39話 不知雪村へ
身の丈ほどもある枯れ木を
かき分けながら、
風吹たちは雪山の中を進んで行く。
「身を隠せる場所がある……
こっちだ」
——頭を整理する時間が欲しい。
風吹が言ったものの、
この状況下で、
そんな場所があるとは思えなかった。
降り続く雪は、
風吹たちの足跡と存在を
狢から消してくれていた。
それでも、
一抹の不安は拭いきれないまま
山道を進んだ。
雪世界の中を、
ふたりはさらに深く進んでいく。
人はもちろん、
動物ですら滅多に踏み入らないような自然の中。
すでに身を隠せそうな場所はいくつかあったが、
白粉婆は足を止めず、
さらに奥へと進んだ。
やがて山の中腹あたりで、
白粉婆が足を止めた。
その場所から、
見下ろすように遠くへ
視線を向けている。
風吹も視線を追って、
同じ方向を眺めた。
しかし、
雪風が邪魔をして
何を見ているのか分からなかった。
……平野に何がある?
見下ろせるその場所に、
木で組まれた粗雑な構造物が見えた。
見ていて良い気分がしないもの。
それは――大昔、
いろいろな場所に置かれていた
覚えがある。
——処刑場だ。
この距離では、
詳しいことは分からない。
だが白粉婆の表情は、
なんとも言えないほど悲しげだった。
ほんの数秒。
彼女は、あの頃へ戻っているように見えた。
「……すまない。行こう」
「うん」
風吹たちは、
再び山の奥へと歩き出した。
――――――
しばらく進むと、
白粉婆は再び立ち止まった。
目の前に積もった雪を
そっと払い落とす。
すると、
季節外れの草むらが、姿を見せた。
さらに草むらを手で払うと、
消しゴムでなぞったように消え去り、
洞窟が姿を現した。
「ばあば、
これってどうなってるの……?」
「まだここは見つかっていなかったね。
さあ、入って。
すぐに化粧をして、この場所を隠すから」
白粉婆は、
あらゆるものに化粧を施し、
本来とはまったく違う姿に見せることができる。
幻術を見せる能力に近い、
と、言えば分かりやすいだろう。
洞窟に入ると、
白粉婆は白粉を撒き、
洞窟の存在を雪景色へと塗り替えた。
「昔、わたしが身を隠すのに使っていた場所だ。
この狭さじゃ少し窮屈だろうが我慢しておくれ」
「……過去に、
身を隠さないといけないことがあったのかよ?」
「……」
良くも悪くも、
降り続く雪が匂いを薄めてくれている。
すぐに追いつかれることはないだろう。
日が暮れれば、
山の中には一足早く闇が訪れる。
行動を起こすなら、
そこからだ——
まずは、この結界から
脱出することを優先したい。
風吹たちがどこから侵入したのか、
今ごろ狢たちも血眼になって
探しているはずだ。
1体たりとも、
外へ出してはいけない。
あんな連中を外に放てば、
まず間違いなく近隣の町から
暴虐の限りを尽くすだろう。
それだけは、
絶対に避けなければならない。
「奴らは鼻が利く。
匂いで居場所を特定されるのも
時間の問題かもしれないよ」
「ばあば、この村……この山が、
結界で閉じられていた
理由を知ってたよな?」
風吹の問いに、
白粉婆はその場に腰を下ろして
俯いた。
「なんだよ……
故郷に連れてきたら、
ばあばはもっと喜ぶものだと思っていたのさ」
「……すまない。
お嬢……」
「こんなことになるなんて
思いもしなかったよ……。
想像していたのと、まったく違う状況だ」
「……」
風吹は白粉婆の前にかがみ込み、
目と目を合わせようとした。
だが、彼女はすぐに視線を逸らしてしまう。
「……こんな時になんだけど、
この村と狢のこと……
知っているすべてを、聞かせてくんない?」
しばらく沈黙した後、
白粉婆は俯いたまま
意を決したように呟いた。
「……そうか。
そうだよなぁ。
ここまで来たんだ。
さすがに、話さなければいけないね」
「……うん。頼むよ」
「今まで、誰にも話したことのない話。
……いや、話せなかった話さ」
それは遠い昔の話。
それは不知雪村で起きた出来事。
風吹は今から——
白粉婆が今まで背負ってきた、
悲しい過去を聞くことになる。




