それは親子に、
このバス停でしばらく待機できる、
と伝えた時のことだ。
父親がお礼を告げて
子どもと去っていったのだが、
子どもだけが一度戻ってきて、
運転手にお礼を言ったらしい。
「おじさん、ありがと!」
その言葉に、
運転手は片手を上げて応えた。
その時だ――
「草助、行くぞ」
父親が子どもの名を草助と呼んで、
ふたりは寺の方へ
消えて行ったというのだ。
「そ……草助……だって」
「あぁ、草助って言ってたよ。
間違いない」
白粉婆の旦那さんと子どもが、
このバスの出発を止めてくれた?
さすがにそんな話は無いだろう。
でも——
なんだか今日だけは――
そんな話があっても、
おかしくない気分だった。
「出発していいのかな?
あの親子はもう戻って来んのだろうか」
「……あぁ、出発しておくれ。
彼らはもう、戻ってこないから」
運転手は黙ってバスを始動させた。
ふたりを乗せて、
景色がゆっくりと動き出す。
白粉婆は黙って、
車窓の降り続ける雪を眺めていた。
「なぁ、お嬢……」
「うん?」
「でき過ぎた話だと思わないかい?」
「ホント、よくできた話だよ」
「わたしのこと……
怒ってなかったのかな?」
「骨女が言ってたじゃん——
ずっと……待っていてくれたんだよ」
それから彼女が
こちらを向くことはなかった。
彼女の瞳は景色を映したまま、
そっと目を閉じた。
舞い落ちる雪のように、
静かに家族を想っていたのだろう。
――――――
翌日の夕方。
秋田での最後の時間を過ごし、
風吹たちは地元の岩手へ戻ってきた。
秋田の街をゆっくりと散策して、
お土産も買うことができた。
今回の旅行は思い描いていた内容とは
違ったけれど、
満足のいくものになった。
明日には迷い家に向かうことに
なっている。
当然だけれど、
家族の遺骨に会えることを
白粉婆はすごく楽しみにしていた。
昨夜、旅館へ着いてからは
白粉婆とたくさん話ができた。
彼女からの会話が増え、
風吹の話にも笑顔を見せて
反応してくれていた。
それだけで今回の旅行は、
行った甲斐があったのだと思う。
こちらの町では、
雪は止んでいた。
茜色の空がとても綺麗で、
夕日がふたりの影を長く伸ばしていた。
ここを曲がれば公園があって、
そこを越えれば家に着く。
ふたりの旅行は、
それで終了となる。
「お婆ちゃん!」
いつも公園で遊んでいる子ども達が
白粉婆を見つけて声をかけてきた。
おそらく話をするなんて
初めてではないだろうか。
突然の声かけに、
彼女は驚いた様子を見せていた。
「昨日から窓見てもいなかったじゃん!」
「俺らお婆ちゃんが
死んだんじゃないかって
心配してたんだぜ」
「カズ君、失礼だって!」
いつもの仲良し3人組。
今からこの子たちも家に帰るようだ。
「どこか出かけてたの?」
「えっ……あぁ、まぁそうだね」
「また明日公園に来るから、
お婆ちゃんに手を振るよ!」
「あぁ……。
楽しみにしているよ」
「バイバーイ!」
「……バイバイ」
子どもたち3人が
元気よく手を振って去っていった。
白粉婆は恥ずかしそうに少し手をあげて返していた。
彼女は子どもたちの影が
見えなくなるまで見送っていた。
「あの子たちって、
ばあばに会うことも楽しみで
毎日公園まで来てたんだな」
「まったく、
こんな醜い容姿の婆を見て何が楽しいのやら……」
彼女はいつも
自分の容姿を卑下してものを言う。
人間の男を誑かせて
生き続けてきた妖怪だということ。
家族を見殺しにして
自分だけ生き続けてきたということ。
その自責の念から自分を醜い者だと
言い聞かせているように見えた。
「ばあば」
「なんだい?」
「いつも自分を醜いって言ってるけどさ、
わたしはそれがわかんないんだよ」
「えっ?」
「わたしは、
ばあばを一度も醜いなんて思ったことないもん」
「……」
「寂しそうだけど、
優しい顔をした……。
素敵なひとに見えるもん。
だからわたしは先生に会わせたかったんだよ」
その時彼女は、
今までで一番素敵な笑顔を見せた。
長い間、
暗く寂しい雪の下に埋まったままだった
彼女の心は、
ようやく光りある場所に芽を出すことができた。
これからの彼女には、
きっと素晴らしい時間が待っている。
風吹はそんな彼女を、
ずっと見守っていくつもりだ。
——————
今年も、この街に雪が降る。
柔らかく、
優しくもある冷たい綿のようなそれは、
無常にも降り続け、やがて群れを成す。
群れを成した雪は、
すべてを覆い尽くし、多くの隠しごとをする。
降り積もった雪の下。
それは、美しく見せる表の顔とは別の顔。
あなたの想いも、あなたの後悔も、あなたの涙も。
ただ隠すように、雪は降り続ける。
深く、
ただ深く降り積もり、
あなたの心を、
光の届かぬところへと埋めていく……。
でもね――
どんな雪でもいつかは溶けるもの。
そして覆い尽くされたものは、
いつか太陽が輝く方へと姿を見せるのだ。
彼女は、
春が訪れるまで少し時間がかかっただけ。
「お嬢……」
「なに?」
「今度、社って婚約者、
連れてきてくれるかい?
食事でも作ってお礼がしたいんだ……」
「……もちろんだよ!
いつでも連れて来れるよ!
ばあばの手料理を食べさせたら、
そのおいしさに腰抜かすんじゃないかな!」
すると、
彼女はもう一度風吹の方へ顔を向けた。
ほら……
彼女がまた笑った。




