44話 希望へ
刑部狸。
すべての狸の化け物を束ねる
化け狸の長。
凄まじい妖力と神通力を操る大妖。
808匹の狸の化け物を引き連れて
百鬼夜行を行ったとされる存在。
そのことから、八百八狸とも呼ばれている。
「刑部狸だって!」
「まさか、刑部狸とはね……」
思いもしなかった大妖の名に、
風吹たちの間に緊張が走った。
そもそも刑部狸がこんな場所にいるなんて、
考えられなかった。
「さすが狸だな。
狐と一緒で人を化かすのだけは天才的だよ」
「ふんっ!
まぁ、会えば分かる」
ここに向かっていた群れが到着した。
——おそらく60体はいる……。
今の妖力で、
あと何度、鬼切丸を振れるかわからない。
「隙つくるからさ、
全力で走って、
なんとか外へ出てくれよ」
「お嬢!」
「とにかく、
電話の繋がるところを探して
先生に電話だ。
出なきゃ店に電話して、
店長か火鳥って奴に話せばいいから……」
狢の流出を止めるには、
もう間に合わない。
それでも、
被害だけは最小限に抑える。
封印を破った張本人が、
何もしないまま死ぬなんて――
カッコ悪すぎだ。
「さぁ!
頼んだぜ!」
「……わかったよ!」
白粉婆が走り出すと同時に、
風吹は手にした鬼切丸を構えた。
「逃すか! ババア!」
周囲一帯に斬撃を繰り出す、広範囲剣術——
「妖抜刀術・乱切!」
白粉婆の後を追って、動いた狢たち。
それを——斬る!
あとはどれだけの時間、
この群れを足止めできるかだ。
もう一度、乱切を放てれば、
一気に打開できる。
だが、その妖力すら残っていない。
天狗や火鳥ほどの妖力量を持たない自分を、
心底、悔やんでしまう。
それでもなお、
40体ほどの狢の群れに、
大狢が4体。
少しでも——
一秒でも長く、
時間を作ってみせる。
「!」
大狢たちが、前に立って距離を詰めてきた。
風吹の限界に気づいて余裕の表情だ。
気色の悪い笑い声を上げながら、
じわじわと、近づいてくる。
「婆の逃げた方向に結界の穴があるってことだ。
探す手間が省けたわ……」
1匹の大狢が、
ゆっくりと目の前に立ち拳を振り上げた。
――構えをとる風吹。
しかし、足に力が入らない。
「死なねぇ程度に死ねや」
振り下ろされた拳が右頬を打った。
風吹の身体は宙を舞い、
そのまま地面へ叩きつけられた。
「ゲホッ……!」
その一撃で、
狢たちに勢いが付いた。
40体もの狢が、一斉に風吹を取り囲み、
嘲るように笑い出す。
足が言うことを聞かない。
もう妖気もない。
体勢を立て直すこともできそうにない。
――ここまでか。
目を閉じ、
覚悟した、その時——
「お嬢!」
逃がしたはずの白粉婆が、
風吹の前に立ちはだかった。
「ばあば……どうして!?」
「どうしてもお嬢を、
放っていけない!」
今さら白粉で目くらましをしても、
逃げ切れるはずがない。
完全にチャンスを逸した——。
しかし、
風吹が彼女の立場なら、
1人で逃げただろうか?
間違いなく、
同じ選択をしただろう。
――それでも、逃げてほしかった。
風吹は力を使い果たし、
立ち上がることすらできない。
鬼切丸を支えに、
膝をついたまま上体を起こす。
顔を上げて、白粉婆を見た。
「ばあば……ごめん!
わたし、ちょっと無理っぽいや。
この身体を奴らの好きには
させたくないからさ。
……ここで命を絶つよ」
生きたまま刑部狸のもとへ
連れていかれる。
その先に待つものを考えれば、
選択肢はなかった。
「バカを言うな!
あきらめるんじゃない!
お嬢だけでも、助かるんだ!」
白粉婆は命懸けで、
風吹を守ろうとしている。
イタチの最後っ屁――
最後の白粉を投げようとした瞬間、
2匹の狢が突き出した竹槍によって、
白粉婆の両手が地面に縫い止められた。
「ぎゃぁ!」
「婆はいらん、殺せ」
さらに3匹の狢が、
竹槍の切っ先を彼女へ向けた。
風吹は情けなくて、
悔しくて、
怒りに任せて――
見苦しく叫んだ。
「畜生!
お前たちは絶対にわたしが殺す!
1匹残らず必ず殺してやる!」
狢たちは、
そんな風吹を見て、ケタケタと笑った。
「許さない!
鬼から戻れなくてもいいから鬼切丸!
力を貸して!
お願い!」
その声も虚しく、
狢の竹槍が
白粉婆の身体へ突き刺さろうとした――
その時。
《魑魅魍魎の存在を禁じる》
竹槍を持っていた狢たちが
塵へと消えた。
そして赤と蒼、2つの炎が渦を巻き、
狢の群れを一瞬で焼き包んだのだ。
40体の狢は、悲鳴を上げる暇もなく、
炎の海に呑まれた。
頭上から、彼の気配が舞い降りてくる。
「どうして風吹は、
普通の旅行ができないの?」
「……先生……なんで?」
――幻だろうか。
空には2台の朧車が浮いている。
その1台には、社が——
もう1台には火鳥と氷花が
身を乗り出していた。
朧車から飛び降りた3人は、
風吹たちを守るように前へ立った。
「先生!」
「話はあとだよ、
とにかくこの状況をなんとかしないと」
炎から逃げ切った大狢4匹が、
社たちへ襲いかかった。
だが、
さらに朧車から姿を見せた2体の妖怪が、
それらを一瞬で仕留めたのだ。
「氷花よ。油断しすぎだ」
「ゆ、油断なんかしてないよ……爺様」
説教しながら地に降り立ったのは、
天狗の牛丸。
そして、もう1人――
「口だけは達者な奴でな。
お主の前で、恥ずかしい限りだ」
牛丸の隣に立つ、
般若の面を思わせる二刀の鎧武者。
その視線が、
静かに風吹と白粉婆へ向けられる。
ふたりもまた、その姿を見つめた。
白粉婆は、
抑えきれない感情を滲ませた。
「まさか……秋田の主が現れるなんてね。
夢じゃないだろうか」
「息災であったか。
白粉の……」
「あぁ……お陰様で、なんとかね。
――なまはげ殿」
風吹もまた、
なまはげを見て感情が爆発する。
「師匠ぉ!」
「よく耐えた、風吹……」
「師匠ーっ!」
風吹のピンチに、
最強の仲間たちが駆けつけたのだ。




