38話 狢の住む村へ
結界内に入ってから、
ふたりはしばらく山道を歩いた。
結界の中の世界も雪が降り積もっていた。
現実世界とすべてが連動しているようだ。
白粉婆の足取りは重く、
周辺を警戒しているようにも見えた。
「なぁ、ばあば、
故郷に帰ってきたって感じする?」
「……あぁ」
それからすぐのことだった。
少し離れた草むらの中に動物の姿が見えた。
「あれは……熊か?
人間くらいの大きさの動物が見えるけど……」
風吹の指差した方向に、
白粉婆は目をやった。
「!」
「冬眠の時期なのに……
餌探してるのかな?」
「……あれは熊じゃない、狢だよ!」
「狢だって!」
「シッ!
大きな声を出してはいけない」
狢。
化け狸の一種で、
残酷非道かつ狡猾な妖怪。
1体見つければ周囲に100体いるとも言われている。
「厄介な奴がいるなぁ。
ばあばの故郷では人間と狢が共存していたのかよ?」
「……」
「まぁ、そんなこと絶対にありえないよな。
奴らが人間を殺しもせずに置いておくわけがない」
白粉婆の身体が震えている。
恐怖からの震えだとわかった。
目の前の狢は一般的なサイズよりはるかに大きい、
大狢と呼ばれる個体だ。
風吹は、
この村は狢によって滅ぼされたのかもしれない――
そう思った。
「お嬢、やはり帰ろう」
白粉婆はこの村の狢のことを知っている。
だからこそ、
結界を解除して進むことに躊躇していたのだ。
「……確かに狢が相手となると、
今の準備じゃ心配だな——
悔しいけど、一旦退いた方が良さそうだね」
苦渋の決断だが、
状況からして白粉婆の引き返す案が
正しいと判断した。
風吹1人ならまだしも、
白粉婆を護りながらの移動は難しいものがある。
周りにも他の狢がいる恐れがあるため、
注意しながら引き返そうとした。
――その時。
「なんだぁ?
ここの者ではない奴の匂いがするな」
先に見える大狢が、
風吹たちの存在に匂いで気付いた。
「ハハッ!
何百年ぶりかに、外から入って来た奴がいるのか?」
風吹は戦闘態勢に入ろうとしたが、
白粉婆に制止された。
「お嬢!
相手にしてはいけない。
早く外に出て結界を張り直そう」
そうしたいところだけど、
大狢が口笛で周辺に合図を送った。
仲間を呼ぶ合図だ。
周辺から何体もの狢が、
風吹たちを囲むように
すごい速さで向かって来るのがわかった。
「こいつらを撒くのは一苦労しそうだ、戦闘に入るよ!」
「奴らの力は数だよ。
わたしたち、ふたりで手に負える数ではない!
逃げるべきだ!」
3、4、5……6体。
これくらいなら、
問題にもならない数だ。
「10体、20体くらいでも平気だよ。
わたし、強くなったんだぜ!」
風吹は、かまいたち。
狢同様、獣系の妖怪は、
肌で妖気を感知することができる。
「?」
1匹の大狢が合流してきた。
思っていたより到着が早い。
「おうおう!
どっから入って来たんだ、こいつら!」
「知らん。
とりあえず腕1本くらい喰ってから聞きゃいいだろう」
彼らは獣の目をして、
爪と牙を剥き出して襲ってきた。
風吹は鬼切丸を抜いた。
「やるしかないな!」
風吹が、
2体の大狢に飛びかかろうとすると、
後方から、別の狢2体が姿を現した。
その2匹は奇声を上げながら飛びかかって来る。
風吹はすかさず、
後方から飛びかかってきた2体を斬り伏せた。
そして、すぐに前方の大狢2体に目をやる。
すると大狢2匹は危機感を覚え、
木の上へと避難した。
そして、
何の動きを見せずに
風吹たちを、黙って見下ろした。
狢は高い知性を持つ妖怪ではない。
だが、生存本能の高さとズル賢さは有名だ。
風吹との力の差を一瞬で理解したようだ。
逃げるか増援を呼ぶかを
考えているようだが、
絶対にそうはさせない。
最速の抜刀術で距離を詰める。
「!」
大狢2体が、口笛で合図を送りながら
逃げ出した。
狢の危険感知能力は大したものだ。
風吹に勝てないと判断し、
増援を求めに向かったようだ。
「お嬢!
2匹が逃げた。
増援を呼ぶだろう。
わたしたちも早く逃げよう!」
風吹たちが戻ろうとしている方向から、
複数の妖気の動きを感じる。
来た道を戻ると、
鉢合わせになる。
風吹は、
先ほど切り伏せたが、
かろうじて息のある狢に話しかけた。
「この村に狢って何匹いるんだよ?
それと……なんでお前ら封印されてんだ?
答えろ!」
表情が読み取れないが、
なぜか笑っているように見えた。
「来るよ、逃げよう」
白粉婆の言う通り、
今度は15体以上がこちらに向かっている。
「おい!
聞こえてるんだろ!」
問いただす風吹に、
そいつは唾を吐いて言った。
「食い殺すぞカスが!
答える訳がねーだろがよ、ボケ!」
「……なにぃ!」
白粉婆が声を上げた。
「お嬢!
急がないと!」
「!」
20体……
いや、30体近い狢の気配を感じた。
この状況は非常によろしくない。
乱戦になれば、
風吹は戦えても白粉婆を守れない。
「行くって言っても、
どこに行くんだよ!
すでに囲まれちまってるよ!」
「……」
「わたし頭よくないけどさ。
頭の中を整理する時間くらい欲しいよ!」
「!」
白粉婆は慌てながら、
ある方向に指を差して言った。
「お嬢!
今はどうなっているかわからないが、
こっちだよ!」
日が落ち始めている。
日没まで、
あと2時間といったところだろうか……
これからの戦闘に向けて、
少しでも態勢を整えなければならない。
せめて目立たぬように、
夜の帳が降りるまで身を隠す。
風吹たちは狢たちから身を隠すべく、
足早に白粉婆の指す、
道なき雪山の中へと潜っていった——




