47話 あなたたちのもとへ
家族が村人に殺されて、
その村人は狢に滅ぼされた。
あの日、
わたしはその現実から逃げた。
すべてから目を背け、
降り積もった雪のせいにして、
遺体も回収せず、
墓すら建てずに村を捨てた。
「草太さんと草助は、
わたしをさぞ恨んでいるだろう。
恨まれていて当然だ……」
そう、当然だ。
でも――
それでも、会いたい。
2人は、
こんなわたしを都合のいい
妖怪だと怒っているだろう。
あの日から、
わたしは後悔の中に沈んだままだ。
こんなわたしだけど、
2人のことを1日たりとも忘れたことはない。
わたしを愛してくれた夫と、
最愛の息子を助けられず、
良き妻、良き母でなくなったあの日から、
わたしの時間は止まったままなのだ。
——————
「もうすぐ、
あなたたちのもとへ行くから……」
「……なにか言いましたか?
白粉婆さん」
「いや、なんでもない」
「みんな、来たよ!」
狢の群れが押し寄せてきた。
天狗から頼まれていたこと――
それは、彼女の白粉で
一帯に煙幕を張ることだ。
「白粉の! 頼む!」
「あぁ!」
白粉を全身から発散し、
狢どもから視界を奪った。
彼女の白粉は特別製だ。
向こうからはこちらが見えず、
こちらからは相手が丸見えになっている。
「爺様!
あいつら、こちらが見えず狼狽えているよ」
「氷花、お前も準備を!」
牛丸がそう言うと、
氷花の腰の辺りから、
うっすらと尾のようなものが3本、
見えては消えた。
その途端、
氷花の妖気が膨れ上がった。
そして火鳥煉の
肌は赤く染まり、
全身が炎に包まれ始める。
凄まじい炎が全身からみなぎっており、
吹き出す炎は爆ぜるような音を立てた。
「氷花、煉よ!
奴らをできるだけ引き寄せて、
一気に術を解放して叩くぞ!」
煙幕の中で、
狢たちが視覚を奪われながらも、
牛丸たちを囲むように集まってきた。
そこで天狗はヤツデの団扇を片手に持ち、
妖気を一点に集中させ始めた。
「お前達、いまだ!」
その掛け声とともに、
氷花は蒼い狐火を地を這うように走らせた。
火鳥煉は爆炎を宿した両腕を大きく広げ、
力いっぱい振り下ろした。
帯状に伸びた火炎が、
狢の群れへと放たれる。
蒼い狐火は狢たちの目前で
巨大な火柱となり一斉に飲み込んだ。
火鳥煉の爆炎は着弾と同時に
広範囲で爆発を起こした。
狢たちが叫び声を上げて逃げ惑う中、
続けて天狗が団扇をあおぎ
唱えた——
「風の術・風舞い」
無数の風刃が発生し、
白粉の煙幕を吹き飛ばしながら
狢たちを切り刻んでいった。
いまの一斉攻撃で、
少なくとも50体は倒しただろう。
「氷花よ、
誰が一番多くの狢を仕留めたか競おうぞ」
「いいねぇ!
爺様には負けないよ!」
狢たちが、
なだれ込むように押し寄せてくる。
氷花は蒼い炎術と氷術を使い、
次々と始末していく。
天狗も団扇に風の精を宿し、
風術でなぎ倒す。
火鳥煉も、
鳳凰の術で狢を圧倒し続けた。
白粉婆は
天狗から頼まれた任務を果たし終わった。
役目を終えた彼女は、
そっと地面を見つめた。
「彼らが眠るこの地で、
わたしも共に眠りたい――」
あの日から、
ずっとそう思っていた。
ここまで連れて来てくれた風吹には、
心から申し訳ないと思っている。
「でも……
もう、いいよなぁ」
足元に転がっていた
竹槍を手に取った。
「1匹でも始末できれば……
立派なものだ。
2人は、こんなわたしを少しでも
許してくれるだろうか……」
とぼとぼと歩き出した白粉婆の前に、
大型の狢が1匹立ちはだかった。
大狢とは別格の巨体――
3メートルはあろうかという狢だ。
そいつが現れた瞬間、
場の空気そのものが重くなった。
周囲の狢とは桁違いの妖気。
向かい合っているだけで、
身体の震えが止まらなかった。
――これが、将軍狢……?
そいつは丸太を一本担ぎ、
白粉婆を見下ろしていた。
突然、身体に衝撃が走った。
丸太が身体を薙ぎ払い、
気づけば宙を舞っていた。
雪原に叩きつけられる。
味わったことのない衝撃を受け、
身体がまったく動かなくなった。
地響きのような足音を鳴らしながら、
将軍狢が白粉婆に近づいてくる。
立つこともできず、
彼女は自分の終わりを冷静に理解した。
「せめて、1匹くらい仕留めたかった」
彼らのもとへ行くのに、
勲章として、せめて1体くらい
討ち取ってから
逝きたかった……。
つくづく、
こんな自分が情けない。
「でも――
これが、わたしなんだ」
何もできない、
情けない妖怪。
「草太さん、草助……今、逝くからね」
そして、
将軍狢が振りかざした丸太が、
白粉婆の頭部めがけて振り下ろされた――。




